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空にある星  作者: にゅーたろ
7/9

手に入れたもの ‐ ②

『風よ』


虚空に放った言葉が渦を巻き、一陣の風となって解き放たれる。

風は空気の膜となり、この広い空間の隅々まで優しく満たしていった。


「これは……正直驚きましたな」


クロウさんが感心したように声を漏らす。

魔術の使い方を教えてもらってから一時間。

すでに俺は簡単な魔術の扱いであれば問題が無い程度まで使いこなせるようになっていた。


「普通はどれだけ早くても数日はかかるものですが、これが救国の英雄殿の力という事でしょうか」


初めての魔術行使という事もあって心配はあったが、どうやら期待を上回る成果を出せたようで少しだけ鼻が高い。

驚きを露わにしてくれているクロウさんもそうだが、脇で様子を窺っていたステラなんて瞳を輝かせている。

その反応は少しくすぐったくもあったが、嬉しくもある。

この世界に着いて、正直何の力にもなれないと思っていた俺にも何かできるかもしれない、そんな気持ちが湧き上がってきた。


「基本的な魔術に関しては問題無さそうですな。最後におさらいだけしましょうか」


クロウさんはそう言うとこちらに目配らせをした。

最後にもう一度、基礎からやってみろという事だろう。

その意図に気づき、小さく頷く。


魔術の行使にはいくつかの工程がある。


① 体内のオドの活性化

これは魔術に使用するためにオドを一時的に増幅する工程だ。

ここで十分なオドを確保できない場合、魔術は不発に終わる事になる。

増幅はクロウさん曰く、自分の内側に意識を向け心臓のあたりからオドを湧き出すイメージをするとの事だ。

最初は半信半疑だったが、実際にやってみると確かにじんわりと暖かいものが湧き出すのを感じた。

ちなみに慣れれば心臓と言わず、どこからでも即座にオドの活性化は可能らしい。


② オドの調質

人にはそれぞれ適正がある。

俺の場合だと風と土という事になるが、そのそれぞれの適正に合った魔術を行使するために、オドの質を変化させる必要がある。

先程と同様に風の魔術を使用する場合は、先程増幅したオドに風を属性を付与させる。

付与といっても特別何かを行うというよりは実際に発動した魔術のイメージを上乗せするという感じだ。

先程と同様に風を起こす魔術なのであれば、オドに流れる風のイメージを上乗せする。

クロウさん曰く、イメージによってその後の魔術の効果は様々変わるようで、先程のクロウさんの魔術のような荒々しい風を起こしたいのであれば、それに見合う力強さと荒れ狂う風のイメージを上乗せする必要がある。


③ オドの固定化

オドの調質が終われば、後はそれを現実のものとして具現化させるだけだ。

先程までの工程はどこか概念的なものだったが、ここからは現実の世界への干渉が必要になる。

そのために自分の内側にあるオドを徐々に体の外へと放出する。

この際に気を付けなくてはいけないのは、ただ放出するだけでは意味が無いという事だ。

方向性を失ったオドはすぐさま霧散してしまい形を成す事が無い。

そうなってしまうと、ここまでの工程が水の泡だ。

そのためこの工程は細心の注意を払いながら進める必要がある。ちなみに一番難しい。

イメージするのは体内のオドを体外のある一点に収束する姿だ。

何度かやってみたが手のひらに集めるというのが今のところ一番イメージしやすかった。

収束したオドは素人目には何も見えないが、熟練の魔術師にはオドの姿が見えるらしい。


④ 魔術の起動

オドの固定化がうまくいけば、後は魔術を起動するだけだ。

起動には『トリガー』と呼ばれる特別な言葉が必要になる。

クロウさんが魔術を放つ際に呟いた『渦巻け』や、先程の『風よ』がそれにあたる。

これらは発動キーと呼ばれる特別な言葉になるが、その言葉自体は実は何でも良いらしい。

大事なのはその言葉によって魔術が発動するというイメージらしい。

そのため、多くの人は発動する魔術が連想しやすい言葉を起動キーとして使用する。


一つ一つの工程を丁寧にこなしていく。

魔術行使初日という事もあって、クロウさんには各工程を丁寧に行う事を勧められた。

熟練の魔術師であれば1秒にも満たない刹那のうちに全ての工程をこなしてしまうらしいが、初心者がいきなりそれを目指そうとすると変な癖がついてしまい良くないのだそうな。


手のひらにオドを固定化する。目には見えないが、じんわりと温かみを帯びた何かが有るのはわかる。

本来であればここまでこなせるようになるまで数日、さらに中位、上位の魔術となると月単位で時間がかかるらしいが。


『渦巻け』


起動キーを合図に目の前の空間が唸りをあげる。

先程クロウさんが見せてくれた魔術と同じく空間が急激な圧縮と回転を行い、風の螺旋が前方に放たれる。

螺旋は周囲の空間を巻き込みながら直進し、勢いのままに壁に激突した。

風の中位魔術。今使ったものはそれにあたるらしい。

数か月も時間を要するはずの中位魔術を使用した事による周囲の反応は驚愕の二文字だったが、個人的にはよく馴染む不思議な感覚だった。

まるで、最初から知っていたような感覚に包まれていた。


「まったく、これでは軍の魔術師も立つ瀬がありませんな」


激突した風の爆風に晒されながら、クロウさんは快活に笑う。

その表情はどこか、いやかなり嬉しそうだ。


「本当に……ケホケホ、春人様の魔術が……ケホ、ここまでとは」


ステラがそれに続いて嬉しそうな笑みを見せる。

爆風で飛び散った砂埃に晒されているせいか、少しばかり辛そうではあるが。

そんなステラの様子を見かねて、ニーナさんが駆け寄っている。


そんな二人の反応はどこか心地よく嬉しかった。

魔術を放った右手のひらを見つめる。先程まで感じていた温かみは無く、いつもと変わらない手のひらだ。

目の前の現象を自分が起こしたのだという事を初めは信じられなかったが、徐々にだけれども自覚してくる。


(俺……魔術師になったんだ)


そう思うと胸の中で何かが熱く沸き立つ気がする。

開いていた手のひらを、ぎゅっと握り込む。

握り込んだ拳は、いつにも増して熱く燃えるようにも感じた。


「春人殿」


クロウさんがこちらに近づいてくる。

その表情はどこか満足気だ。


「魔術の基礎……とはもう呼べませんが、これくらいで十分でしょう

 どうですかな、風の魔術の使い心地は」


「そうですね……なんというかすごく自然に受け入れられているのに少し驚きです」


実際にとても相性は良いのかもしれない。

今まで存在すらも認知できていなかった魔術を使ったにしては、非常に心は落ち着いている。

むしろもっと使えそうな気さえするのだ。


「それは何より。ただ使い過ぎは身体に障りますからな、疲れ具合はいかがですかな」


そう言われ疲れ具合を確認してみる。

確かに一時間ほど立ちっぱなしという事もあって多少の疲れはあるものの、それ以上の疲れを感じる事はなかった。


「ふむ……普通あれほど魔術を使っていれば疲労感を感じるはずですが」


「それは、春人様のオドの量が異常に多いという事ではありませんか?」


クロウさんの思案にニーナさんが割って入る。

ニーナさんは昨日の適正を確認した際と魔術回路の活性化を行った際の話を続けた。


「なるほど、確かにオドの保有量が関係している可能性はありますな」


そう言ってクロウさんはこちらに視線を向ける。

そのまま何かを観察するように胸の辺りを見つめた。もしかするとクロウさんには何か見えているのかもしれない。


「あの、魔術って普通はどれくらいで使えなくなるものなんですか?」


「普通であれば中位の魔術が十回程度、下位だと二、三十回と言われますね」


こちらの疑問に答えてくれたのはニーナさんだ。

俺の方は今日訓練を初めてから、中位魔術は三回に下位魔術は十数回は使用している。

確かに一般的な人であれば疲労を感じ初めてもおかしくはないのだろう。


「何にせよ、魔術を多く使用できる事は喜ばしい事でしょうな」


それは軍事目的という意味でだろうか思ったが、このご時世だ当然そうなのだろう。

風の魔術は暴風を起こしたり、かまいたちのような鋭い風を起こすというものが多いため戦争では活躍できる事だろう。

得た力が戦争の道具になるというのは少し悲しかったが、少なくとも何もできないよりはマシかもしれない。


(もう少しこの力は平和に使いたかったけどな……)


そこではたと気が付く。

そういえばもう一つの土の魔術は確か資源としての活用が主な目的になってくると昨日聞いていた。

土の魔術であれば平和的な活用もできるのかもしれない。


「そういえば、もう一つの土の魔術の方は使用できないんですか」


クロウさんに尋ねてみる。

風の魔術をこれだけ使ってもまだ精神的には余裕があった。

可能であれば土の魔術もこの機会に試してみたい。


「使用できないという訳ではないのですが……」


クロウさんは少し苦い顔をしている。


「土の魔術は難しいものなんですか?」


「いえ、ケホ……そういう訳ではないのです春人様」


先程まで咳き込んでいたステラが割って入ってくる。

咳き込みすぎたのか少し涙目になっている。


「実は……もう一人、土の魔術に長けた方を呼んでいたのですが」


確かに今日はもう一人来る予定だったような事を言っていた事を思い出す。

お酒の飲みすぎとか何とか言っていた気もするが。


「その人がいないとダメなんですか?」


「いえ! そんな事は無いですよ。使い方であれば教える事は可能ですし。ただ……」


ステラの言葉はどうも歯切れが悪い。

不思議そうに首をひねると、クロウさんが補うように説明を続けてくれた。


「我々では土の魔術によって生成された物質の判別がつかないのですよ。

 多くの物質は特に問題無いはずなのですが、稀に危険な物質を生成する方がいますので」


確かにウランとかプルトニウムが出てきたシャレにならない。

ちゃんと取り扱いのわかる人がいた方がいいのだろう。

といっても放射性物質をどうにかできるとも考えづらいが。


「ちなみに、危険っていうのはどんなものなのですか?」


「そうですね、代表的な例で言うと『火炎石』などでしょうか」


火炎石……?

何だか予想に反してファンタジーな単語だった。

もしかして、火薬とかそういうものだろうか。


「すみません、火炎石というものに馴染みが無いのですが、どういうものなのですか」


こちらの言葉にクロウさんが意外そうに眼を丸くする。


「おや、そちらの世界には存在しないのでしょうか。

 手のひらくらいの大きさで赤く発色する石なのですが、衝撃を与えると大爆発を起こす代物でして」


何とも物騒な石だ。ただ、見た目の情報から火薬ではなさそうだ。

というかそんな物体を元の世界で見かけた事は無い。


(こちらの世界にのみ存在する物質か……)


そういう話を聞くと急に不安になる。

自分の手から爆発物が飛び出てくるとか、正気の沙汰ではない。


「とはいえ、そんな事は非常に稀ではありますけれどな。

 先程の火炎石の話も何百年も前に、他国でそのような事例があったというだけです」


「普通は土や鉄といった鉱物資源になりますからね、それ以外のものを生成するのは非常に稀ですね」


クロウさん、ニーナさんがこちらの不安を察してかフォローしてくれる。

正直不安が取り除かれた訳ではないが、いくらか気分的にはマシになった気がする。


「それに、爆発という意味では火の魔術とあまり変わりありませんからな」


そう言ってクロウさんは笑う。

確かに、そう考えればこの世界では日常的なものなのかもしれない。

そう思えてしまう事に感覚は少しずつズレてきているような気もするが。


「クロウ殿、やってみますか?」


「え、専門家がいないといけないのではないのですか?」


「確かにそれに越したことはないでしょうが、とは言え必須という訳でもありませんからな。

 土や鉄の類であれば我々でも判別はつきましょう」


それはそうかもと思いながらも少し思案する。

もし危険物が出てくるという事態になれば、ここにいる全員に危害が及ぶ可能性もあるのだ


「何、心配なさるな。

 何かおかしなモノが出たとしても、ここにいる全員を守るくらい造作もありません」


そう言ってクロウさんは口元をニヤリと吊り上げる。

大人の余裕というか渋さも相まって、その表情は非常に頼もしく見える。

この人にまかせておけば何でもうまくいく、そう錯覚するほどに。


「やって……みます」


決意を固めて答える。

その答えにクロウさんは静かに頷いてくれた。


「念のためお二人は下がっていてください」


クロウさんは手振りで二人を遠ざける。

二人もそれに従うと十メートル程度の距離をとってくれた。

これで万が一爆発物が出たとしても、対処が容易になるだろう。


「さて、春人殿。土の魔術ですがこれは少しだけ特殊です」


先程の風魔術の手順のように、通常であれば魔術を行使するためには

① 体内のオドの活性化

② オドの調質

③ オドの固定化

④ 魔術の起動

が必要になる。

ただ、土の魔術というのはこのうち④魔術の起動が不要という事だ。

つまりオドの調質後、オドの固定化する時点で物質としての固定化が同時に行われるという事だ。


「とはいえ固定化までの手順は同じですので、あまり気負う必要も無いでしょう」


「はい……」


クロウさんはそう言ってはくれるが、初めての土の魔術行使には変わりないのだ。

少なからず緊張はするし手も震える。

やっぱりやめたなんて言葉が脳裏をよぎったが、意地でその言葉をひっこめる。

意識は手のひらに、先程の風の魔術と同様に心臓からオドが湧き出すイメージで活性化を行う。


活性化したオドが身体を満たしていく。

全身がじんわりと暖かくなる。

オドの活性化が十分に行えた事を確認すると、調質に入る。

イメージするのは固い石、大きな岩、雄大な大地。

風とは違う硬質的なイメージでオドを色付けする。十分だ。

次はオドを手のひらへ。

集まり、固めるイメージを。


……カラン。


足元で乾いた音が響く。

オドの操作に集中していて目を瞑ってしまっていた。慌てて足元に視線を落とす。

そこには銀色に輝く角ばった鉱石が転がっていた。

心なしか、ほのかに青白く光っているような。

でも、パッと見た感じだと何かわからなかった。銀……だろうか。


「これは……!」


クロウさんが驚きの声をあげる。

その声につられるように、離れて身構えていた二人が駆け寄ってきた。

そしてその鉱物をまじまじと観察しては、驚きの表情を見せる。

すぐに距離を取らない以上は危険なものではないのだろうが、かといって驚くような鉱物のようにも見えなかったが。


「ふん……ミスリルじゃの」


その時、驚きの表情の三人とは別の方向から声が響く。

その声の先には、背が低く髭もじゃの、どこかすすぼけた姿をした男が立っていた。

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