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暴虐の魔王  作者: ショウゴ
10/15

1-9

茂が連れて来られた場所は、今は使われていないゲームセンターであった。三階建の建造物で、ただのゲームセンターとして使用されていたとは思えない大きさだ。

 

取り潰すことなく、新しく建造されないのは立地の悪さからだろう。もとは違ったかもしれないが、この近辺に人気はない。それをいいことに、元ゲームセンターだった此処は、いまでは不良のたまり場となっていた。


中に入ると当然電気が通っておらず、ほぼ密封された状態の暗がりを慎重な足取りで前進する。感覚を研ぎ澄まし、全身の神経を四方に張り巡らす。どこから、襲ってくるからわからないからだ。


一階にはゲーム機器がまだ残されており、元ゲームセンターだった名残をとどめていた。


階段をあがって二階に進むと、一階とちがって殺風景だが広々としたスペースとなっている。中央にパイプイス座る男と、傍らに立つ男たちがいた。その背後には、大勢の若者たちが立ち並んでいる。


年は茂と同年代ぐらいだろう。座っている男は小柄で、陽の光を浴びていないような色白と美形な顔立ち。鋭い双眸は(くら)い光を帯びている。

 

羽織ったジャケットの下から、隠しきれない覇気が滲み出ていた。


(だてに、大所帯を率いていないというわけか)

 

第一印象としては、若いわりに修羅場をそこそこ渡った少年。帯びている覇気も並みではない。ただし、それに混じって臭気のごとく嫌な感じがぷんぷんとしている。そんな印象を与えた。


「須賀さん、連れて来ました」

 

男は茂を見据え、不敵な笑みを浮かべる。


「あんたが、須賀か。いったい俺になんのようだ」


「異能者嫌いのお前と、俺の目的を阻むふたりが出会えばどうなるかは、言わなくてもわかっているはずだ」

 

殺気を含んだ亮平の言葉には、どっちかが死ぬまで決着をつけようとする意図が読みとれた。事前に予想していただけあって、動揺は微塵もない。


「悪いが、俺が異能者嫌いなのは今初めて知った。というか、確認だけど、ここ本当に日本だよな」

 

眼前の相手から発せられた物騒な物言いに、自分が知っている世界でトップクラスの治安のよい国家とは思えなくなってくる。


「だから、言ったじゃないですかぁ、ろくでもない用件だって。ったく、せっかく先輩とのデートだったのにぃ」


「あれが、いつデートになったんだ。というか、今からでも警察に通報したほうがいいか?」

 

もう、素直じゃないですねぇ、と歩咲は不満そうに話しつつ、


「先輩、完全に警察にマークされていますから。こないだだって警察と揉めて鑑別行きになりそうだったし、警察が真面に取り合ってくれるか微妙ですよ」


「……おい、それも初耳だぞ」

 

後輩の言葉に、茂は自分の将来をもの凄く不安にさせた。

 

ふたりのやり取りを眺める亮平の口元は笑んでいるはずなのに、彼の雰囲気はピリついている。茂たちのペースへと運ばせない。


「茶番はそこまでだ。ただの殴りあいもそろそろ飽きてきた頃だし、今回はもう少しだけ過激にする――おい、ゼクス」

 

須賀の背後に控えていた巨漢の闖入(ちんにゅう)者は、泰然した態度で現れた。恐ろしいほど気配を気取らせず、茂はすぐに玄人だとわかる。男から発せられる威圧感は山脈を思わせた。 

 

茂より巨漢で、顔をフードで隠している。胸前で腕を組みこちらを様子うかがっていた。


「あいつは……」

 

歩咲は思案するような顔を浮かべる。

 

追って、点火するように彼女の双眸は燐光を宿し、愉悦するように歯を剝いた。埃っぽい空間を、チリチリと静かなる威圧感が侵食しようとしている。


「いったいどうした、歩咲」


「――多分あいつですよ、先輩を傷つけて病院送りにした奴」

 

あの日、茂を瀕死に追いやった男はフードで顔を隠していたが、あの二メートルはある図体に見覚えがあると歩咲は語った。

 

警察に血まなこになって捜索している犯人が、こんな場所にいるとは驚きだ。とっくに県外に逃れていると思ったのだが。


「あいつが、お前に会いたいと言うから、わざわざ機会を設けてやった」


「なんで、殺人者がお前と知り合いなんだよ」


「ちょっとした伝手からの紹介だ。俺も詳しくは知らねえが、ただ手加減が苦手らしい。うっかり、二人を殺してしまうかもしれないな」

 

平坦な声音で、殺人犯と共謀を肯定する内容を口にする。亮平の瞳に、殺意を滾らせ狂気を湛えだす。茂が考える以上に恨まれ、煩わしいようだ。


「とりあえず、お前らは俺の敵だということか」


「先輩、その考えで間違いないですよ」

 

亮平は自分の兵隊に合図をおくり、けしかけた。茂と歩咲に襲いかかってくる、屈強な男たち。二人は自然と背中を向き合い、彼らに備える。

 

歩咲は見構えると、襲いかかってきた男の側頭部に爪先が食い込む。その瞬間、男の身体は弾けてもんどり打った。男は、数メートル先まで飛ばされてしまう。

 

凄まじい脚力である。これも闘気の力なのかもしれない。

 

茂も負けていない。殴りかかってきた男の拳をさほど動かずに避けるのとほぼ同時、男の顔面に掌打をうち込んだ。一撃を受けた男は、白目を剝いて倒れた。右手から迫ってきた男は、靴裏が出迎える。腹部に突き刺さり、唾液は吐いて吹き飛ぶ。

 

茂の頭上を、鉄パイプが唸りをあげて振り下ろされた。頭蓋骨が砕かれる前に、鉄パイプを掴んでいる手首を受け止め、男の顎を真下から殴りつける。


相手の握りが甘くなった隙に、鉄パイプを奪取して茂はニヤリと笑う。


殴られた男は打たれ強いのか、まだ立っていた。そこへ、鳩尾(みぞおち)に鉄パイプの鋭い突きを放たれ、腹を抱えて身を屈めたところを頭頂に一撃を食らわす。


茂が三人片づけたところで、歩咲は五人を地に沈めていた。


こんな場所についてくるだけあって、かなりやるようだ。もっとも、あの本条学園の生徒であるため、その強さは折り紙つき。茂は彼女のことを、さほど心配していない。


「誰もが、闘気を使えるわけではないようだな」


「それはそうですよ。きちんと闘気を使おうとするなら、ちゃんとした専門家に習わないと難しいですからね」

 

これならどうにかなりそうかと感想を抱きながら、亮平の兵隊を倒していく。歩咲の話のとおり、この場にいる兵隊は八十人を満たない。

 

ややあって、十数人近くを屠ったところで、横目で亮平を視認する。彼の余裕の笑みは消えず、パイプ椅子に腰を落としたままだ。


色白の男の余裕な態度に、不気味さを感じたのはけっして間違いではなかった。


襲いかかる兵隊の動きが急激に速く、そして重い拳へと変じる。どうにか鉄パイプで受け止めると、お返しに彼の太股に蹴りを打つ。茂の足に伝わる感触は、大地に深く根を張った大木のようなものだった。

自分の甘い考えさに、胸中で毒づく。


男の拳打のラッシュを辛うじて躱す。ボクシング経験者なのか、白井の拳と段違いに鋭い。

 

拳が近くを通過するたびに、恐ろしいほどの風圧が発生していた。一打でも食らえば、即座に袋叩きになる。


受け止めれば、その強力な一打に後退を強いられ、受け流しても体力の消耗を強いられた。

 

茂は反撃の機会をうかがっていると、肉薄する拳を頬にかすれさせる。回避からの反撃に移ろうとして突きを放つも、それを横に軸をずらして避けられてしまう。

 

こちらの呼吸、リズム、予備動作を読むような実戦経験からの回避能力だけではなく、眼前の男の動体視力や反射神経がずば抜けていた。


闘気は五感をも強化できるのか、それともこの男が特別なのかはわからないが、このままでは体力がつきて終わりだ。


茂は勝負にでた。相手の左のジャブを数打捌き、右のストレートを掠るが直撃していない。攻撃の体勢を立て直す動作のさなか、茂は息継ぎなしに一気に動いていた。身をひるがいして相手の懐に躍り込むと、手に握る下方で男の横っ面へと炸裂する。


だが、身体をぐらつかせただけで戦闘不能には、まだ遠い。そこへ、なおも容赦なく追い打ちの鉄パイプでたたみかける。打撃を次々にあびせて、地面に横たわるボクシング経験者はようやく動かなくなった。

やりすぎ感あるダメージを負わし、普通なら死亡するほどの打ち込みである。が、目下で伏せている男は息をしていた。不可視のフルアーマを装着しているのではと思えるほど、おそろしく頑丈な肉体である。


「こいつら、強い」

 

思わず、真情を吐露した。


「当然だ。うちの兵隊は半分以上が闘気を使える。使えなくなった、今のお前じゃしんどいはずだ」


「まあ、知っていたと思ったけど」

 

記憶喪失を亮平の兵隊が知っているのだ。闘気の件を認知していても、おかしくない。


「敵が多い奴は大変だ」

 

亮平の一分の隙もない眼が閃く。茂を疎ましく思っている者はごまんとおり、誰が漏らしたなど特定はむりだろう。


「チームとか作っているお前だけは、言われたくねぇよ」

 

歩咲は対峙する数人の輩を、一瞬で蹴散らす。頭部、肩、腹部にめり込む変幻自在の足技は、一発いっぱつが恐るべき威力を秘めていた。

 

あまりにも圧倒的な強さに、男たちはひるんで後ずさる。


「先輩、闘気が使えないって本当だったんですか!?」


「ああ、残念なことに本当だ」

 

同じ学校に通う少女も、やはり噂ぐらいは聞いていたようだが、まったく信じていなかったようだ。

 

背中越しから、歩咲は茂の話を信じられないとばかりに、かすかな戸惑いが伝わってくる。それが本当なら、こんな場所強引にも止めていたと言いたげだ。

 

まだ、敵が六十人弱もいるので当然である。焦りの色を出さないだけ優秀といえた。


「安心しろ。最悪どうにかしてお前だけは逃してやる」


「冗談はよしてください、逃げるなら一緒ですよ」


「余計な心配はよせ。今日で暴虐の魔王と撲滅の鬼女を潰し、東京から二枚看板を下ろすのは決まっている。ムカつくが、ふたりの名はこっちの世界じゃ大物扱いだ。お前らがいる以上、ブラッドエンジェルが東京のトップとは誰も認めない」


だから、お前らを潰すと亮平は述べる。そうすれば、東京はブラッドエンジェルのものだと認知し、敵対するものがいなくなるからだと。


憎悪の念を涵養しつづけたその口調には熱がこもっており、ここで鬱憤を晴らす意気込みが強く感じられた。


「まあ、今の俺は不良じゃないし、夢追い人だ。勝手にやりたかったらやればいいさ」


どうでもよさげな顔で話す茂であった。それは、挑発とも取られてもおかしくなかったが、亮平はいたって冷静に言葉を紡ぐ。


「――お前らは好き勝手にやり過ぎた。ふたりを憎んでいる奴は少ないにくわえ、お前らを倒して名をあげたい奴らも多い。東京にお前らの逃げ場なんかとっくにないんだよ」

 

亮平は滔々(とうとう)と語っているが、要は不良といった問題のある輩が茂らに倒されて恨みを買っただけだ。


「だから、どうでもいいってそういうの。お山の大将なんかになって、なにが楽しいのかね。別段、お前らに恨まれてもなんとも思わん」


「ですね。先輩は同類を、面白可笑しくおちょくっていただけですよ」


「なあ、歩咲は俺を慕ってくれているんだよな」


「どうしたんすか、急に? そんなこと、当たり前じゃないすかぁ」

 

今さらなにを尋ねているのか、と言いたげな表情であるが、よいしょよいしょ悪態をついている気がする。耀一とは別人なので関係ないものの、なんだか腑に落ちないため、ここを切り抜けたら注意を促そうと決意した。


「ところで、歩咲。あの須賀って奴倒せそうか?」


「そうですねぇ、タイマンなら問題なく倒せますけど、何人かと一緒だとちょっと時間かかっちゃいますね」


「なら、俺がなるべく他の連中を引きつけるから、頭の相手を頼む」


「それは、いくらなんでも無茶ですよ」


「無茶でもなんでも、やらなかったらじり貧でいずれ潰される。それなら、賭けに出るのも悪くないだろ」 

 

茂は不敵な笑みを浮かべた。

 

闇をつらぬく一筋の光明とはとても呼べない、ずいぶんと粗末な算段である。だが、正攻法で戦っても勝ち目が薄い以上、賭けのひとつやふたつしなければ、この戦況を打破するのは不可能なのだ。それは、頭の回転が速そうな歩咲も理解しているだろう。


「……しゃーないすね。十、いえ五分だけ耐えてください。その時間内に須賀をどうにかやっちゃいます」


「ああ、頼んだぞ」

 

歩咲が亮平のもとに疾走するのを尻目に、鉄パイプを剣でも握るように両手で握った。茂はビリビリと大気を震わせる気合いの叫声をあげ、前後左右からの挟撃をしかける男たちは、腹に響く大音声(だいおんじょう)をあげて茂に殺到する。

 

止まれば終わってしまう。

 

全体を見据えて慌ただしく視線を動かし、一瞬たりとも気を緩められず、緊張を昂ぶらせて全身を動かした。

 

彼らの膂力も耐久力も、茂を凌駕している。鉄パイプからの渾身の一撃を集団に浴びせるも、屠るダメージに至らない。

 

敵陣から容赦なく鉄の得物で打たれた。かすかに付着する茂の血が、小さな飛沫となって足元に飛び散る。あるいは散発的に、背中や顔面を殴られ、腹部や脚を蹴られもする。

 

どれもアドレナリンを分泌されている茂には、痛痒(つうよう)を感じる前に目に映る敵を排除しよう身体が動く。

 

鉄パイプは血飛沫の尾を引いて虚空を赤く塗る。ときには足蹴りを織り交ぜ、反撃もした。

 

全身に鈍痛が蓄積する。

 

次第に息が荒くなり、動きが緩慢になってきた。鉄パイプを握る握力があやしくなってくる。額が割れ、視界が血で奪われるが、向こうから相手がやって来てくれるため、まだ戦える。

 

彼の意識は混濁としていたが、その目にはまだ意志の輝きがあった。歩咲が亮平を倒すまでの間、ひたすら得物を振り回せばよい――そのときだ。背後から強烈な衝撃が襲い、息を詰まらせてしまう。

 

握りが甘く、鉄パイプを手離してしまってあらぬ方向に飛んでしまう。俯せに倒れこむ茂は、苦しげに顔をゆがめながらも、起きあがろうとした。


「しつけぇんだよ!」 

 

正面から斉藤の声が聞こえる。だが、止まるわけにはいかない。雑音を無視して、起きあがる動作をふらつきながら続けた。身体が酸素を求め、心臓の音が喧しく早鐘を鳴らして加速させる。

 

ようやく、膝に手を置いて立つ。


「……さあ、続きをやろうか」

 

茂は満身創痍の身で、それでもふてぶてしく言う。その顔は口の端をゆがめて不敵に笑っていた。めった打ちしていた斉藤らは、彼の異常姓に圧倒されて足を止める。文字通り身体を引き裂く猛撃だったというのに。


「なら、俺が代わってやる」

 

背に悪寒が走り抜ける。それともに、本能的に頭部を守るように右腕を上げていた。視界ぎりぎりのところで、大きな拳が風を裂いて飛び込んでくる。

 

威力がけた外れな拳撃が、茂の右腕に炸裂した。ガードの上から殴りつけられた身体は、軽々と吹き飛ばされて横転してしまう。

 

右腕が軋み、脳が揺れ、一瞬意識が飛ぶ。あたかも、巨大な鎚で打ち込まれたかのような有様だ。

 

意識を取り戻したときには、硬い床の上に寝転がっていた。目がちかちかと明滅する。

 

視界がどうにか回復したのち、地面に転がったまま男の顔をみた。


「……お前は、ゼクスだったけか」

 

茂は唇が切れ、口内の血の味をする唾を吐き出す。決して油断してなかったはずだが、予想以上に彼の動きは巨漢に似合わず軽快であった。

 

まだ、茂の身体に慣れていない耀一であるが、ああも容易く芯まで届く一撃をもらってしまい驚きを隠しきれずにいた。

 

身体が重く、呼吸が乱れる。そんな中、茂は呼吸を整えようとしながら、どうにか立ち上がろうと動作に移行した。

 

茂の推測では、優男の亮平より遥かに強く映る。

 

本当なら、亮平より強敵なゼクスは歩咲に任せるべきだろう。しかし、ある種の切迫感みたいなものが津波のごとく押し迫り、それを否と訴えていた。

 

男は、ニヤッと頬をあげて笑みに象っていた。おもむろに、頭部を覆っていたフードを外す。

 

彫りが深く、艶のない赤髪を百獣の王のごとく荒々しく逆立てていた。片側の頬には、火傷の痕が生々しく刻まれていた。

 

まとう空気は暴風の闇。炯眼(けいがん)を殺気に満たすそれは、どこまでも深く、淀んだ光を発している。

 

耀一だった頃の経験から、こういった輩の戦闘はどちらかが確実に死ぬ。そんな奴を、歩咲に相手させられない。


「ああ、俺は異能者の殺し屋だ」


「逃げなくていいのか? 今頃、警察がお前を探しているはずだ」


「あんな平和ぼけした犬どもに、俺が捕まるわけがないだろうが。貴様ら、旧人類ごときが、新人類の俺に束になっても敵いやしない」


「旧人類に……新人類? なんだ、それ」


「旧人類はお前ら旧式の人間で、俺たちのような異能者が新人類ということだ」


「お前が、痛い人間ということはよくわかった」


「はっ、時代に変革が起こるときは、いつも理解されないものだ――もっとも、俺もさほど興味もないが、他の異能者は違う。俺は人が殺せれば他はどうでもいい――こんなふうに」

 

巨漢の男は、指先を兵隊のひとりに向けると、その先が超高温を発して眩しく輝く。

 

刹那、指先を向ける先に立っていた、兵隊の胸元に小さな空洞から、滑稽なほど大量に血が噴き出してくれた。その者は、己の身になにが起きたかわからず、血へどを吐く。意識が永遠に失い、身体を弛緩させて崩れ落ちた。

 

生きる実感、渇きを潤すかのように人肉を焼く。仲間がやられ、斎藤らは(しょう)(りょ)となる。


「俺の異能は、炎だ。やはり、人の肉が焼ける臭いはたまらない」


「完全にいかれているな、お前」

 

茂も、あの男のようにひとたまりもない炎のレーザーで殺されたのだろう。

 

いま、胸を焼かれた者が握っていた鉄パイプを手にする。


「そんな物で、俺は倒すのは無理なのは、お前でわかっていると思うが?」

 

嘲笑な口調の問いに茂は応じず、男のもとに疾走した。手前で跳び、振り上げた鉄パイプは男の頭頂へとおろされる。

 

迫る鉄パイプを把握するも、ゼクスの余裕は湛えたままだった。いよいよ直撃すると思いきや、残映を残す斬撃を送り込まれる。手にしているパイプが、半分ほどで強力な熱線で二分された。

 

ゼクスの手には、炎の剣が握られていた。

 

茂の動きは、まだ止まない。鉄パイプを真っ二つにされるも、宙で旋回しながら舞う残り半分を、すかさず跳んでキャッチした。

 

攻めの連鎖は止まらない。落下時の勢いを利用して、巨漢の両肩に下ろされる。

 

二振りは、赤々と色めく刀身に防がれた。その腹立たしい持ち主は、口の両端をつりあげて笑っている。

 

茂の攻めはさらに増していく。無情にも、二振りの煌めきは暴虐の雨と化し、さまざまな角度で攻めたてる。それは鋭く苛烈で、なにより軌道が読みづらく、ゼクスの視界で踊り狂う。

 

巨漢の男は防戦一方となる。冷静に受け止め、弾き返す。身をそらして避け、優秀な剣技で対処されてしまう。コンパクトとなった二振りのパイプをすべて見切り、最小限の動きで捌かれたのだ。

 

残り少ない体力を出しつくす気での攻め。短期で終らせなければ、茂のガタガタな身体が持たない。

 

心臓の鼓動が力強くビートを奏で、身体が赤熱するように熱を発している。それでも茂はあきらめず、己の勝利を信じて手に握る鉄パイプを振るう。

 

腹腔へと、最短距離で二振りをねじり込む。唸る棍の二打、しかし肉を打つ音も手応えもなかった。熱をおびた紅の炎剣によって、受け流される。瞬間、瞬間の接触をするたびに、得物の消耗をしていく。

 

下ろされた炎剣が、喉へと跳ねあがってきた。ずばっ、と血風が巻き起こる。反射的な行動で、一振りを犠牲に顔面の直撃をずらすも、肩の肉をえぐり取られる。

 

血がパッと飛沫(ひまつ)

 

お返しに、もう一振りで横殴りに叩きつける。ゼクスはあっさりと片手で掴む。掌から発せられた業火によって、白い煙を上げて飴細工のように溶けていく。

 

得物を失った茂は顔をしかめ、飛び跳ねて間合いを取ろうとした一瞬の遅滞で、ゼクスの炎剣が無造作に振るう。


「煩わしい」

 

袈裟斬りに閃光が走り、胸板が斜めに裂かれた。


真紅の花を撒き散らしながら、強烈な剣撃によって全身を殴られる。(まり)のごとく投げ出され、背中から叩ちすえられた茂は肺の空気を押し出されて、苦しげに呻く。


「そんな成りで、よく反応できたな」

 

深刻な斬り傷を負うも、茂は身体を後方に倒して致命傷をさけたのだ。


「だが、無駄なんだよ。お前に無我夢中にかかってこようが、全部徒労だ。俺をそこにいる雑魚どもと同じにするな」

 

息つく暇もなく、火炎玉を作り出すと床に転がる茂へと目掛けぶっぱなす。茂は起きあがることができず、床を転がって辛くもよけた。危機一髪、迫りくる熱波を振り切ることに成功する。

 

だが、間近に数人の輩が、火炎玉の爆風に巻き込まれて犠牲となる。彼らの身体は灼熱の炎に包まれた。皮が焼け、肉が焦げ、骨をしゃぶられる。声にならない悲鳴が、よだれとともに喉奥から鳴り響いた。肉の焼け焦げる不愉快な臭いだ。むっとする異臭に覆われ、悲痛な叫びだけが長々と尾を引く。

 

周囲の不良たちが、戦慄と恐怖に息を呑んだ。


「なんて奴だ……一時とはいえ、手を組んだ奴らじゃないのか」

 

ゼクスの瞳には凶暴な光を宿し、だからどうしたとした顔で笑んだ。ゆがむ唇からは、野獣の牙が剥かれている。


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