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空にある星  作者: にゅーたろ
9/9

竜騎士 ‐ ①

魔術の訓練から一時間後。

自室に戻ってきた俺は、ベッドに寝転がり天井を眺めていた。


(やっぱりマズイよなぁ……)


思い出すのは訓練場でのやり取りだ。

空を飛ぶ乗り物に乗れない。

その一言は大きな衝撃を各々に与えたようで、みんな何とも言えない表情をしていた。


そもそも空を飛ぶ乗り物に乗れないのは幼い日に飛行機事故で家族を亡くした事が原因だ。

事故当時は飛行機の安全性や事故率どうのこうのは理解できなかったが、とにかく空を飛ぶものは人の命を奪う危ないものというイメージだけは植え付けられてしまっていたみたいだ。

それが発覚したのは祖父に遊園地に連れていってもらった時だった。

飛行機の形をした小型の乗り物がまるで空を飛ぶかのように上下するだけのものだったのだが、それが動きだすと同時に冷や汗を垂れ流し、泡を吹いて気を失ったらしい。

医者が言うには原因はよくわからず精神的なものの可能性があるとの事だったが、過去の事故の事から精神的というのにも納得がいった。

それ以降、多少なりとも空を飛ぶと思わされる乗り物はずっと避けてきたのだ。


「しかし、よく考えてみればそうだよな……この国自体が空に浮いてるんだもんな」


空を飛ぶ乗り物があるなんて十分にありえる話しだ。

というか、他の国と交流があるというのなら、飛行船の一つや二つあってもおかしくはない。

その考えに至らなかった事が今更ながら悔やまれる。

恐らく今行われている戦争も空戦が主なものなのだろう。

そう思うと、とてもじゃないが力になれる気がしなかった。


「はぁ……」


思わずため息が漏れる。

期待してくれていたステラ達の顔を思い出すと、とても明るい気分になる事はできなかった。

訓練の帰りもこちらに気を使ってくれていたのか、色々と話しかけてくれてはいたが、その表情はどこか陰っているように感じた。

あの表情が頭の片隅にひっかかって離れない。

もやのかかったような気持ちを払うよう起き上がって頭を振る。


ふと外を見れば暗くなってもうずいぶん経つようだ。所々に配置された明かりは消え、月明かりだけが暗闇を照らしている。

みんな寝静まった頃なのだろう、周囲から物音は聞こえなくなっていた。

ただ、そんな時間であっても寝つける気はまったくしなかった。


コンコン。

静かな室内に控えめに扉を叩く音が響き渡る。


「こんな時間に……?」


不審に思って扉に目を向ける。


「誰ですか?」


扉に近づいて声をかける。

しかし扉の先からの返事も、扉が開かれる様子も無かった。

恐る恐る扉に手をかける。

キィという小さな音をたてて扉が開かれた。

扉の先には、俯き加減の金髪の少女が佇んでいた。


「ステラ……」


見知った顔であった事に安堵を覚える。

そう思うと何も考えずに扉を開けるのは少し不用心だったかもしれない。


「春人様……中に入らせていただいてよろしいでしょうか」


「あっと、ごめんどうぞ」


ステラを室内に招き入れる。

軽く会釈をしてステラが室内に足を踏み入れる。

別れてからしばらく経ってはいたが、ステラの服装は朝に見た姿と変わっていなかった。

昨日のふんわりとした衣装とはうってかわって、スラっと直線の多い服装だ。

少し大きめの襟が目立つ上着に細かくプリーツの入ったスカート。

どこかセーラー服を思わせるような服装だ。ただ色が白を基調としているため何だか高貴な印象を受ける。

白い衣装に金色の髪が非常に映える。今朝も思ったが非常に可愛い。


ステラは部屋の中央に配置されたソファーに腰掛ける。

訪問の理由はわからなかったが、何か話したい事があるのかもしれない。

そう思い、ステラの斜め前に置かれたソファーに腰を下ろした。


「あの……春人様、ごめんなさい」


開口一番、ステラは謝罪の言葉を述べてきた。

何に対しての謝罪なのかわからず頭の中が混乱する。


「え、え? 何かあった?」


もしかして俺の知らないところで何かあったのだろうか。

身振り手振りで混乱を表現する俺の姿は滑稽に映ったかもしれない。

ただ、目の前のステラはそんな俺の様子を気にもとめず暗い顔で俯くだけだ。

その表情を見て我にかえる。


「どうした……のか、理由を聞いてもいいかな」


その言葉にステラは小さく頷く。


「何かあったという訳ではありません、ただ……どうしても春人様に謝りたくて」


その言葉は理解に苦しむ。

何も無いのに謝りたいとはどういう事だろう。


「何も無いなら謝る必要はないと思うんだけれど。それでも謝りたいって事は何かあったんじゃないの」


ステラは首を左右に振る。


「違うのです。これはただのこちらの我儘で……春人様を巻き込んだのはこちらなのに何もできなくて」


今度はステラが混乱したように色々な言葉を紡いでいく。

その姿はこちらに話しかけてきているというより、独白に近い。

そのうち、何を伝えたいのかがよくわからなくなってくる。


「ちょ、ちょっと落ち着いて」


こちらの静止の言葉に、ステラは我に返って顔を上げる。


「ご、ごめんなさい……わたし」


あせあせと取り繕うように顔に手をあてる。

そんな仕草にいちいち可愛さを感じる訳だが、今は茶化すような場面でも無いと思い緩んだ感情を表に出すのをぐっと堪える。


「それで、いったい何があったのさ」


改めて問いかけると、今度は黙り込んでしまった。

これは待ってあげた方が良いのだろうか。

女性関係に縁が無かったため、こんな時にどうするべきなのかがわからないのが悔やまれる。

そうこう考えるうちにも二人の間に時間は流れ、しんと静まり返った空間が二人を包み込む。


「その……」


口を開いたのはステラの方だ。

申し訳なさげに上目遣いでこちらを覗き込む表情にはぐっと来るものがあったが、無言で言葉の続きを待った。


「その……今日の魔術の訓練を行った時の事です。春人様は空を飛ぶ乗り物に乗れないと」


あぁ、その事かと思い当たる。

先程まで頭を悩ませていた事でもあるため、同じ事を考えていたステラに妙な親近感を覚える。

ただ、それと同時に何とも後ろめたい気持ちが再び湧き上がってくる。


「この世界は空の上にあります。もちろん広大な……といっても限りある大地の上で人々は生活をしていますが、

 移動手段は飛空艇……つまり空を飛ぶ乗り物が主流です」


それは想像に難しくは無かった、というか当たり前だ。

空の上に浮かんでいるのだ。当然昨日見た崖のような場所など至る所にあるのだろう。

その中を地上の乗り物のみで移動するのは難しい。

そう考えれば、空を飛ぶ乗り物が主流であるという事は合点がいく話だ。


「この世界での移動には空を飛ぶ乗り物は欠かせません。春人様にも乗ることを強いる事になると思います」


うん……それは仕方の無い事だろう。

それに俺が耐えられるかどうかはわからないけれども。


「この世界は、春人様にとってとても住みずらい世界なんじゃないかって。

 こちらの世界に無理やり呼んだのは私達なのに、それに対してっ……何もできなくてっ……申し訳なくてっ」


最後の方は途切れ途切れだ。

ステラの瞳からは涙が零れている。


(そうか……ステラは俺の事を心配してくれるんだな。

 この世界で空を飛ぶ乗り物に乗れないなんて、英雄として致命的だろうに)


ステラの心遣いに胸が痛くなる。

それと同時に自分の不甲斐なさを改めて痛感する。

空を飛ぶ乗り物に乗れないという、ただそれだけの事なのだ。

何も死ぬ訳じゃない。誰もが当たり前に乗っている、ただそれだけのモノに乗れないというだけなのだ。


「ステラ……俺」


そう言いだそうとした時にステラが首を左右に振る。


「いいんです、春人様を巻き込んでしまったのはこちらなので。

 春人様はきっとお優しいから……何とかしようと思われるのかもしれません」


ステラはまた独白するように続ける。


「でもそれは、春人様が本来無理をする必要は無かった事なんです。

 それを私達が無理強いする事なんてできません」


再びステラの頬を涙が伝う。

それを見た俺は手を差し出さずにはいられなかった。


「っ……」


ステラの頬に手を添え涙を受け止める。

突然の事に驚いたのかステラの肩が少しだけ跳ねる。


「は、春人様」


困惑するステラをよそに、背に手を回して抱きしめる。


「ステラ……いいんだよ、君がそこまで思いつめなくても」


ゆっくりと諭すように語りかける。

ステラは少し迷ったように固まった後、顔を俺の胸にうずめてきた。


「ごめんなさい……ごめん、なさい」


謝罪を繰り返すステラの肩は何度も小さく跳ねていた。

背に回した片手を頭に添え、手のひらで優しく叩く。

静かにゆっくりと時間が流れる。

触れたステラの温もりが部屋全体に広がっていくようだ。

そう思えてしまう程に、穏やかで優しい何かに包まれているような気がする。


「春人様……ありがとう、ございます」


「ん」


なんだかそのお礼がくすぐったくて、うまく言葉を返す事はできなかった。

ステラはというと、落ち着きを取り戻したようで穏やかな呼吸を触れる身体を通して感じる事ができる。

冷静になってみると、何ともすごい事をしてしまったような気がする。

今更ながら恥ずかしさがこみあげてくる。ステラの顔をまともに見れる気がしない。


(どうしよ……)


意識しすぎているのかもしれないが、こういう経験が無かったためどうすれば良いのかまったくわからない。

今まで読んだ漫画に同じようなシチュエーションが無かったか、脳内で必死に検索をかけるが焦れば焦るほどに良い考えは浮かばないものだ。


「あの、春人様……もう大丈夫です」


もんもんと悩んでいるうちに、ステラの方が切り出してくれた。

少し情けなさを感じながらも、慌てているそぶりを見せないように注意しながらステラから手を離す。


離れたステラとはいうと、やはり恥ずかしさがあったのか視線を泳がせながらこちらを見上げ笑顔を見せる。

暗がりではっきり見えた訳ではないが、目は赤く充血しているように見えた。

しかし……ステラの様子を見る限り、思った以上にステラは俺をこの世界に召喚した事に後ろめたさを感じているようだ。

明るく振舞っていたのは後ろめたさの裏返しか。もしかすると無理をしていたのかもしれない。

そんな姿を見せられるといたたまれなくなる。

彼女はここまでこちらの事を考えてくれているのに、俺は何もできないまま過ごすのか。そんな想いが湧き上がる。


「ごめんなさい春人様、こんな遅くに迷惑でしたよね。もう戻りますね」


そう言ってステラは小さくお辞儀をすると、扉に歩を向け歩き出す。


「ステラ」


その背中にそっと声をかけると、ステラは足を止めるがこちらを振り返りはしなかった。


「俺さ、空を飛ぶのは怖いけどさ、でも何とかしてみようって思うんだ。

 だって俺はステラのために何かしたいって、そう思ったから」


その言葉に嘘は無い。

あの小さな手を握り返した時から、俺はこの子の為に何かをしたいと思ったのだ。


「春人……様」


ステラがこちらに背を向けたまま俯く。

そしてこちらに振り返ると、胸に向かって飛び込んできた。


「春人様っ、春人様ぁぁ……」


ステラは胸に顔を埋めると再び泣きじゃくった。

まるで先程の再現だ。

でも、さっきよりも何故か心は晴れやかだった。

この子の、この子の世界の為にできる事をしよう。そう覚悟を決めた。


その後、落ち着いたステラは先ほどよりも晴れやかな表情で帰って行った。

俺も先ほどまでもやもやしていた気持ちは亡くなり、晴れやかな気持ちで寝床につく。

夜もかなり更けてしまってはいるだろうが、今夜は気持ちよく眠れそうだった。


--------------------------------------------


穏やかな日差しが差し込む窓辺から鳥のさえずりが聞こえる。

朦朧とする意識の中でゆっくりと瞼を開いた。

昨夜が遅かったためか、まだ眠りたい要求が襲いかかってくる。

しかしながら、その要求を無理やり頭の隅に追いやると重々しく上半身を起こした。


「ん~~~」


大きくひと伸びする。

それだけで体にまとわりついた重みが抜けていくような気がする。


ベッドから足を下ろすと、窓際へ足を向ける。

窓の外には昨日と変わらない穏やかな風景が広がっている。

今日は少しばかり風があるのか、木々の枝葉が小さく揺れているのが目立つが、荒れているわけでは無いようだ。


コンコン。

静かな室内に控えめに扉を叩く音が響き渡る。


このシチュエーションに昨夜の事が思い起こされる。

扉を開くと金髪の少女が佇んでいて、明るく振舞っていた彼女の内側を垣間見て、そして覚悟を決めた夜だった。


(そういえば、二度もステラを抱きしめたんだよな)


そう思うと今更ながら恥ずかしさが込み上げてくる。

手のひらには抱きしめた少女の温もりがまだ残っているような気がして、思わず顔が赤くなった。


コンコン。

再び扉を叩く音が響く。

そこで我に返って扉に視線を向ける。

昨晩と同様に扉が開かれる様子は無かった。


(ニーナさんだったら、扉を開けてくるはずだけれども)


そう思い足を向ける。

もしかしたら、昨夜のようにステラがという事も考えられる。

気遣いの多い彼女の事だ、こちらが扉を開くのを待っているのかもしれない。


扉の前に立ってドアノブをひねる。

小さく音を立てて開かれる扉の先には、昨夜のように小柄で綺麗な金髪の髪を携えた少女が。


佇んではいなかった。

そこにいたのは、昨日の少女とは似ても似つかないような、ずんぐりむっくりとした小柄な男だった。

筋肉質な体躯に立派な髭が顔の下半分を殆ど覆い隠している。


昨夜とのあまりのギャップに思わず目を閉じる。

そして、そっと扉も閉じた。


ドンドンドンッ。


「ひっ……」


今度は勢いよく扉を叩かれ、思わず声を漏らしてしまった。

恐る恐る扉を開くと、やはり先程と同じく小柄な男が佇んでいる。

その表情は不自然なほどに笑顔だ。


「おう、人の顔を見て扉を閉めるったぁいい度胸じゃねぇか」


この顔には見覚えがある。

昨日の魔術の訓練の際に遅れてやってきたゴブルという男だ。

ゴブルは不自然な笑顔をこちらに向けたまま、腕をつかんできた。


「行くぞ」


そしてぶっきらぼうに一言だけ告げると、強引にこちらの腕を引っ張り部屋から連れ出した。


「え、え? え??」


こちらの戸惑いを背にゴブルは腕をつかんだままどんどん先に進んで行く。

俺は何が起きたのかわからないまま、ただその小柄でたくましい背中についていくしかなかった。

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