表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空にある星  作者: にゅーたろ
6/9

手に入れたもの ‐ ①

小鳥のさえずりで目が覚める。

部屋の窓から光が差し込み、部屋全体を明るく照らしてくれていた。

辺りを見回して、はて……と考え込む。見慣れない風景だ。

広々としたベッドに落ち着いた調度品。

一人暮らしで色々な物が散乱していた我が家とは似ても似つかない。


そして、はたと気が付く。

ここは異世界だったのだと。


ーーーーー


朝食の片づけを行うニーナさん。

その姿は昨日と変わらない、タイトな服装でどこか秘書じみて見える。

しかし、その表情はどこか楽しそうに見えた。


「ニーナさん、何かあったんですか?」


えっ? とニーナさんが声をあげる。

質問の内容が意外だったのか、その表情には驚きの色が見えた。


「いや、勘違いだったら申し訳ないんだけれども、何だか楽しそうだなって」


その言葉を聞いたニーナさんは慌てて両手で頬を抑える。

表情に出ていたのが少し恥ずかしかったのか、手を離すと軽く咳払いをすると、そのまま作業を再開した。


「いえ、何という訳では無いんです」


あくまで手を動かしたまま、視線をこちらに向ける事なくニーナさんは話しかけてくる。


「ただ、今朝のステラ様が微笑ましくて」


そう言ってクスリと笑う。

横顔でしか見る事はできなかったが、整った顔立ちのニーナさんの笑顔はさぞ美しいに違い無いと思った。

ニーナさんはそのまま何かを思い出したかのように笑みを浮かべると、チラリとこちらの顔を見る。


(何なんだ……)


その視線が何を意味するのかがわからず困惑する。

しかし、程なくニーナさんは視線を外すと、手元の作業に視線を戻した。

何だか自分だけ話題についていけずに置き去りにされたような感覚だ。

この場には二人しかいないのだから、置き去りにされるというのは表現的におかしいのだけれども。


ニーナさんはあらかたの食器のかたずけを終えると、こちらに向き直る。

そして笑顔のまま小さく会釈すると。


「春人様、ステラ様の事をよろしくお願いしますね」


そう意味深な言葉だけ残して、ニーナさんは朝食の食器と共に部屋を去って行った。


「何だったんだ……いったい」


呟いた疑問は答えられる事も無くドアへとぶつかり砕け散る。

結局よくわからなかったが、何か良い事があったのかもしれないという状況把握だけができた。

悪い事では無かったのだろうという予想に小さく安堵を覚えて、疑問を抱えながら席を立つ。


ニーナさんの話では、今日は朝のうちに魔術を試しに使用してみようとの事だった。

昨日の事がありはしたが、体内の回路はすでに落ち着きを取り戻しているようで、この状態ならばという判断だった。

個人的にも早く試してみたくもあったため、逸る気持ちが無いと言えば嘘になる。

いそいそと先程ニーナさんが手渡してくれた衣服に袖を通す。

この世界に四季があるのかわからないが、冬であった元の世界の服のままでは暑くて過ごしにくいという事もあって、ニーナさんが用意してくれたものだ。

布地は少しごわごわとするものの、普段着としては特に不自由しない程度の丁寧な作りの衣服だった。

腕を左右に振って感触を確かめる。


「これなら、多少激しく動いても問題無いかな」


さすがに元の世界程のものほど快適とはいかなかったが、生活する上では十分に感じた。

部屋の作りや周りの様子を見る限り、どこか中世ヨーロッパといった趣を感じる事が多かったが、意外と文化的には進んでいるのかもしれない。


「さて、このまま部屋で待っていてほしいって事だったけれども……」


辺りを見回す。

質素ながらも丁寧な調度品に囲まれたこの部屋であるが、どことなく落ち着く事ができなかった。

装飾が派手とか目に痛い色に囲まれているからという訳では無いのだが、なんというか広いのだ。

今までは亡くなった祖父母の家にそのまま住まわせてもらっていた。

家自体は広々としていたのだが、自分の部屋というのは6畳程度しかない狭い部屋だった。

祖父母が他界してからも、台所と自室以外はあまり使用しなかったため、生活空間はそれほど広くは感じていなかった。

そのギャップもあってか、こう広々とした部屋を与えられると戸惑ってしまう。広々とした空間に慣れていないのだ。


落ち着かない気持ちを抱えたまま、部屋のソファーに腰を下ろす。

一人分の空間で三方向を囲ってくれるソファーは若干ではあるが落ち着きを与えてくれる。

昨晩は疲れと部屋の薄暗さもあったため、あまり気にはしなかったが、改めて見回すとおそらく20~30畳くらいはありそうだ。

贅沢に文句を言う訳にもいかず、うーんと頭を悩ませる。


部屋に備え付けられている窓からは爽やかな風が流れ込んで、部屋全体を心地よく撫でてくれる。

暖かく落ち着いた気候は春の陽気を思わせる。

ソファーの中で考えにふけっていたが、暖かな陽気に誘われて徐々に意識が薄れていく。

桜の花びらが舞っていれば絵になるだろうななんて、視界を桃色に染め上げる風景を想像しながら、意識は桜吹雪に溶けていった。



ーーーコンコン。


不意に小さく控えめな音が扉から響く。

その音に身体が跳ねる。どうやら完全に寝てしまっていたようで、どれほどの時間が経ったのかもわからない。

突然の来訪は不意を打たれた形になり、意識が覚醒しないまま条件反射のようにソファーの中で姿勢を正してしまう。


「ど、どうぞ」


声を返すと、ガチャリと扉が開いた。


「失礼します、お迎えにあがりました」


先程と変わらない様子のニーナさんが室内に姿を現す。

その後ろに、何故か扉に隠れながらこちらの様子を窺うステラの姿も見えた……が。


「何か……あったんですか」


ステラの様子が明らかに不審だ。

ニーナさんに問いかけてみるが、何故か呆れ顔でこれといった理由は聞かせてくれなかった。

もしかすると、昨日の事をまだ引きずっているのかもしれない。


「えーっと、移動でいいんですよね」


確かそう聞いていた。

魔術の行使を行うために、広めの場所に移動すると。

ステラの様子は気がかりだが、このまま部屋にいてもどうにもならない気がしたため話を先に進める。

追々、ステラの事もわかるだろうと思った。


「はい、ではご案内いたしますね」


その言葉を聞くなり、扉から覗いていたステラの顔が引っ込んだ。

何だって言うんだ、いったい……。


ーーーーーーーー


ニーナさんに案内されて連れて来られた場所は、広々とした室内の空間だった。

広さで言うと学校の体育館の4,5倍程度の広さはありそうだ。

形は円形のドーム型で中央だけ天井が空いており、そこから青空がのぞいていた。

周囲には座席が並んでおり、イタリアにあるコロッセオを思わせる作りだ。


その中央に初老の男性が佇んでいた。

白髪に整った短い髭、服装は執事を思わせるような整った服を着ている。

全体的に細見であるが、どこか力強さを感じる体つきだ。

立っているだけで絵になると感じた。


「爺っ」


ステラが初老の男性に声をかける。

男はその声に気づくと片手を胸に当て、深くお辞儀をした。


「お待ちしておりました、ステラ様」


姿勢を正すと、男性はそう言って口元をわずかに上げる。

何とも渋い、大人の男の魅力に満ちた笑みだ。


「ごめんなさいね、こんな朝早くから呼び出してしまって」


「いえいえ、滅相もありません。ステラ様の呼び出しとあらば例えどのような場所であっても駆けつけましょう」


ステラと男性は互いに笑みを送り合う。

何というか二人の間に固い信頼関係が見えたような気がした。

爺と呼ぶからには血が繋がっているのかとも思ったが、ステラには血縁者はもういないはずだ。

という事は、恐らく幼い頃から世話になっている信頼を寄せる人物というところだろう。

しかし二人のその姿は、本当の祖父と孫の関係に見えなくもなかった。

じっとその二人を見つめていたためか、その視線に気づいてステラが振り返る。


「春人様、ごめんなさい。紹介がまだでしたね。

 彼の名はクロウ。この国の軍の司令官を務めています」


「クロウと申します。以後御見知りおきを、救国の英雄殿」


そう言ってこちらにも首を垂れる。

先程の様子とは打って変わって、普通に接してくれるステラに少し拍子抜けしながらも、初老の男性に向かってこちらも頭を下げる。


「えっと、初めまして、結城春人です」


何でもない挨拶のはずなのに何故緊張してうまく話せず、しどろもどろな挨拶になってしまった。

目の前の初老の男性が纏う空気のようなものの所為だろうか。

それを無意識に感じ取ってしまい、どうにもいつも通りの平静を保つ事が難しい。


「ふむ……? 春人殿とお呼びした方が良いですかな」


こちらの様子を気遣ってか、優しく声をかけてくれるクロウさん。

その気遣いに思わず敬服してしまう。

司令官という事はかなり偉い立場なのだろう。

にも拘わらずこちらを見下す事なく丁寧に対応してくれる姿は、まさに紳士的な大人の対応だった。


「はい、その方がありがたいです。これからよろしくお願いします」


こちらの受け答えに、クロウさんは笑顔で手を差し出してくれた。

その差し出された手をぐっと握る。

その手は固く、大きな岩のような力強さを感じた。


「そういえば爺、他の人はいないの? 今日はゴブルも読んだはずなのだけれども……」


そう言ってステラが辺りを見回す。

その様子にクロウは大きくため息をついた。


「恐らくは寝坊と思われます。大方昨晩も飲み過ぎたのでしょう」


昨晩『も』と答えるクロウの顔からは、一度や二度の事では無い事が読み取れる。

恐らくはもう諦めもついてきているのだろう。

怒りといったような感情はそこからは見えなかった。


「仕方ない……ですね。では爺一人だけで始めましょうか」


諦めたようにステラも小さくため息を吐く。

王族に呆れられながらも、頼られる人物ってどういうものなのだろうか。

想像はつかなかったが、恐らくはすごい人物なのだろうという想像だけが頭の中でもやのように残った。


「では、春人様。本日は魔術の行使を行っていただきます」


ステラの瞳に真剣みが宿る。

その瞳に見つめられ、思わずこちらの肩にも力が入るのを感じた。


「本日は爺……クロウ司令官が魔術の行使にあたっての基礎を教えてくれます」


そう言ってクロウさんに視線を送る。

先程まで柔和な笑顔であったクロウさんも、ステラで真剣みが伝播したのか鋭い眼光でこちらを見つめていた。


「春人殿は風と土という事でしたな。二つの適正をお持ちという事は素晴らしい」


お世辞ではあるのだろうが、この人にそう言ってもらえると何だか嬉しい。

思わず照れてしまう。


「では春人殿、魔術をご覧になられた事は?」


そう言われ昨日の事を思い出す。

何も無い場所にステラは小さく風を起こしてみせた。

その光景はよく覚えている。


「はい、昨日にステラが使っていたのを少しだけですが」


その言葉にクロウさんはニコリと微笑んだ。


「左様ですか。では問題ありませんね」


そう言ってクロウさんは左手の手のひらを上に向ける。

『問題ありませんね』という言葉に、何故か嫌な予感がしたが、それを止めるだけの頭は働いてくれなかった。

何が起きるのかよくわからに俺の目の前で、初老の男性は低い声で小さく呟いた。


『渦巻け』


その声に呼応するように、クロウさんの手の平の上で目に見える密度で空気の圧縮が起きた。

まるで小さな竜巻が手のひらにあるかのように、周囲を巻き込み小さく渦を巻く。

吸い寄せられる程では無いが、しっかりと立っていなければ姿勢を崩して倒れてしまいそうだ。

突然の出来事に理解が追い付かない。

昨日のステラの魔術とはまったく違う。目の前で起きた荒ぶる風をただ見つめるだけで精一杯だった。


クロウさんは手の平で起きた小さな渦をじっと見つめる。

そして数秒後、それをおもむろに左の方に放り投げた。

渦のその中心に引き寄せられるように周囲の風の流れが大きく変わる。

渦はその回転に身をまかせるように螺旋を描きながら速度を増す。

そして、その力強い風を纏いながら猛烈な勢いで壁に激突した。


ばふっと空気が弾ける大きな音。それに続いて風の膜が身体全体を包み込んだ。

顔に触れる風の膜を防ぐように腕で顔を覆う。

視界の先では、渦を受け止めた壁の一部が白い煙を上げているのが見えた。

どうやら壁が崩れるまではいっていないようだが、それでも少しばかりは損傷しているかもしれない。

『渦巻け』というたった四文字の言葉だけで、クロウさんはこの状況を作り出したのだ。


(これが……魔術!)


昨日のステラは優しいそよ風程度のものであったが、使い方によってはこれほどまでに荒々しいものに変貌するのかと。

その強大な力に思わず戦慄する。


「少し……強すぎましたかな?」


この荒れた風に包まれる中、クロウさんの様子は落ち着いたものだった。

横にいるステラや、後ろにいたニーナさんは俺と同様に腕で顔を覆っている。


「爺っ、いきなり何するのよ!」


ステラが抗議の声を上げる。


「いやはや、すみません。加減を間違えたようです」


そう言うクロウさんの顔に反省の色は見えない。

この程度、ほんの戯れの範囲という事なのだろう。


「さて、春人殿。見ての通り私も風の適正を持っております。

 本日は僭越ながら、春人殿の内に秘めし風の力を解き放つために尽力いたしましょう」


白髪の男性は口元をわずかに吊り上げる。

あぁ……これは手厳しそうだと、脳裏で何かが告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ