手に入れたもの ‐ ③
男は革で作られた鎧のような鎧のようなものを着こんでおり、方から小さめの革袋を下げている。
その革袋の端をねじると、男はその中身を口に流し込んだ。どうやらあれは水筒のようなものらしい。
「ゴブル!」
ステラが声をあげる。
この人がゴブルかとまじまじと観察してしまう。
ゴブルという男は遅れて来たにも関わらずまったく悪びれる様子が無い。
身体は全体的にずんぐりとしており、太い腕から覗く筋肉が腕っぷしの強さを物語っている。
その姿はそう、まるでファンタジー世界のドワーフのようだ。
「珍しいものを見た。ミスリルを精製する土の魔術か」
そう言ってゴブルはのしのしと近づいてくる。
途中こちらを一瞥したが、ふんっと言いながらすぐに視線を逸らしてしまった。
「あの……ミスリルって、魔法銀とかそういうやつですか?」
「春人殿もご存じでしたか。ミスリル……魔力を帯びた銀鉱石です」
やはりそのようだ。
ミスリルなんて素材はファンタジーな物語やゲームの中でしか知らない。
ただ、それらの中では魔力を帯びた銀と呼ばれていたり、結構高価な武器の材料として使用されていたりと重宝されている事が多かった。
実物を見るなんてまったくもって初めてだが、確かに見た目は銀だが淡い光を放つ姿に何だか魔法的なものを感じなくもなかった。
「非常に価値のある鉱石だ。この鉱物資源をめぐって争いが起きるくらいにな」
ゴブルはミスリル鉱石を拾い上げると、目に近づけてまじまじと観察する。
「ふむ……質も悪く無いようじゃ」
そう言って鉱石をこちらに放り投げる。
とっさの事で慌ててしまい、手の中で数度跳ねさせてから受け取る。
鉱石に触れると金属のひんやりとした感触が手のひらに伝わってくる。
ただ、鉱石という割には重さをさほど感じなかった。
「見た目に反して軽いでしょう。ただその重さに似合わずとても丈夫なんです」
ステラが嬉しそうに説明してくれる。
手でミスリル鉱石の端を折ってしまおうと力を込めてみるがまったく折れる気配は無い。
確かに十二分な耐久力があるようだ。
「サイズで言うと……数十グラムといったところか。おい小僧!」
急に呼ばれてびくっとする。
ゴブルがこちらに向けてすごみのある視線を送ってきていて更に困惑する。
いったいなんだっていうんだ。
「ゴブル! 春人様に向かって失礼ですよ!」
「知ったことか、ワシは何の活躍もしとらん小僧を敬う事などせんぞ」
ステラが非難するも全く気にした様子がない。
その態度にすがすがしさすら覚える。
「それで小僧、どれくらい出せる」
「どれくらいって、えっ……」
言葉だけ聞くとまるでカツアゲだ。
最初は本当にお金を要求されているのかと思ってしまったが、ゴブルの視線がミスリル鉱石に注がれている事もあり気づいた。
ゴブルはミスリル鉱石をどれだけ精製できるのかと聞いているのだ。
「まだ試した事が無いのでわかりません。まだ出せるとは思いますが……」
「よし、じゃあ限界まで出してみろ」
素早い返答にぎょっとする。
限界までって……。
「いやゴブル殿、春人殿はすでに魔術をかなりの回数使用しております。
これ以上は身体に影響が出てくるでしょう。日を改められてはどうですかな」
「ふん……おまえは相変わらず甘いな。そんな事で軍をまとめあげられるのか」
そう言ってお互いに睨み合う。
そっか……この二人、仲が悪いんだなと何となく理解した。
なんていうか水と油って感じだ。
「こいつも戦争に出すのであれば自分の限界は早めにしっておくべきだ。
それが今日だろうと明日だろうとあまり変わりはねぇだろ」
「そう言って潰した人材がこれまでに何人いたと思っているのですか。
必要ではあるでしょうが、時と場合を考えるべきだと言っているのです」
みるみるうちに言い争いが始まった。
先程までのクロウさんは冷静で渋い大人の男だという印象しかなかったが、今の姿は同級生と口喧嘩をしている学生のようだ。
とてもじゃないが冷静沈着とは程遠い感じだ。
「そもそもあなたは、ステラ様からお呼びがあったにもかかわらず遅れて来るとは何事ですか!」
「しゃーねぇだろ、昨晩は整備班の連中が酒を大量に持ち込んできやがったんだ」
言い争いは論点を変えながら延々と続けられている。まるで終わる気配が無い。
手持無沙汰になって、手のひらの上でミスリル鉱石をコロコロと転がす。
二人の口論勢いはすさまじく、割って入る余地が無い。
この状況ではステラもさぞ居心地が悪いに違いない、そう思い彼女の方に視線を向けてみる。
視線の先のステラは俯き加減に肩を落としていた。
いや……よく見るとあれは肩を落としているというか、震えて。
「あなた達……いい加減にしなさああぁぁぁぁい!!」
室内にあのステラからは想像できないような大音量が響き渡る。
この声に言い争いをしていた二人もたちまち争いを止め直立不動に。
思わずこちらまで背筋を正してしまう程の威圧感だ。さすがは王女様……とはちょっと違うか。
直立不動の二人を観察しつつ横目でチラリとステラの方を窺うと、彼女は大きく肩を上下させている。
王族の威厳というにはちょっと似つかわしくない気もする。
「ス、ステラ様……申し訳ありません」
「姫様……すまん」
だがその威厳の効果はあったのか、言い争いをしていた二人は委縮してしまっている。
先程まであれほど激しく口論していたとはとても想像できない。
「まったく……あなた達の口論の噂はよく聞いていましたが、このような場所でする必要は無いでしょう」
「「いえ、ですが!」」
二人の声がハモる。
その反論をステラがひと睨みにして黙らせた。
ここの王女様、思った以上におっかないかもしれないなんて思う。
「はぁ……春人様、申し訳ありません」
ステラの視線がこちらに向いた事に思わずドキッとする。
特に何も悪い事はしていないはずなのだが、周りの空気から思わず過敏に反応してしまう。
「春人様……?」
「い、いや何でもないよ」
ステラが怪訝な顔をするので、慌ててとりつくろう。
少なくとも怯えるような理由は無いのだ。落ち着け、落ち着けと頭の中で繰り返した。
「今日はこれくらいにしましょう。あれだけ魔法を使ったのです。
今は何の影響も出ていないかもしれませんが、後々悪影響が出てくる可能性もありますし」
ステラはこの場を切り上げようと提案してくれる。
その意見は正直嬉しい限りだ。なんていうか……。
すっかりしおらしくなった二人に視線を移す。
なんていうか、続けられるような雰囲気じゃないし。
「う、うん。じゃあ今日はこれくらいで……」
歯切れの悪いこちらの言葉にステラが首をひねる。
俺の方は、どうか矛先がこちらに向く事がありませんようにと心の中で静かに祈りながら愛想笑いを続けた。
「しかし、今後どうするんですかい」
しおらしくしながらもゴブルがステラに確認してくる。
「どうと言うのは?」
「その小僧、風と土の魔術師でしかもミスリルを精製できるときてるもんだ。
このまま魔術師として扱うには勿体ないと思いましてね」
その意見はちょっと予想外だった。
さっきまでの様子を見ていた限りあまり評価はされていない気がしていたのだが、思ったよりも高い評価をもらっていたようだ。
「俺としちゃあ、竜騎士<ドラグーン>になることをオススメしますがね」
竜騎士……?
ゲームか何かでそんな単語を見た気がするが、確か飛竜に乗った騎士といった感じだったような。
「竜騎士ですか……確かに春人殿の素質を見ればそれが良い気もしますな」
「確かに……そうですね」
クロウさんもステラも反対という訳では無いようだ。
とはいえ今まで説明してもらっていない単語だ。少しばかり不安になる。
「あの、竜騎士ってどういうものなんですか」
「なるほど、春人殿は竜騎士については初耳でしたか。
では、簡単に説明いたしましょう」
竜騎士。
ユーテリア王国の主要兵科の一つであり、竜の姿を模した小型の飛空艇の乗り手をそう呼ぶ。
竜騎士は自身のオドを活用して飛空艇を飛ばす事ができる。
飛空艇はその高い機動性とオドを活用した兵器により高い戦闘力を有する。
しかしながら飛行と攻撃のために常にオドを使用し続ける必要があり、オドを豊富に持つ者にしか務まらないと言われている。
したがって竜騎士の数は多くなく、国全体でも10にも満たない人数で構成されている。
「簡単にですが、このような感じですな」
「竜騎士は我が国において非常に重要な兵科なのです。
竜騎士のおかげでまだ国が滅びていないと言っても過言では無いくらいに」
確かに高い機動力というのは戦闘において非常に重要な点だ。
オドを大量に消費するという事だが、それだけの恩恵があるのだろう。
10名以下の兵科が主要というのもかなり不思議な話しだけれども、それだけ強力という事に違いない。
ただ……。
「聞いた感じじゃとオドの量も申し分無いじゃろう。それにミスリルを精製できる土の魔術も相性はいい。
今後の事を考えれば選択肢としては悪く無いと思うがな」
ゴブルがひげもじゃの顎に手を当てる。
先程も感じたように、ある程度の評価は貰えているらしい。
しかし……。
「そうですな。英雄殿が竜騎士というのも非常に見栄えが良いですし、兵全体の士気も上がるというものでしょう」
クロウさんも乗り気だ。
司令官という事もあり、軍全体の事も考えているみたいだ。
確かに力ある人物が目立つ位置で活躍するというのは戦意高揚につなげやすいのだろう。
とはいえ……。
「いかがですか春人様、急な話しではありますが悪い話しではないと思います」
ステラも笑みを湛えながら提案してくれる。
そこには王女として国の打算を考えたものだけではないものを感じる。
それぞれ思惑を持って俺に期待をしてくれている。
それは非常に嬉しい事で、誇らしい気持ちにさせられる。
しかしながら、心の中は激しい焦燥感で満たされていた。
期待に応えたい気持ちはある。彼らの為に何かをしたいという気概も。
ただそれと同時に大変申し訳ない気持ちを抱きながら、おずおずと片手を上げた。
全員の視線が集中する。
その視線に痛みを感じながら、ポツリと一言告げた。
「あの……俺、空を飛ぶ乗り物に乗れないんだけれども」
「「「えっ?」」」