家事魔法は最強かもしれない
気が付けば私たちは白い場所に居た。
何か足元で光った気がした次の瞬間にはここに居たのだ。
まったくのタイムラグ無し。
だって、隣を歩いていた有希ちゃんも、前を歩いていた下校途中の学生の集団も、外回りのビジネスマンも、そのまま気付かず数歩歩いちゃったんだもの。
気付いた人から立ち止まり後ろから気付かずぶつかる人、そのまま転んじゃった人、その人に躓く人と、ちょっとした騒ぎになった。
そして、私達は見知らぬ場所に居る事を知った。
思わず、隣の有希ちゃんを抱き寄せて守ろうとしちゃったのは長年身に着いた習慣だった。
生まれた時からご近所で、幼小中高と同じ学校。
大学はさすがに分かれたけれど有希ちゃんの私立大学も私が進学した国立大学も同じ地元にあったから、休みにはしょっちゅう会っていた。
親友と言われれば確かにそうだけど、お嬢様育ちの有希ちゃんが一人にしておけない程ぽやぽやおっとりとしていて危なっかしくて仕方が無かったから。
絶対に有希ちゃんのお父さんの会社に家のお父さんが勤めていたからじゃ無いよ。
最も、有希ちゃんとの出会いは同い年の社員の子供だって事で有希ちゃんが3歳のお誕生会で引合されたのが最初だったけど。
他にも何人か子供が呼ばれていたけれど同い年は私だけで、私の家だと分不相応な幼稚園から大学までの一貫校の幼稚園から高校まで有希ちゃんと一緒に通わせてもらったわ。
ご学友ってやつね。
初めての顔合わせの時から有希ちゃんは夢の国のお姫様みたいに綺麗で可愛らしかった。
スカートよりズボンが似合う活動的な男の子のような私にとってこんな風に生まれたかったと言う憧れだったのかもしれない。
もちろん嫉妬ややっかみで色々言われたけどね。
お金持ちの子供が通う私立学校なのに自家用車で送り迎えが許されるのは幼稚園だけで小学部からはバスや電車で通わなくちゃならないので有希ちゃんのお父さんは心配で堪らなかったんだろうね。
でも私は有希ちゃんの家の援助で幼稚園と小学校は通わせてもらったけど中学、高校は成績優秀者で学費は無料になったのよ。
大学になって学校は別れちゃったけどしょっちゅう会っていたのはやはり気が合っていたからなんだろうな。
だって、お金持ちのお嬢様で皆にチヤホヤされているのにちっとも傲慢にもワガママにもならなくて、麻耶ちゃん、麻耶ちゃんっていつも私にくっ付いていたのよ。
ちょっとぼんやりさんで学校の成績も良くは無かったけど、それでも頭は悪くは無かったくせに、気を付けてあげて無いとすぐに人に騙されたりしていたし。
親友だけど、手のかかる妹か持った事は無いけれど娘のような気がしていたの。
そして、大学を卒業して、私は会社勤め、有希ちゃんはすぐに結婚したわ。
彼に会わせて貰ったけれどとっても良い旦那様で、妻の実家の様に至れり尽せりお世話してくれる、コックやメイドの居ない自分の家で有希ちゃんに不自由な思いをさせていると悲しんでいたの。
彼は有希ちゃんが自分で選んだ男性で、御実家ではもっとお金持ちに嫁がせたかったみたいだったけど。
それからもう40年以上。
私も有希ちゃんも年金がもらえる歳になっちゃった。
有希ちゃんは相変わらずおっとりさんで綺麗なままに歳をとったお嬢様に見えるのは旦那様が大切にしていたからでしょうね。
私はずっと未婚を貫き、有希ちゃんの最愛の旦那様も数年前に亡くなって、一人娘の沙耶ちゃんもお嫁に行ってすでに子供が3人。
何年経っても家事が壊滅的だった有希ちゃんと違って小学校の頃から掃除洗濯料理が得意で立派な肝っ玉母さんをしています。
はっと気づけばザワザワとしていた周りが静まり返って皆一つの方向を見ていた。
あれ?
今、走馬灯のようなものを見ていなかった?
私と有希ちゃんとの出会いと付き合いをまるでたった今経験したかのように克明に思い出していたわ。
そして、そこに女神さまがいた。
真っ白の髪、真っ白な肌、身にまとっているトーガのような衣も真っ白。
その中に薄桃色の唇と薄青い目の二つの色が無ければ大理石の彫像のよう。。
けれど誰が見ても女神さまだと判るのは背景に溶け込みそうな色彩でありながらもその身から発せられる圧倒的な存在感。
やめてよ、この歳になって異世界召喚?
それとも、私たち全員死んじゃったのかしら。
走馬灯も見た事だし。
「あなた方には異世界に行っていただきます」
唐突に女神さまが語り始めた。
「ま、待ってください!それは困ります!大事な仕事を抱えていて、私がいなければ会社が・・・」
「別に困らないわ」
女神さまは最初の第一声と同じ温度のない平坦な声で言った。
その声を聴くだけで彼女は人じゃ無くまったく別のモノなんだと心の底からそう思える。
「そ、そんな、私は今重要なプロジェクトを抱えていて・・・」
「お、俺たち死んじゃったの?
今朝、母さんと喧嘩してふてくされて行ってきますも言わなかったのに・・・」
酷く落ち込んだ様子で言ったのは如何にもヤンチャそうな高校生。
制服を着崩して靴の踵を踏みつぶした少年が意外にも殊勝な事を言う。
「死んではいません」
意外なことに女神さまはちゃんと答えてくれた。
「あの、私もうじき4人目の孫が生まれるの。
娘の手助けをするために行くって約束していたので帰してもらえませんか?」
次の質問は私のすぐ傍から発せられた。
意外にもこんな時に発言するとは思いもよらなかった有希ちゃんからだ。
「帰ることは出来ません。
あなたたちに帰る場所はありません」
その言葉を聞いた時、私たちは全員同じ事を考えたのだと思う。
女の子の何人かがわっと泣き声を立て男の人達も絶望に染まった顔をしていた。
トラックが突っ込んだとか、そんな生易しいモノじゃなく、国が、世界が滅亡するような原爆でも落ちた?
それとも宇宙から隕石が落ちたとか、太陽が爆発したとか・・・・。
だんだんと考えがSF的になってきた。
だけど、次の女神さまのセリフは思いもよらないものだった。
「あちらにはあなた達が存在しますから。
あなたたちは私があちらの神に願って許可をいただいたコピーですから」
ふわっと女神さまが手を振るとただただ白かった空間に元居た街の雑踏が現れた。
少し上の方から見た雑踏に私たちが居た。
その集団は少しずつバラけて行く。
私と有希ちゃんは楽しそうに語らいながら予約をしていたレストランへ。
そう、今日は映画を見て家にはお世話をする人も居ないのだからレストランで食事をして、その後行きつけのバーで少し飲んで帰る予定だった。
「あのレストランで麻耶ちゃんに孫の事を聞いてもらう筈だったのに」
ぽつりと有希ちゃんがこぼした。
「あなた方にはスキルを一つずつ贈らせていただきます。
望むままのスキルをご自分で選んでください」と、女神様。
「ま、まって。どうしても行かなくちゃならないの?
どんな世界なの?」
若い女性が訊ねた。
二十歳を少し過ぎたくらいの美人さんだった。
これくらいの若さも美貌もあれば元の世界に未練がたっぷり有っただろうなと同情する。
私達のような老人なら、孫の生まれる有希ちゃんはどうか判らないけれど、生涯独身で身内の一人も生きている者がいない私にはどこで生きていても余生もそれ程無いことだし今まで蓄えてきた財産が無くなるのは辛いけれど諦めも付くけれどね。
「魔法のある世界です。
文明は外見的には中世ですが魔法があるために意外と文化的な生活かも知れません」
魔法というところで若い子たちがどよめいた。
うんうん、若い子たちは異世界召喚とか魔法とか好きでしょうね。
小母さんも好きよ~。
あれ?変だわ。
何で今の状況があまり気にならなくなったのかしら?
隣の有希ちゃんを見てもいつものままで、私が見たのでニッコリと笑い返して来る。
おかしい、絶対に。
おっとりしているくせに怖がりで想定外の事が起きたらパニックとまではいかなくても私の後ろに隠れるくらいしそうなものなのに。
周りの皆も変に落ち着いているわ。
そっと女神さまの方を伺えば・・・・ヒイーーー!女神さまが私の方を見てるーーーー!
ふと気が付けば、いつの間にか、私はたった一人で女神様と向き合っていた。
椅子に座り目の前には白いデスク。
「魔法はあちらでは誰でも使える力です。
どんな魔法でも少しずつならば様々な物が使えるのですが、その中に特化したスキルを持つ者も居ます。
そういう者たちを魔法使いと言います。
身体強化の魔法を使って剣や槍など武器に特化したスキルを持つ者も居ます。
戦士と呼ばれる者達です」
女神様は淡々とあちらの世界とスキルの説明をしてくれます。
私のこれからのの生活が懸かっているのだからそれはもう一生懸命聞きましたよ。
スキルには生産系の物もあるようですが私たちが人里に送られるとは限りません。
それに、向こうの人達が親切で良い人なんて思うのは危険です。
いきなり一人でここに連れてこられたのでほかの人達と相談もできませんでした。
相談させてもらえればたった一つだけのスキルなんだから色々振り分けられたと思うんですけどね。
それから色々質疑応答をくりかえし、私なりに少しは納得しました。
「あなたはどんなスキルを選びますか?」
うん、たった一つなら決まっています。
戦う力も大切ですが一番大切な物を選びましょう。
女神様のおっしゃるには、私たちが下ろされるのは人里からそれほど近くはないけれど危険な獣も少ない特異地点と呼ばれている場所らしいです。
獣も魔獣も周辺に弱いものが居るだけで、あまり凶暴な魔獣はその場所を嫌って近づいて来ないらしいです。
そんな場所なのに何故村等が作られていないかというと、その特異点地点が出来たのはごく最近だそうです。
そう、私達が下りて来るために神様が作った特異地点。
「土木建築魔法を」
「え?」
氷のように無表情だった女神様の顔がポカンとした表情を浮かべます。
「土魔法ではなくて?」
「私が定年まで居た会社が土木建築関係の会社でしたから。
入社してから色々勉強して土木、建築双方の免許もいろいろ取りましたし、今でも非常勤として図面を引いたりしてますよ。
見知らぬ世界に行ったら先ずは身を守る住処でしょう?
有希ちゃんのために家を作ってあげなくちゃ」
「降りた場所に住み着くつもりですか?」
「その世界の人が優しい人ばかりじゃないっておっしゃったのは女神様じゃないですか。
わざわざ危険な旅をして危険かもしれない街に行くなんて嫌ですよ。
幸い人数も居ることですし。
まあ、全員そこに残るとは思いませんが、出て行った人たちが帰る村があっても良いと思いませんか?
私も歳ですから生きている内に出来ることをしておきたいと思います。
魔法なんて初めての事ですからどこまで出来るか判りませんけれど」
土木建築魔法、いただきました。
女神様がぶつぶつと、『賢者や勇者の魔法が欲しいと言われるよりもマシよね。賢者や勇者はスキルじゃなくてジョブだってのに』なんておっしゃってましたが。
私達の外にも転移者が居たのかしら。
私も色々最近の若者向けのラノベだのネット小説だのを楽しんでいたので魔法のある世界に興味津々ではあるけれど、そこに実際に住むとなると殆ど着の身着のままの私達がどのように生活して行けばよいのか不安ではある。
何しろ私たちが強制的に捨てさせられた日本は平和で安全、豊かな国だったのだ。
少なくとも私の周りでは。
こちらの世界には戦争はあるし盗賊もいるし魔物も居るそうだけど、私達が降ろされる場所の近辺には大きな国も無く、貧しくはないけれどそれほど豊かでもない小さな国がチマチマと無所有地と呼ばれる誰の所有地でもない土地の中に適当に線で囲ったような国境を引いている場所にある。
一番近い村で片道二日はかかる無所有地の森の中だ。
当分平和に暮らして行けるかもしれない。
色々聞きましたよ。
それから色々と交渉しました。
しまいには女神様がうんざりした顔をなさるほど。
だって今だけしか話し合えないでしょう?
女神様が話を打ち切ろうとするたびに平和で豊かな世界からこちらに強制転移させられた事に言及して食い下がりましたよ。
たとえ私たちがコピーだとしても私達にとってはオリジナルとなんら変わりは無いのだから。
席から立ったと思ったら森の中でした。
鬱蒼と茂る巨木の森の中にぽっかりと開いた草原と泉と小川。
そこに沢山の日本人。
「麻耶ちゃ~ん!」
駆け寄って来たのは・・・・・。
「え、ええええええっ!」
そこに居たのは高校生くらいの有希ちゃん。
あの女神ーーーーー!
私は思わず舌打ち。
このことをわざと黙っていたわね。
私が歳だからじきに死んでしまうと言ったら、すぐに死んでもらっては困るみたいな事を言ってたのはこの事か。
私は自分の手を見、その手で顔を擦って見た。
若いシミ一つない柔らかな手にすべすべの肌。
はい、多分私も高校生くらいに若返っているんでしょうね。
確か、この世界の結婚適齢期が15,6だって聞いてましたから。
「素敵、沙耶ちゃん。高校の頃に還ったみたいね。良いな~」
自分も若返っているのに気づいていないのか私を見てニコニコ。
「有希もね」
私が言うと有希ちゃんも驚いた顔をして自分の顔を擦っていた。
「ははっ、私の最盛期だ!」
嬉しそうな声を上げたのは20歳位の若者。
でも着ている物はやけに渋いダブダブのスーツだ。
確かあのブランドスーツはかなり下腹の出た中年男性が着ていた物だったわ。
だーーーーーっと泉に向かって走っていったのは厚化粧の女性。
小母さんルック(死語?)の私たちも人の事は言えないけれどケバイスーツも派手な化粧も全然似合ってない。
泉に映して顔を見、バシャバシャと顔を洗う。
腕に下げたブランド品の小ボストンからタオル地のハンカチを取り出しごしごし擦る。
改めてバッグの中から小さな鏡を取り出した映して・・・・「うそっ!若返ってる!」
「ジンなんにした?オレ火魔法」
高校生が話している。
「あほか!こんな森の中で火魔法なんか使ったら大火事だろうが!
女神さんが森の中に降ろすって言ってたろうが」
「えーーーーー、役に立つだろう、焚火とかする時に」
「そんなのは生活魔法があるだろう。
火魔法なんかで焚火に火をつけたら吹っ飛ぶわ。
ケン、女神さんの話を全然聞いてないんと違うか?」
「まあ、森を抜けたら魔物退治に使えるさ。
オレ、水魔法!
これで砂漠だって水に困らねえ」と、別の少年。
「だ~か~ら~、何聞いてんだよショウはよ。
飲み水を出すのは生活魔法だって!
本当にこいつらは~」
「じゃあジンは何だよ」
「鑑定魔法だよ。
賢者にしてもらおうと思ったら賢者はスキルじゃなくってジョブだって言われて・・・・」
「えっ、オメエもか。
オレ勇者になりたいって言ったらジョブだって。
それに魔王退治の勇者なんてこの世界には居ないんだって。
魔王って魔法使いの中で一番優れていると認められた者が呼ばれる称号だってさ」
やれやれ、魔法職ばかり。
剣士や闘士等の前衛職は居ないのかしら。
生産職を選んだ私が言うことじゃ無いんだけど。
やはり魔法のない世界から来たから魔法が使いたいのね。
「で、有希は何にしたの?」
「私?私はねえ家事魔法」
「鍛冶?」
有希は?に全然似合わない職業を思い浮かべて訊ねる。
「うん、私ねえ、家事が壊滅的だったでしょう?
周一朗さんにも沙耶ちゃんにも苦労ばかりさせたから魔法で家事ができるようになりたかったの」
「生活魔法って物があるでしょう?
掃除も洗濯もできるでしょう」
この世界には生活魔法という便利極まりない物がある。
生活魔法があれば身の回りの事は大抵できる。
洗濯をしたかったらクリーンの魔法。
お風呂替わりにもできます。
少々の衣服の綻びや物が壊れた時には補修の魔法。
暗くなれば灯の魔法。
竈に火をつけたり水を作ったり、大抵の事が僅かな魔力でできます。
でも、いかにも有希ちゃんらしい望みだと思った。
「で、麻耶ちゃんは?
麻耶ちゃん、剣道の有段者でしょう?だから剣士とか?」
「有希を守れる剣士になっても良かったけど、もう歳だから無理かもって思ったのよ。
それと、剣士はジョブね。
私は土木建築魔法。
これで整地と家が作れるわ。
この森の中は特異地点で危険な魔獣が湧かないから、ここに有希と私の家を作りたいのよね」
「あら素敵。
ここって綺麗だし静かだし広くて家庭菜園だって作れそう。
麻耶ちゃんの作ってくれたお家を私が管理するわ~」
有希ちゃんは若いころのまま少しも変わっていなかった。
最愛の旦那様や娘の沙耶ちゃんの事を忘れたみたい。
あの白い場所に居た時には少し不安そうだったのに今はすっかり吹っ切れているよう。
まあ、地球の事は今はそれほど気にならなくなっているのは私もだから、そんなものなのかな~。
ほかの人達はまだ全然まとまりなくいくつかのグループに分かれてガヤガヤやっているだけ。
漏れ聞こえてくる話が聞くとも無しに耳に入って来れば、皆あまり詳しく女神様に質問しなかったようだ。
リーダーらしき者も居ないようで纏まりが無い。
聞いてみれば全員女神様を相手にスキルの相談をしたみたい。
分身の術?
まあ、神様だからねえ。
「さて、私達の家を作っちゃいましょうか。
どれほどの事が出来るか判らないけれど、今は朝みたいだけど一日なんてあっという間よ。
日が暮れる前に何とか出来るかしら?」
「消音して整地」
魔法の使い方は使おうと思っただけで解りました。
そして、自分が望んだ土木建築魔法って言うのがどれほど常識外れの能力だったのかを知って頭を抱えたくなりました。
邪魔な木が根こそぎ抜けて切断、積み上げられます。音無しで。
「掘削、圧縮して地下室。
余剰土は石のブロックへ」
まったく継ぎ目のない一枚の巨石が綺麗に石積みされた壁と床を持つ地下室の蓋をしました。
地上との温度差を利用するための地下室は何本かのパイプを残して密閉されます。
かなりの深さに作ったのでその上に実際に利用できる地下室は作ります。
何故か地下深くの水脈だの鉱脈だのが見えたので水脈は避け、鉱脈は利用させていただきましたよ。
高炉も無いのに鉄だの外の金属だのが鉱石から分離して出て来るんです。
私、ここまで土木建築魔法に期待して無かったんですが。
ほんの少しだけ、家を作るのなら釘やパイプ、ステンレスの流しなんかあった方が良いよねとは思いましたけど・・・・。
大量に積み上げられた材木は見る間に余分な水分が抜かれ製材されて行きます。
私は会社の便利屋さんだったから、土木建築に関するあらゆる事を齧っているのよね。
土木だと、設計も現場でのユンボやブルドーザーの運転も何でもできます。
一流とは言えませんけれど大工さんの仕事も配管工の仕事も出来ますよ。
ずっと結婚しなかったので普通の女性のように旦那や子供の世話も必要無かった分勉強に時間を使えたものね。
魔法を使えば一流の仕事が思うままにできます。
さすがに設備機器本体は専門外でしたけどそれでも構造も解っていますし、故障したトイレや流し台の部品交換位はやってますよ。
断熱された壁、張り巡らされたパイプ(なんと継ぎ目がありません。魔法があるので詰まった時には外部から直せます)、壁の中には季節に合わせて空気が動いて冷暖房。
屋根は熱を湯に変えたり熱い空気に変えたり・・・・・。
あれ?
私の建築知識の中にこの世界の建築知識もありますよ?
あーーーーー、魔法の冷暖房にお湯作りもありますね・・・・・。
((´・ω・`)ショボン)
でも、それには魔石が必要みたいです。
(よし、復活)
一応予備として魔石のそういった仕組みも作っておきますか~。
ふと気が付くと私と有希ちゃんのほぼ建築が終わった家の傍に全員が集まっていました。
「な、何やってるの?」
訊ねたのは高校生の男の子。
「家を作ってますが何か?」と、私。
「何で家?」
「ここから一番近い村で歩いて二日はかかります。
水も食料も無く、二日も歩いて無事に着くとでも?
それに、その村の人達が親切で良い人だなんて何を根拠に思っているのかしら?
こんな怪しい風体の集団が押しかけて行って歓迎してもらえるとは思えません。
ですから、私はここに村を作ろうと思いました。
この場所は神様に作られた特異地点。大型の魔物は近づけません。
小型の魔物も特異地点の中には入ってきません。
ですから特異地点の中に村を作って本拠地にするのが良いと思いましたの。
特異地点と言うのはとても貴重な場所なのですよ。
どんな国も村や町も特異地点を血眼で探し求めています。
安心して過ごせる貴重な場所なのですから」
「な、なんでそんなに詳しく知っているんですか?」
聞いたのはサラリーマンスタイルの青年。
後生大事にビジネスバッグをまだ抱えています。
「聞かなかったのですか?」
私はわざと眉をひそめて見せました。
「私は女神様が嫌な顔をするくらい根掘り葉掘り聞きましたよ。
もう帰れない私たちがこれから暮らして行かなければならない世界ですから。
この世界には奴隷制度があるそうです。
戦争等で負けた人が奴隷にされることは普通で辺境の村等では身元のはっきりしない人間を奴隷にしてしまうこともあるそうです。
ですから私はこんな家を作れる土木建設の魔法を願いました。
村作りには必要ですからね」
本当は土木建設魔法は有希ちゃんと快適に暮らして行くためという利己的な理由で、詳しく世界情勢を聞きまくる前から決めていたのですが。
でも、私がそう言ったので何人か、特に若い子たちが恥ずかしそうに俯いた。
ちょっと良心の呵責が・・・・。
「と、言うわけで此処に村を作りたいと思います。と、言うか作ります」
「け、決定!?」と、男子高校生。
「何か別の意見でも?」
「イエ、ナニモナイデス」
男子高校生は俯き、ほかの人達を見回せば全員コクコクと頷いている。
どうやら私がこの村のリーダーになったみたいですね。
「お花~」
うつかり目を離していた有希ちゃんの声。
そちらに目をやれば新築の家の周りに素敵なお庭が・・・・・。
「それから家庭菜園~」
ゲッと私は息をのんだ。
土木建築魔法を使わなくても出来上がったイングリッシュガーデンと家庭菜園には花や野菜がすでに成ってる~~~!
家事魔法って、こんな事までできるの!?
それから私たちは出来上がった家に入った。
うん、ガランとした家の中。
壁も床も白木で゛出来ている。
だって、建築はここまでよね。
作り付けの食器棚とかカウンターテーブルなんかは作ったけどね。
木の香りの漂う居間は窓の前にベンチ型の椅子を巡らせているけどクッションは無い。
二重構造の窓には複層ガラスのサッシが嵌まっているんだけどね。
「クッションと絨毯~」
椅子の上と背もたれにはクッション、床にはフカフカの絨毯。
クッションは判ります。
主婦の方は手作りでクッションなどを作るかも知れないわよね。
でも、絨毯はーーーーー。
ああ、そうそう。
有希ちゃんのご実家のお姉さまは機織りを趣味にしてらっしゃったわよね。
美術系の大学院で機織りを専攻して有希ちゃんが大きなラグを貰ったけど敷く場所がないって私の家に持って来た事があったわ。
有希ちゃんの頭の中では機織りも家事なのね。
それにしても、材料は何処から?
あーーーー、魔法ね。
花だって、野菜だって地球の物と同じだったんだから、魔法で作り出したに決まっているわ。
うん、私が材料にこだわったのが地球の常識に囚われすぎてたって事か~。
「食器とカトラリー、それからご飯!」
食器棚にぎっしりと詰まったお皿やコップ、お茶碗にお箸にフォークやナイフ。
場所が台所に移ったのでてっきり鍋釜フライパンなんて物が出て来ると思ったら、イキナリご飯ですか。
調理過程はすっ飛ばしたのね。
まあ、あまりに料理の腕の酷さに旦那様の周一朗さんや娘の沙耶ちゃんが有希ちゃんに手を出させなかったせいもあるんだけど。
だって野菜の皮むきをすればピーラーを使っているのに指の皮を剥いちゃう。
肉を切れば指を落としかける大惨事。
火を使うと火傷したり焦げ付かせる。
鍋を幾つもダメにしたと沙耶ちゃんが嘆いていたもの。
私と有希ちゃんの家だけど、テーブルは広くて大きい。
有希ちゃんがいつの間にか創り出したテーブルは有希ちゃんの実家にあった大人数会食用のテーブルとそっくり。
そのテーブルの上にはご馳走。
私は家は作ったけれど、これから暫くはサバイバルの生活が始まると思っていたのよね。
家を整え、皆で狩りをしたり色んなこの地の植物から食べられる物を探したり。
私も大概だけど有希ちゃんの魔法はもう・・・・。
皆にご馳走を食べてもらうために呼んだらよほどお腹がすいてたのかガッツイた男の子が舌を噛んじゃったんだけど、有希ちゃんが『痛いの痛いの飛んでけー』で治しちゃいました。
有希ちゃんにとっては治療も家事魔法なのね。
家事魔法って・・・・・最強かも知れない。
白い世界に二人の人影。
一人は白い女神。
もう一人は華やかな色彩を纏った男神。
「本当にもう、何故最初から魔法のある私の世界の人間より、魔法のない世界の者達の魔力が大きいの?」「だから欲しかったんでしょう?血とその文明を」
「ええ、ええ、そうですよ。
魔法があるのに何万年も停滞を続けている私の世界に変化と進歩を齎してくれるかと思ったからですわ。
それなのに、何で村作り?
さっさと世界に散らばってその優秀な血を交えてくれる事を期待しましたのに。
だから全員適齢期の年齢に再構成しましたのよ」
「そんなに慌てないでください。
ゆっくりと待ってやっていればいつかは世界と交わりますよ。
それから、もう一度はありませんよ。
コピーとはいえ、あの子達も私の子供たちに違いは無いのですから」
「分かっていますわ。
それにしても、あの者たちの魔力の大きさは予想を大きく上回りすぎですわ。
慌ててストッパーと言うか一定以上の魔力を出させない仕組みを下界へ降ろす際に肉体の再構成をするついでに組み込みましたの」
「まあ、魔法のない世界で生まれ育っていたのですから本人たちは気づかないでしょうね。
全員にいちいち組み込むのは大変だったでしょう?」
「いえ、そうでもありませんわ。
同じ術式をコインのような形にして対談の際にこっそりつけて置きましたから」
「コインですか?このような?」
男神が指さす方向にはキラキラと光るコイン状の物が二つ宙に浮いてクルリクルリと回っています。
「えええええーーーーー!
何で、二つも余ってるのーーーーー!
あ、あの時だわ、あまりに変わったスキルを申し出られて、驚いて忘れちゃったんだわ。
・・・・・、ま、まあ良いでしょう。
攻撃にも使えないし、害にもならないスキルだから・・・・」
地球の男神はそっと微笑んで下界で村作りを始めた二人の娘を見やった。
下界に降りてわずか半日のうちに家を建て衣食住を魔法で作り上げたとんでもない娘たち。
一週間と経たない内に特異地点には立派な村が完成しリーダーとなったあの娘がセーブされているとは言え、やはりとんでもない力を持つ彼の子供たちを率いていつかは国を興し世界に覇を唱えるかもしれない。
女神は知らない。
あの二人の娘が彼の愛し児だと言う事を。
二人が出会い友情を育み、そして一緒にこの地に連れられて来たのが偶然では無い事も。
コインが組み込まれなかったことも偶然では無いことを。
まだ仲間たちに発表はしてないみたいだけど、女神に強硬に申し出て全員に言語理解とあの世界でも希少な収納魔法の付与をそれぞれの持ち物にこっそりサービスさせたのはさすがに私の愛し児。
男神は心の中でひっそりと笑う。
かなり強引に彼の子供たちの魂の欠片を強奪して行った女神の世界に圧倒的な力を持つ彼の子供たちが蔓延ってゆく。
そう、子供たちのコピーを願ったのではなく要求したのだ。
数千万年前のちょっとした貸しをカタに。
コピーとはいえ魂の欠片を必要とするのだ。
直ぐに欠けは元に戻り欠片も全きものとなるけれど、強奪は強奪だ。
停滞しているくせに女神の世界は古い。
神は古く年経ているほど色が抜けて白くなってくる。
それから見れば鮮やかな色彩を纏った男神の若さは一目瞭然。
女神にそのつもりはなくとも要求されれば借りを持つ身とすれば断れないのだ。
だから愛し児を送った。
ちょっとした意趣返しに。
何事も無ければ普通に歳を取り死んでゆくけれど、その何かが起きた時二人一対のリーダーとして世界をも導くことのできる特別な魂を。