プロローグ
ショウゴです。
久しぶりの投稿となります。
そして、初めての方は宜しくお願いします。
気がつくと、春日部耀一は見晴らしのいい草原にいた。晴天の下、ぽつんと設けられた椅子に座らせられている。目の前にはテーブルを挟み、非現実的を漂わせる美麗と相席していた。
瑞々しい漆黒の毛髪は、直線にそって首下までかかっていた。艶やかな唇は女性らしい色香を感じさせ、黄金の瞳は意識をすべて吸い込まれそうになるほど、不思議と惹きつけられる。
漆黒の美女は、黒を基調にした絹のドレスを身にまとっていた。両肩をむき出しにして、豊かな胸の谷間を恥ずかしげにもなく覗かせている。
彼女の妖艶さには、相容れないはずの闇と光を漂わせていた。
こちらを向ける顔は無にひとしい。だが、無感情という感じでもない。それらが気にならないほど、とにかく美しい容姿で、そして不思議と冷たい雰囲気と思わせない。
女性は優雅に紅茶を飲んで、落ち着きのある雰囲気を与えてくれたおかげで、自然と緊張が薄らいだ。
「えーと、貴方は? というか、ここは何処?」
「その話をする前に、まずは紅茶でも飲んで一息つけませんか」
「それじゃ、遠慮なく」
彼女は凜と澄みきった美麗な声だった。綺麗な細い指先で、彼女の手前に置かれたティーポットを持ちあげ、もうひとつのカップに紅茶を注いだ。
美女に注がれた紅茶を一口飲み、
「旨い」
「それはよかった」
安い紅茶しか飲んでこなかった耀一でも、一口で高級茶葉だと理解できる。
「あなたは、ここに来るまで何をしていたか覚えていますか」
美女から疑問を呈され、耀一は記憶を呼び覚まそうと記憶を巡らせた。
「……ああ、確か俺は仕事中に事故で亡くなった、はず」
赤々とした業火に呑み込まれ自分が、なぜかこの場にいる。
死ぬ前までや神や悪魔といった目に見えない存在のものを信じず、そして死んだら終わりと考えていた男は輪廻転生など甚だ疑問に感じるが、もしかすればここがあの世というものなのかもしない。
そして、彼女は女神さまか、天使さまなのだろうか。
しかしながら、絵画で描かれた神聖なものに相反して、漆黒の闇色が濃すぎていた。
「それで、合っています。最初に断っておきますが、私は神でも天使でもありません。ましてや、悪魔でも。私は趣味で、世界を観測しているアグラーノと言います」
「世界を観測?」
「はい、主に観測対象は人間です。矛盾で、愚者な人間を見ているのは、飽きることがありません」
人間が嫌いという様子は見受けられないものの、悪趣味なのは間違いない。アグラーノと名乗る女性から人間に対する酷評に、耀一は顔を引きつらせる。
「あ、俺は春日部耀一と言います」
「知っています。ですから、ここに呼んだのですから」
耀一がどういうことだと顔をし、首を傾げる。
「人は死ぬと、輪廻の輪にしたがうようになっているのですが、貴方にお願いがあって無理に来てもらったのです」
輪廻の輪から外れて大丈夫なのか、と脳裏に疑問が浮かびあがるも、耀一はめったにない極上の女性との会話を優先して話を紡ぐ。
「それで、お願いとは? 俺でできることなら、協力を惜しみません」
ここぞとばかりに、耀一は彼女の好意を得ようと嬉々して自分を売り込む。
アグラーノは首肯をし、口調は話やすいので構わないと述べられた。耀一が、敬語が苦手なのを知っているのか、気遣ってくれたようだ。
「貴方が住んでいた世界とは別の運命を辿った世界に、行ってもらいたいのです」
「別の世界? って、もしかするとSFでよくあるパラレルワールドのことか」
「ええ、そうです。その世界では、貴方が知っている地球と多様な違いはありますが、一番は闘気の存在でしょう」
「とう、き……もしかして、気のことか? たまにテレビに出てくるびっくり人間のお約束の力だよな」
耀一が知る気とは、時々テレビで出演する超人たちが兼ね備えた力である。あるいは、日本にかぎらずアジアの国々では、気を使用した民間病院があると、耀一は聞いたことがあった。
眉唾な力については興味を引かず、前世で触れる機会はなかった。
「貴方が認識するその力と概ね間違いありません。ですが、その世界では闘気と呼ぶ存在が一般的な常識となっており、公に発展しているのです」
「信じられない話だけど、俺にその世界へ行ってなにをすればいいんだ」
「早くて二年後に現れる世界の敵から、地球を救う協力をお願いしたいのです」
「はぁ? いやいや、俺はただの人間だから無理だろ。しかも、世界の敵となると警察や国がどうにかする問題なはずだ」
「ですから、あくまでも協力です。世界の敵とは、すべてにとって存在するだけで弊害のある荒ぶる神のことです」
「荒ぶる神って、邪神や悪神だったよな――って、俺がどうにかできる範疇を越えているんだけどっ!?」
「安心してください、どうにかできる範疇は国家ではおさまりません」
「もっと、無理だからっ!」
「ですが、貴方が向かおうとする世界では、もともとそういった荒事に強い人間たちは存在しています。組織も存在して対策されているものの、宇宙中でその敵を対処できる者はたったひとり。しかし、真に残念ながらその者は地球とは別の惑星へと出かけおり、現在地球にいないのです」
「荒ぶる神をどうにかできる人間って、どんな人間だよっ! 相手は神だぞっ、神っていえば理不尽で不思議な力をつかうんだろ!? ありえないから! というか、二年あるならどうにかして連絡取れないのかよっ」
「しばしの間は難しいですね。あの人にお願いするには順序がありますし、向こうも向こうで世界の命運をかけたトラブルに巻き込まれ、現在収束に尽力をつくしてくれている真っ只中ですから」
「世界の危機多すぎるだろ!」
耀一の常識を越え、SF感が強まる内容に彼を大いに混乱させた。荒ぶる神や別の惑星へ行き来する人間など、まるっきしSFとファンタジーが混在している。
「俺が神と戦うなんて、荷が重いというか買い被りすぎるだろ……」
この状況は耀一を暗澹たる気持ちにさせ、理解力を大きく超えている。そして、諦めて開き直った瞬間、あることに気づく。
「――もしかして、俺は生き返られるのか?」
彼女の話しぶりからして、どうやら生き返られるのではと思い至る。
「ええ、ですが、二年後には亡くなってしまうでしょうが」
「なんでだよ! 生き返っても、たった二年じゃ旨味がほぼないじゃないかっ」
「貴方に協力をお願いして葬ってほしい相手は、荒ぶる神ですよ。しかも、その辺に転がっている末端な神とは違いもっとも古く、強大な力をもつ神。戦って生き残るのは不可能でしょう」
「おかしすぎるだろうが! そんな奴と戦わせようとしているのかよっ。ちょっとどころか、かなり好みの女性だから協力を惜しまないつもりだったが、これは無理だ。この話は断らせてもらう」
「――貴方の夢はなんですか?」
「な、なんだよ急に」
アグラーノは無言で促す。
「世界一のアクションスターになることだ」
そう、彼はアクションスターに憧れ、中国に移住してスタントマンをやっていた。亡くなったのも、映画の撮影中に予定より早い爆破が原因となっている。
「おめでとうございます。貴方が憧れるアクションスターの方は、悪人を懲らしめるヒーロー。つまり、フィクションではなく現実で魅力的なヒーローになれますね。しかも、歴史に名を残すチャンスもあります」
「全然違う! 現実のヒーローになりたいわけじゃなく、俺は映画の中で派手なアクションを決め、富や名誉を手に入れて美女たちからちやほやされたいんだよっ」
「それは不可能です。貴方には華がありませんし、人を魅了する演者は誰しも華があるのが常です。その条件に満たない貴方は、よくてちょい役のスタントマンがいいところでしょう。ましてや、貴方がいう秀麗な異姓から好かれるなど想像ができません」
彼女の一言にグサッと胸をえぐるように貫かれ、苦鳴を発しながら椅子から転げ落ちた。身に覚えがありすぎて、耀一には反論する言葉を持ち合わせていない。
「そもそも、ご令嬢のボディーガードは百歩譲っても、アフガニスタンの戦場で傭兵稼業する愚者がどこにいるのです。命懸けの地下闘技場に参加し、優勝してしまうなど理解できません。本当に演者になる気はあるのですか?」
「……いや、ボディーガードは演技の幅を広げるのも兼ねてというか、収入もかなりのものだし、他は成り行きと美女に乗せられて」
よろよろ、と起き上がる耀一は、なんともいえない顔を浮かべ、しどろもどろに言葉を濁して説明する。
「とにかく、貴方の経歴からして、軽く一千回は死んでいてもおかしくないのです。それが、映画の撮影事故に巻きこまれての死因とは、しまらない終わりですね」
「大きなお世話だっつうのっ! あぁぁぁちくしょっ、こんな死に方をするなら、最初は好きなお相手と意地を張らず、とっとと風俗で童貞を捨てればよかった!」
と、今さら遅すぎる爆弾発言を口にし、後悔をする耀一だった。
「貴方が危険をおかす理由が、純粋な善意であれば少しは見直せるの。ですが、貴方の行動理念は大抵異姓絡み。アクションスターになりたいと夢に抱いたのも、女性から好意をもたれたいという不純な動機です。下劣な貴方らしい考えすぎて、もはや救いがありませんね」
アグラーノの黄金の瞳は呆れの色を濃くした。
「うるせえーよ! お前たちのような目が奪われるほど綺麗な顔立ちなら、悩むことも苦労もしないだろうがな。俺みたいな運動神経以外、凡庸な俺は必死なんだよ、極上の美女を恋人にしたいんだよ」
幼少期から異姓に好かれたことがない彼は、世の中の不公平さに身をもって実感をしていた。
勉学方面は興味を抱かないと覚えられないという特性から、赤点の常連組となっている。顔は特筆した点はないが自己採点から端正寄り、運動に関しては苦手なスポーツは皆無であった。
だが、いつも耀一に集まってくるのは男ばかりで、異性は容姿端麗で賢い男ばかり注目し、彼女らの瞳からピンク色のハートマークが浮かんでいる。
幼なじみで、学年一可愛いとされた子も同様だ。
枕を涙で濡らす日々がつづいたある日、少年はカンフー映画を見て閃く。
これだ、と。
彼らのようなアクションスターとなれば、自分が欲しいものは全て手に入る。異性からも、好かれるのではないかと。
考えれば考えほどよいアイディアに思え、将来は映画で主役をはれるようなアクションスターなりたい、と子供ながら夢を抱くようになる。
それにしても、いったい自分のことをどこまで知っているのだと、耀一の顔に戸惑い浮かべ、驚きを隠しきれずにいた。毎度素敵な異性から気を引くため、果敢に危険に挑みかかっていたのは確かであり、まったく言い返せない。
ちなみに、いい年をしてまだ童貞を死守しているところから、結果は全戦全敗である。
「気づいていないようですが、貴方の傍らに好いてくれている方はいたようですよ」
「いや、いないだろ」
憮然な顔で、耀一は否定した。
もし、そんな人物像がいたら、身体を張ってまで異性から好意を得ようなどとしない。
「そうですか、そう思うなら結構ですが」
愛想もなく、どちらでもよいと言いたげな口調で述べた。
「それで、向こうで協力しろというけど、具体的にどうすればいいんだ」
「行く気になったのですか?」
「ここで、押し問答しても、なんやかんや言って行かす気なんだろ。なら、たとえ生き残る可能性がかぎりなく低くかろうが、生き返られるんだ。そのチャンスをいかして、どうにか生き残れるようにあがいてみせるさ」
「可能性はかぎりなく零なうえ、勝機などは最初から用意されていない戦いですが、私ができる支援はするつもりです。貴方には天才的な戦闘センスと、闘気が併用されれば充分戦力になるでしょう。もちろん、貴方ひとりで戦うわけじゃありませんし、各国の強者たちと協力すれば時間稼ぎが図れます」
「時間稼ぎ?」
アグラーノは相槌をうち、
「先ほどもお話しましたが、荒ぶる神を対処できる方は闘神と呼ばれる男性のみ。その方が地球に戻るまで、貴方には時間を稼いでほしいのです」
「それにしても闘神って、ずいぶんと大層な敬称だな。それだけの強者ってことか。けど、時間稼ぎぐらいなら、俺じゃなくてもよくないか?」
「簡単のように見えて、貴方が想像する以上に荒ぶる神は強大です。一瞬で国を消すことができるほどに。もし、できなければ、闘神が帰還する前に地球は消滅してしまいまうでしょう」
無理だ、それが耀一の感想だった。己の認識が甘すぎた。赤子の手を捻るように国どころか、惑星すらも消すような敵手に、どうすれば人間が勝てるのだろうか。最低でも、核兵器がなくては時間稼ぎにすらならない。
自分の胸の内を伝えると、
「核兵器など、環境を汚染させるだけでなんの役にもたちません。ですが、安心してください。万物の創造主は生みだした種に、平等に可能性を与えました。それが、闘気というわけです」
「嘘だろ」
「嘘ではありません。闘気には無限の可能性が秘めています。極めれば、貴方が記憶する兵器や武力といった常識は一変するでしょう。それと、新しく行ってもらう世界では、春日部耀一の身体ではありません。別人の身体となってもらいます」
「――え、どういうこと?」
「ひとつの世界に、同じ人間は存在できないよいになっているのです。もし、存在してしまえば世界が異分子と認知し、強制力が働いて削除されてしまうしょう」
おそろしい世界のシステムを知り、耀一は顔をしかめる。
「入れ替わってもらう肉体ですが、亡くなった人間の身体を利用したものですので気兼ねなく使ってください」
「そ、そうか」
「その肉体ですが、潜在能力は世界では希に見る超絶なもの。本人がもし生きていれば将来世紀の大悪党となって、世界を壊乱させていた代物です。貴方ならその力を使いこなすのも可能でしょう」
「……おい、そんな奴の身体で生き返って大丈夫なのか?」
「では、そろそろお別れの時間ですね」
漆黒の美女は、なにも気づいていないとうそぶき、強引にことを運ぼうと先に進める。だが、来世を左右する要因がかかっているというに、それを見逃すはずもない。
「聞いている? なあ、絶対やばいよな。絶対面倒事に巻き込まれるよね。おい、なに視線を逸らしているんだ! 質問に答えろよっ!」
「男が細かいこと気にしてはいけません。だから、貴方はその年になっても、恋人のひとりもできないのですよ」
自分の思いどおりの展開とならず、アグラーノは依然と愛想のない顔を象り、辛辣な口調で毒を吐く。
「それが、今なんの関係があるんだよ!? いいから、質問に答えろっ」
「昔助けた少女がいましたよね。奇跡的に貴方に懐いた異性です」
彼女が話す少女とは、中国に渡って少しして拾った子供だ。行くところがないということで、仕方なくしばらく同居していた。その少女とは、なんだかんだいってつき合いは長く、誰よりも耀一のよい理解者でもある。
「……それがどうしたっていうんだ」
「貴方が死んだのちの荒れようは酷い者ですよ、このままではあの少女は望まれない未来が待っていそうです。もしよろしければ、私のほうで気を留めておきましょう――それが、質問の答えの代わりになりませんか?」
「――ッ!! 卑怯だぞ」
「しかたがありません。人格はとても世間で認められるものではありませんが、素質だけは百年に一人といえる逸材なのです。そういった方は早々現れません」
言葉を重ねる漆黒の美女であったがその直後、耀一の意識は本人の意思と相反して奈落へとすべり落ちていく。しかし、恐怖は感じず、眠りに落ちる感覚に近い。完全に意識を手放した。
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