異界の事情
人生最大とも思える衝撃を受けてから数分。
ステラに案内されて、そこそこ広い部屋に通される。
部屋にはソファーが二つと、セミダブル程度のベッドが一つ。
引き出しがいくつかついた棚が壁際に鎮座している。
それほど飾り気は無いが、それが逆に落ち着く。そんな部屋だった。
(ここでしばらくお休みをって事だけれども……さて、どうするかな)
ベッドに倒れ込み天井を仰ぐ。
先程の景色が目に焼き付いて離れない。
この世ならざる絶景とは、まさにあのような光景の事を言うのだろう。
20年生きてきたが、あれほどの光景は今までに見たことは無かった。
「空に浮かぶ星……か」
ステラは確かにそう言った。
にわかには信じられないが、先程の光景は大陸が空に浮かんでいるとしか思えなかった。
もし本当なのだとすれば、いったいどんな原理で浮かんでいるのだろう。興味は尽きなかった。
異世界という事は、今までの世界ではありえない事がありえるという事も十分にあるだろう。
それこそ大陸が空を飛んでいるなんて、まだ序の口なのかもしれない。
しかし……。
あの対価は本気だろうか。
数分前に行われたステラとのやり取り。
この世界に俺を呼んだ対価を彼女は『私の全て』と表現した。
とても本気とは思えなかった。
とはいえ、冗談を言うような場面でも無かった気がするが……。
ベッドに倒れ込んだまま何度もウーンと唸り声をあげる。
この世界に来て一時間も経っていないはずなのに、こんなにも考え込む事が多い事に頭が痛い。
それこそ夢か何かかと最初は思ったが、捻った頬はバッチリ痛かった。
どうにもこれは覚悟を決めなくてはいけなさそうである。
しかし、イマイチ見えてこないのがこの世界に呼ばれた理由だ。
彼女達は『救国の英雄』と言っていたが、国を救うなんて大それた事が俺にできるとは思えなかった。
異世界物の漫画とかでよくあるのは主人公はチート的な能力を手に入れてやりたい放題という具合だが、今のところ身体的に変化を感じる事は無かった。
(見込み違い……なんて思われたら嫌だな)
正直少し不安になってくる。
そもそもこの国は何に困っているというのだろう。
できれば穏便に済ませられる問題であればいいのだけれども。
それこそ戦争なんて以ての外だ。平和な国に生きた学生には戦争なんて過酷なものに耐えられる自信は無い。
そういった争い事にはそもそも向いていないのだ。
殴り合いまで発展した喧嘩だって小学校の低学年の時に、少しクラスの友人と揉めた時が最後なくらいだ。
見たところこの国は平和そうではあった。
先程の光景はとても衝撃的だったが、草原が広がるこの大地そのものはどこか牧歌的で、争いとは無縁のように思えた。
そう思えば、戦争なんて事態は考えづらいだろう。
何せあんな不安定に浮いている土地がたくさんあるのだ、移動するだけでも危なくて仕方がない。
大きな爆発でも起きようものなら、そのまま大陸ごと沈んでしまいそうだ。
そんな世界で争っている場合では無いだろう。
戦争だけはありえないなと勝手に自分の中で結論付ける。
きっと問題を抱えているといっても政治的な何かとか、そういった比較的平和的な何かだろう……と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「率直に申し上げると、我が国は戦火の脅威に晒されています」
(ダメだったかぁー……)
突きつけられた現実に頭を抱える。
異世界物には良くある事だ。薄々とそうでは無いかとも思っていたが必死に目を逸らしたかった。
というか現実を突きつけられたこの時も夢であって欲しいと願っている。
部屋で十分な休息を得られた俺は、先程の秘書のような女性に呼ばれこの部屋にやってきた。
女性の名前はニーナというらしい。
部屋を出る際に非常に事務的に挨拶を済まされた。
せっかくの美人なのに、この無表情は少しもったいない気はする。
頭を抱えながら横目で見た彼女の表情に感情というものを感じる事はできなかった。
あくまでも淡々とこちらに説明を続けてくる。
曰く、この国はギガストール帝国という大国に宣戦布告を受けているらしい。
帝国の国力と国土は小さくて見積もってもユーテリアの10倍以上。
すでに2度の戦闘を行なっているとの事だが、どちらもユーテリア側の大敗に終わったとの事だ。
ユーテリア側の軍事力はすでに6割まで落ち込んでおり、帝国に飲み込まれる運命は避けられそうに無い。
最後の望みをかけて、救国の英雄を召喚する儀式に望みを託した……というのが現状という事だが。
(こんなの、どう考えたってジリ貧じゃ無いか……)
期待を込めて召喚された上で、若干の申し訳なさを感じなくは無いが、
この状況をどうにか出来るほどの力を自分自身が持っているとは思えなかった。
「春人様には是非お力になっていただきたいと、我々としては考えている次第です」
あくまでも事務的に淡々と説明を続けるニーナさんに、若干の苛立ちを覚えなくも無いが、
彼女に当たったところで状況が改善するとも思えないので、グッと堪える。
何にしても現状は最悪だ。
最悪、この国と一緒に命を落とすのかもしれない。
そう考えると全身がゾワっと総毛立つ。
日本で生きていた頃には、死と向かい合うなんて事はなかったのだ。
突きつけられた現実に、目の前が真っ暗になりそうで思わず下を向く。
「春人様、大丈夫ですか」
不安が顔に出ていたのかも知れない。
ステラが心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。
彼女も自分達が何をお願いしているのか十分にわかってはいるのだろう。
その表情からは申し訳なさが伝わってくる。
「うん……。いや、大丈夫」
軽く手を挙げ、精一杯の虚勢を張ってみる。
とはいえ、挙げた手は微かに震えていて、とても平常心を保てるような状況ではなかった。
「春人様」
斜め向かいに座っていたステラが震える手をそっと両手で包み込む。
そして、その手に額をそっと当てた。
側から見るとまるで祈りを捧げているようだ。
「大丈夫ですよ春人様。全てをあなたに押し付けるような事はいたしません」
祈るように、願うように、ステラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
彼女自身も恐れを感じているのか、それとも巻き込む事への罪悪感があるからなのか、
ステラの手も微かに震えているのを感じた。
(身も……心もか)
先程の彼女の言葉が蘇る。
内容を聞く限りとても本気だとは思えないが、この献身的な姿からは少なくともこちらの境遇を案じてくれているように感じた。
ステラの小さな両手に包まれた手のひらに力を込める。
指をゆっくりと折り曲げ、やがてその手はステラの手を握り返す形となった。
「あっ……」
ステラが小さく声を挙げる。
握りしめた小さな手には確かな温かみを感じる。
その手のひらは小さく、そしてその小さな体は国を背負うにはあまりに小さい。
自分よりも小さな女の子が、国のためとはいえここまでこの身を案じてくれているのだ。
こんな世界で自分に何が出来るのかはわからない。
ただ、手に添えられた小さな期待くらいには応えたいと、そう思った。
「ただ……見ての通りの一般人なんだ。そんなにすごい特技がある訳でも無いし、
正直なところ戦争の役に立てる事は無いと思うんだけれども」
応えるとは言っても虚勢を張っても意味がない。
無理なものは無理なのだ。余計な期待を持たせすぎても逆に彼女達を危険に晒しかねない。
素直に今の自分に出来ることを考えれば、悔しいながらも仕方がないところだ。
「それについてですが……」
手を握り合う二人を見つめながらニーナさんが言葉で割って入ってくる。
その視線の意図を感じたのか、ステラは慌てて手を離すと斜め向かいのソファーに深く座り直した。
「こほん……それについてですが、これから春人様の適正を見させていただきたいと思っております」
「適正?」
こちらの疑問にニーナさんはハイと答える。
ニーナさん曰く、適正とは魔術の適正出そうだ。
この世界の魔術とは四大元素を元にした神秘の力で、人は生まれながらにして四大元素いずれかの適正を持っているのだそうだ。
異世界から召喚された俺にも例外無く適正はあるらしい。
(魔術って……ますます異世界ファンタジーだな)
適正の確認は容易に出来るそうで、ニーナさんはいそいそと用意を始める。
机の上に幾何学模様の書かれた布が敷かれ、その上に台座と手のひらよりも少し大きい程度の水晶玉が置かれる。
その装いは占いの館の道具のようだ。
「春人様、水晶玉に手をかざしていただけますでしょうか」
ニーナさんのその言葉に促されるように、ゆっくりと右手を差し出す。
未知の体験だけに少し心拍数が上がるのを感じる。
できれば痛いのとかは勘弁して欲しいところだが……。
おっかなびっくりという感じで、ゆっくりと伸ばした右手を水晶玉に触れるか触れないかというところで止める。
これでいいのかとニーナさんの方に視線を投げると、彼女は静かに頷いてくれた。
さて……何が起きるのか。
誰も声を発しない室内で、全員の視線は水晶玉に向けられたいた。
5秒、10秒……時間が過ぎていく。
一向に何も起きない事に若干不安になってくるが、目の前の二人の様子は違っていた。
瞳を大きく開いて、不安というよりは驚きという顔で水晶を見つめている。
(もしかして俺にだけ見えてないとか?)
30秒。
過ぎる時間だけが不安な心に拍車をかける。
もしかして失敗しているんじゃないだろうかなんて事が頭をよぎり、差し出した手を下げようとしたその時、目の前の光景に変化が起きる。
水晶の奥深く……という表現であっているのかわからないが、とにかく奥の方から二対の光が現れた。
二対の光は交差して螺旋を描きながら水晶の中を駆け巡る。まるで踊っているかのようだ。
「綺麗……」
思った事が口から漏れた。
側から見れば惚けた情けない顔をしていたと思うが、そうさせるだけのものが目の前にはあった。
二対の光はそれぞれ別々の色をしている。
片方は緑。優しく流れるような動きで水晶内を駆け回っている。
もう片方は黄色。こちらは緑色の光とは対照的でカクカクと直線的な動きをしている。
対照的な二対の光だが、その動きはうまく調和しているように見える。
どこかでぶつかる事もなく、それでいて離れる事もない、複雑な螺旋を描きながらも光は優雅に水晶の中を泳ぎ続ける。
その軌跡はどこまでも幻想的だった。
「は、春人様」
ステラの声に目の前の幻想から現実へと引き戻される。
目の前の少女は両の手を口の前で祈るように組んで震えるような瞳でこちらを見つめていた。
「春人様!」
「は、はい!」
急に大きな声を出すものだから、思わず返事をしてしまった。
そんな驚く俺をよそに、ステラはずいっと前に身を乗り出すと、差し出した俺の手をガシッと掴む。
「春人様、二重適性持ちなのですね!」
二重適正……?
ステラは興奮を隠そうともせず、爛々と瞳を輝かせる。
二重というのは先程の光の事だろうか。
そう思い水晶を覗き込むと、光はゆっくりと奥の方に吸い込まれて消えていくところだった。
どうやら水晶から一定以上手が離れると消える仕組みのようだ。
「あの……二重適正って?」
単純にその意味を捉えるとしたら、適正を二つ持っているという事だろうか。
目の前で瞳を輝かせるステラと、驚きの表情を見せるニーナさんを交互に見やる。
こちらの戸惑いを感じ取ったのか、ステラは慌てて手を離す。
「ご、ごめんなさい、取り乱してしまって」
そう言ってソファーに座り直して姿勢を正す。
先程までの興奮した様子は鳴りを潜めたように見えるが、瞳の輝きが先程と変わらず輝いているのは見て取れた。
「二重適正……と言うのは、二つの元素への適正を持っているという意味です。
先程の光をご覧になられたと思いますが、緑と黄色の光が映し出された事がその証明になります」
ニーナさんが説明驚きのためか、少し戸惑いを見せながら説明してくれる。
二重適正。
本来は一人につき適正は一つであるはずが、ごく稀に複数の適正を持った人がいるという。
人は適正のある元素の魔術を使いこなせるそうだが、二重適正という事は2種類の元素の魔術を使いこなせるという事になる。
ちなみに先程の見えた光の色がそれぞれの属性を表しているらしい。
流れるような軌跡を見せた緑色の光は風の属性。
そして直線を描く軌跡を見せた黄色の光は土の属性なのだそうだ。
「適正の結果が出る事に時間がかかったので、何事かと思っていたのですが、まさか二重適正とは……」
「しかも、風と土の属性ですよ。特に土!」
未だに信じられないという表情をしているニーナさんの横で、ステラが興奮を露わに立ち上がる。
土というものを強調するあたり、かなり良い事なのかもしれないが理由がよく理解できなかった。
「土……というのは何かすごいの?」
「はい!」
ステラはとても嬉しそうだ。
大人びた女性のような仕草を見せる事の多かった彼女だが、もしかするとこちらの方が素なのかもしれない。
「土の属性というのはとても希少な適正となっております。
さらに、この世界ではとても重宝される魔術を行使する事が出来るのです」
「重宝……?」
こちらの質問にニーナさんはコクリと頷く。
「そうですね……まず、魔術を行使するためには我々はオドの力を必要とします。
これは人が生み出す事ができる目に見えない力の事で、我々の体内で常に作られ蓄えられています」
「私達はそのオドと四大元素を組み合わせて魔術をこの世界に発現するんです」
そ言うとステラは左手の人差し指で空中に何かを描くようにクルリと回す。
するとそれに呼応するように、人差し指で描いた円から小さな風が吹き出した。
驚いて風が吹き出した場所を見てみるが、そこには何も存在しなかった。
ステラは何も無いところから風を生み出したのだ。
「このオドというものは人の体内で生み出されます。
その人ごとの一日の使用限界はあるものの、生ある限り際限なく使用する事ができるんです」
ステラが説明を引き継ぐ。
つまり、ゲームで言うところのMPさえあれば何のコストも必要とせず使えると言う事だ。
しよう限界があるとはいえ、それはとても便利な事なのかもしれない。
「春人様、先程このステラリスをご覧になられましたよね?」
ステラリス。
この空を飛ぶ大陸の事を言っているのだろう。
あれはかなり衝撃的な光景だった。忘れられる訳がない。
ステラの質問に小さく頷く。
「見ていただいた通り、この星は空にあります。
そして……この星の資源は有限なんです」
資源が有限って……あまりピンと来ない。
確かに金属類はその鉱石等が無ければ手に入れる事はできないのだろうけれども。
「何かを作る際には資源が必要になるんです。
そしてその資源を得るためには、この星そのものを削る必要があります」
ここに来て思い至る。
先程の光景。大地の先にある大きな崖。
あの崖に少しばかり不自然な場所があった気がした。
まるで誰かが削り取ったように不自然に窪んでいる箇所がいくつもあった。
つまりは……。
「私達のこの部屋も、多くは我々の住まう大地を削り取って作られたものです。
そして、大地を削る事によって、我々は住まう地そのものを縮小せざるを得なくなります」
地球という大きすぎる大地に住んでいた頃は大地が有限だなんて意識する事は無かった。
資源という意味で鉄や石油など無限では無いとは思われるが、少なくとも石や土で困るという話は聞いた事がない。
しかしこの星では違うのだ。資源を使うという事自体が自分たちの活動範囲を狭める事になる。
それは非常に大きな問題だ。
大きな問題だ……がそれが魔術とどう関わるのだろう?
「資源は有限です……そこで、土の魔術なのです!」
ステラがピンっと人差し指を立てる。
「先程も申し上げた通り、魔術はオドさえあれば発現させる事ができます。
そして土の魔術は物質を作り出す事ができるのです」
物質を作り出す。それはつまり。
「何も無いところから資源を作り出す事ができる……って事?」
こちらの質問にステラは満足そうに頷く。
確かに資源に深刻な問題を抱えているこの世界にとって、資源を作る事ができるという事は非常に大きい事な気がする。
「土の魔術を使える方は非常に限られております。
そのため国は土の魔術を行使できる方を専門の職に据えて保護を行なっています」
それはおそらく資源生産を生業とする職業があるという事なのだろう。
そういった事が必要な程、この世界の資源というものは重要だという事なのだろう。
「ちなみに魔術を行使できる方……魔術士と呼びますが、この国で土属性を使用できる方は5名のみです」
5名!? 少なっ!
確かにその数を聞くと希少という言葉にも納得ができる。
この世界にとって資源は必要不可欠なだけに、その重要性も一際大きいのだろう。
「俺も、土の魔術を使えば何か出せるって事なのか」
「そうなります。ただ土の魔術というものは少し変わっていて、その方が出せる物質は一種類に限定されるのです」
つまり、石が出せる人は鉄などその他の金属類は出せないとかそういう事なのだ。
しかも出せる種類は生まれ持って決まっているようで、後からの変更はきかないらしい。
そういう意味では、土属性は生まれながらにして勝ち組と負け組が決まったりするのかもしれない。
「ちなみに、俺は何が出せるんだろう」
「そうですね……そればかりは実際に使ってみない事には何とも言えないかと」
流石にそれはそうか。
先程の水晶でその内容までわかるのかと期待したが、そうもいかないらしい。
右手のひらを見つめてみるが、特に変化があるようには感じなかった。
(魔術って言われてもな……)
正直馴染みが無さすぎてなんとも言えない。
使ってみない事にはと言われても、使い方すらわからないのだ。
「春人様の世界では魔術……というものは存在しなかったのですか?」
おずおずとステラが訪ねてくる。
きっとこの世界では魔術は当たり前の事で、そのような質問をすることも無いのだろう。
少しばかりの不安を称える瞳に対して静かに頷きを返す。
「俺が普通に生きている限りにおいては魔術なんてものに遭遇する事は無かったかな。
おまじない程度の儀式なら見たことはあるけれども、それも具体的に何かが起きるのを見たわけじゃ無いし」
ましてや何も無い空間に物質を作り出すなんて聞いた事すら無い。
どういった原理でそのような事象が起きるのか想像すらできなかった。
「魔術の行使はそれほど難しいものではありませんが、確かに使うためにはある程度の慣れとキッカケが必要でしょうね。
大抵は幼い頃に両親によってそのキッカケを与えるられるのですが……」
そう言ってニーナさんはステラの顔色をチラッと窺う。
ステラの方はというと……何故か顔を赤くして肩を窄めていた。
先程までの元気さはどこへいったのやらという感じだ。
「その……キッカケというのは難しいものなのですか?」
目の前の二人の様子を見ると、そう簡単という訳では無い気がした。
少なくとも、この場でハイどうぞという訳にはいかないのだろう。
「そ、そうですね……難しいという事は無いのですが、その、あの」
どうにもステラの言葉は要領を得ない。
何か言いづらい事でもあるのだろうか?
「春人様」
その様子を見かねてニーナさんがこちらに声をかけてくる。
「この話の続きは今夜、夕食後に行いたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
わざわざ夜に行う必要が?
少し疑問が生まれるが、かと言ってこのままでは話が進展しなさそうなのも確かだ。
今が何時なのかはわからなかったが、もしかすると二人にも色々予定があるのかもしれない。
ここは食い下がらずに相手の提案を受け入れておこう。
「あ、はい。構わないですが」
では、と言ってニーナさんが立ち上がる。
こちらもそれに続くように腰を上げる。
ステラはそんな二人を交互に見やってワタワタと慌てる。
「では、先程の部屋までお連れいたします」
ニーナさんに先導されて部屋を出る。
様子のおかしかったステラだが、部屋を出る頃にはその様子は落ち着きを取り戻していた。
何をそんなに慌てていたのかはよくわからないが、大人しく澄ました横顔はやっぱり可愛かった。
「春人様?」
ニーナさんに呼ばれ、自分が思わず見とれていた事に気づかされる。
気づけば目的の扉の前まで来ていたようだ。
ニーナさんは不思議そうな顔でこちら側に振り返っている。
「いや、ごめん、なんでも無いよ」
慌てて取り繕う。
ステラに見とれていたなんて恥ずかしくて言えるものでは無かった。
「そうですか……? では、こちらでまたしばらくお休みください」
そう言って扉を開いてくれる。
うん、と軽く会釈して部屋に入る。
「それでは後ほど」
そう言ってニーナさんはお辞儀をしてから静かに扉を閉める。
その仕草はやはり礼儀正しく、メイドさんそのものだ。
扉が閉められると、部屋の中はとても静かになる。
「さて……」
外の感じを見る限り、夜まではまだ時間はありそうだった。
仮眠でも取ろうかとベッドに足を向けようとしたその時。
コンコン。
扉が二回小さくノックされた。
そして少しだけ扉が開く。
開いた扉の隙間からは綺麗な金髪だけが見えた。恐らくステラだろう。
「あ、あの、春人様」
ステラは先程の調子をまだ引きずっているのか、その言葉はどこかぎこちない。
何かとても緊張しているようにも感じるが、こちらの疑問をよそに金髪の少女は話を続ける。
「その、夜は……よろしくお願いしますね」
では、とそう言って扉を閉められてしまった。
何が何だかよくわからない。
しばらく扉を見つめて動きを止めてしまっていたが、それ以上何が起きるわけでもなく、小さく息をついて視線を扉から離した。
とにかく夜を待つしか無いのだろう。
何かとても引っかかるものを感じながら、この世界の色々な事情を聞いて一杯一杯になった頭を労うようにベッドに倒れ込んだ。