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空にある星  作者: にゅーたろ
2/9

異界の地

ーーーーさま。


意識の水面に小石が投げ込まれる。

小さくささやかに響く小石は波紋を広げ、やがて耳の奥深くを叩く。


ーーゆうさま。


か細く柔らかい音が心地よい。

その音に導かれるように、少しずつ世界の輪郭がはっきりとしてくる。

闇に溶けた四肢が形を取り戻し、視界に少しだけ明るさが戻ってくる。


「えいゆうさま」


(えいゆうさま・・・?)


聞き慣れない単語だ。

携帯会社か何かの事だろうか?

思考の闇が晴れない。聞こえる言葉は何かに沈み込むように消えていった。

何かを認識しようともがくが、まとわりつく闇がそれを許さない。

結果、覚醒しかけた意識は再び闇への沈んでいく。


そばで小さく息を吐く音が聞こえる。

しゅるっと布が擦れる音。

どうやら声の主が少しこちらに近づいたようだ。


「英雄様」


耳の側で聞こえた気がする。

しかし、再び闇に沈み始めた意識はそれを認識する事ができなかった。


「私の・・・、私の全てをあなたに捧げます」


すっと意識に光が差し込む。

沈みかけた意識が光を浴び、四肢の感覚が再び輪郭を取り戻す。

思考を埋め尽くしていた闇は徐々に薄れ、まばゆいばかりの光が視界を満たした。


体の感覚が蘇る。

ひんやり指に触れる固く冷たい感覚。

服越しに伝わってくる平な地面。

頬に添えられた暖かな感覚。

そして、唇に添えられた柔らかい感触。


覚醒した視界にまず初めに飛び込んできたのは、金色に輝きながら流れる何かだ。

その金色の川の奥、ふと開いた裂け目から覗く翡翠色の宝石。

いったい何が起きているのか、今の自分の状況を把握することができず宝石を見つめたまま固まってしまう。


時間にして数秒、黒い瞳と翡翠の宝石がしばし見つめ合う。

永遠に続くとも錯覚しそうなその時間は、しかし唐突に終わりを告げた。


「----っ!」


勢い良く翡翠色の宝石が距離を取る。

金色に輝く川はその後を追うようにきれいな軌跡を残して流れていった。


(女の子・・・?)


そこには女性というには、まだあどけなさを隠せない少女がいた。

少女は口元を手の甲で押さえ、驚いたような眼差しでこちらを見つめている。

よく見ると肩の辺りが小刻みに震えているようだ。


「えっと・・・」


間抜けな声が口から洩れた。

状況が把握できない。

目の前の少女にも、異様に明るいこの場所にもまったく見覚えが無かった。


こちらの戸惑いを理解したのか、目の前の少女はさっと手を下げると、

こちらに体ごと向き直り、静かに目を伏せ首を垂れた。


「ようこそおいでくださいました、救国の英雄様」


少女は静かにそう語りかけてくる。


(きゅうこく・・・? えいゆう・・・?)


聞きなれない言葉だ。

相手の容姿からして、そもそも自分の知っている言葉では無い可能性もあるが、ようこその部分は理解できたのでその心配は無いのかもしれない。


「きゅうこく・・・?」


疑問を素直に呟いてみる。

その問いに少女は静かに頷いててくれた。


「まずは落ち着かれるのがよろしいかと思います。立ち上がる事はできますか?」


そう言われて自分が寝そべったままな事を思い出した。

床に手を置いて慌てて体を起こそうとするが、体にうまく力が入らずうまく起き上がることができなかった。


「え・・・なんだこれ」


もがくように腕に力を入れようとするがうまくいかない。

うまく動かない自分の体が混乱に拍車をかける。


「慌てないで。恐らく召喚の影響が出ているだけですので」


そう言って少女は小さな手を肩に添えてくる。

白く透き通るような色をした小さな手だ。

その手に促されるように春人は体の力を抜いた。


大きく息を吐く。

地面はひんやりとしているがこの場所自体は暖かく、心地よい空気を感じる事ができた。

目を閉じて数度の深呼吸をする。

何が起きているのかはわからないが、少なくとも危険は無さそうな事はわかった。


「すみません、もう少しうまくできれば良かったのですが・・・」


少女が申し訳なさそうに話しかけてくる。

それが何故なのかはよくわからなかったが、落ち着きを取り戻したからか様々な疑問が湧き上がってくる。


「うまくってどういう事? それに召喚って」


救国の英雄という単語もさることながら、召喚という言葉が今は一番ひっかかる。

思い返してみれば、先程まで暗い夜道を一人で歩いていたのではなかったか。

今いる場所はどう考えてもあの夜道とは思えなかった。


「その事については私から説明いたしますわ」


その声と同時に、少女の背後から女性が現れた。

波立つ栗色の綺麗な髪を後ろでまとめ、縁の小さな眼鏡をかけているその女性の顔は非常に整っていて、はたから見ても美人だと思えた。

女性はふわりとふくらみのある少女の服装とは対照的に、体のラインがよくわかるタイトな服を着ている。

どこか秘書という単語を彷彿とさせるような身なりに、見とれるというよりは若干気圧されるような感覚を感じた。


「この国はユーテリア王国と呼ばれる小国家でございます」


ユーテリア王国。

その王国名にもまったくもって聞き覚えが無かった。

高校の頃の世界史の成績はそこまで悪い訳ではなかったはずだが、そんな名前の王国に覚えは無い。


「英雄様の戸惑いも最もです。ですが落ち着いて聞いていただきたいのです」


女性はこちらの心を見透かしたかのように話しかけてくる。

その言葉に思わず鼓動が早くなる。


「この国の名前に聞き覚えが無いとお思いでしょう。

 それもそのはずです、ここは英雄様の世界とは異なる世界、異世界なのですから」


彼女のセリフに理解が追い付かない。

異なる・・・? 異世界?

漫画家か何かで見たことがある。死んだ後に異世界に渡ってやりたい放題とかそういうやつを。

でもあれは漫画の中の世界で、それが現実に起こるはずがなくて、でも目の前の女性は・・・。

様々な考えが頭の中を駆け巡る。

ただ、高速で回転しているのは頭の中だけで、はたから見ると目を見開いたまま固まってしまっているようにしか見えなかった。

そんな姿を見て少女がオロオロと慌てだす。


「英雄様」


そんな少女の姿を見かねたのか、女性が再び声をかけてくる。

その言葉に思考が現実に引き戻される。


「あ・・・いや、ごめん」


思わず謝罪が出てしまった。

声を発して気づいたが、先程よりも体の感覚が良くなってきている。

ゆっくりと手を支えにすると、体を起こした。

地面に寝そべっているかと思っていたが、春人が寝ていたのは少し大きめの台になっていた。

体を起こしその端に腰かけて顔を上げる。

目の前にはオロオロと手持無沙汰な両手を胸の前に掲げ、心配そうにこちらを見つめる少女がいた。


「大丈夫、少しだけマシになってきたから」


そういってほほ笑むと、少女は少し安心したのか手を膝の上に下した。

その仕草が何とも微笑ましくて、思わず笑ってしまった。

それに気づいたのか少女は少し頰を赤らめる。


「その、ひとつ聞いてもいいかな」


女性を見上げて声をかける。

質問が来るとは予想外だったのか女性は少し驚いたような表情を見せるが、すぐに平静を装ってどうぞと促してくれた。


「英雄様っていうのは・・・どう言う事なのかな」


異世界というのも聞き捨てならない事ではあったが、その単語が一番気になっていた。

20年間生きてきた春人にとって、おおよそ呼ばれた事のない単語。

漫画や小説の中でしか見た事のない単語に一番の戸惑いを覚えたのだ。


「簡潔に申し上げますと、我々はあなた様を召喚しました。

 この国を救う英雄を呼び出す特別な儀式を使って」


「国を救うって・・・誰が?」


あまりに理解の追いつかない説明に思わず質問が飛び出してしまった。

しかし目の前の二人はその質問に答えようとしない。

代わりに強い視線でもって、その答えを示しているようだ。


(まじか・・・)


あまりの事態に思わず頭を抱えたくなる。

何かの冗談かとも思ったが、目の前の女性達はいたって真面目だ。

かと言って急に国を救って欲しいと言われてもどうすれば良いのか皆目検討がつかなかった。


「詳しい説明はもう少し落ち着かれてからの方が良さそうですね。

 召喚の影響もあるでしょう。お部屋を用意しますのでまずは少しお休みください」


こちらの戸惑いを感じとったのか、そう言うと女性はきびを返して歩き出す。

女性の歩く先には、白い大きな扉が見えた。

改めて周りを見まわして見るが、どうやらここは室内だったようだ。

ただ、部屋の中は室内という事を感じさせない明るさで満たされていて、まるで外にいるような感覚だった。

快晴の空を思わせるような青白い天井を見上げてみるが、部屋を包む明かりの光源は見当たらない。

一体どのような方法で室内を照らしているのか検討はつかなかった。


(異世界の技術って事なのかな・・・)


ここはかなり広い空間になっているようだ。

ただ、室内には余計なものは一切無く、春人が腰掛けているこの台が室内の唯一の設置物といった具合だ。

余計な物が無いため、部屋というよりは何かの祭壇といった風情を感じる。


「あの・・・英雄様」


不思議そうに辺りを見まわす春人の様子が心配になったのか、少女がおずおずと話しかけてくる。


「あぁごめん。ちょっとこういった場所が珍しくて」


こういった場所は元の世界では見かけない。

本の中でなら似たようなものを見た事はあるが、少なくとも日本でこのような構造の部屋を見かける事は無かった。


「英雄様の国にはこのような場所は無いのですか?」


「うん、そうだね。珍しいかな……ってその英雄様っていうのどうにかならないかな」


少女は敬ってくれているのだろうが、どうにもむず痒い。

とりあえず呼び方だけでも何とかしたかった。


「失礼いたしました……では、何とお呼びいたしましょうか」


「んー……」


そう言われてどう答えるべきか思案する。

自分から呼び名を指定するなんて機会は今まで無かった。

できれば自由に名前で呼んで欲しいものだが……。


「そうだ、お互いに自己紹介をするというのはどうだろう。

 その上で呼び名を決めるという事で」


我ながら名案だ。

というか初対面で自己紹介もしていないというのも如何なものかとも思う。

これなら少女の名前もわかるので一石二鳥だろう。


「確かに、ここまで名乗らず失礼いたしました。

 では、私から紹介させていただきます」


そう言って少女はスカートの裾をちょんと摘むと少しだけで持ち上げた。

貴族が良く挨拶の際にするポーズだ。

異世界とはいえ、こんな所は一緒なのかと少しだけ感動した。


「私の名前はステラ=ウォル=ユーテリアと申します。

 是非、ステラとお呼びください」


紹介を終えるとステラはゆっくりとスカートを下げた。

緩やかな動きに何とも言えない気品みたいなものを感じるが……って。


「ユーテリア?」


ステラの名前の一部に先程聞いたこの国の名前が含まれている。

ということはまさか。


「はい。年は16と若輩者ではございますが、王としてこの国を統治させていただいております」


まさかの16歳お姫様!

いや、統治ということはこの国のトップなのか? こんな小さな子が?


「えーっと、ステラ様……?」


流石に王族に対して呼び捨てという訳にはいかないだろう。

しかし、その呼び方は少女には不満なようだった。

勢いよく首を左右に振る。


「呼び捨てで構いません。英雄様が私を敬う必要はありませんので」


そういう訳には……とも思うが、そうすると英雄様という呼び名も変えてもらえ無さそうな気がして、

しぶしぶステラという呼び名を了承する。


「 じゃあの番だけれども、結城春人ゆうきはると20歳だ、ごく一般的な学生だったよ」


「ゆうき……はると様?」


おずおずとステラは名前を復唱してくる。


「できれば俺も呼び捨てとかが良いのだけれど」


こちらの主張に対して、ステラは再び勢いよく首を左右に振る。

意外とわがままだ。

そこはさすが王族? と言ったところだろうか。


結局呼び名は春人様で定着することになった。

まぁ、英雄様に比べるとかなりましにはなったのだが。


「しかし、まさか異世界召喚とはね」


正直な感想だった。

そもそも異世界召喚なんて漫画や小説の世界の話だと思っていたのだ。

自分が当事者になるなんて思いも寄らなかった。


「召喚って事は、俺は自分の意思とは無関係にこちらの世界に呼ばれたって事なのかな」


春人の言葉にステラの肩が少しだけ跳ねる。

ステラ自身、後ろめたいと思っているのかもしれない。


(とは言え「ハイそうですか」で済まされるような事でも無いだろう)


「はい・・・召喚の儀式は、本人の意思とは関係無く強制的にこちら側への転送を行うと聞いています」


ステラは恐る恐るという感じで答える。

やはりそうなのだろう。

あの夜道の最後の記憶がどうだったのか曖昧ではあるのだが、少なくとも召喚に応じるような事をした記憶は無かった。

強制的に連れて来るという事であれば何とも乱暴な儀式だ。

それを聞いて良い顔をする人間はそうそういないだろう。春人とて例外では無い。


「本人の意思とは関係無くっていうのは、随分乱暴な儀式なんだな」


「す、すみません……」


ステラは肩を落として小さくなる。


「ちなみに元の世界に帰る方法っていうのは……?」


「すみません……」


まるで苛めているようではあるが、かといって追求しない訳にもいかない。

何せ巻き込まれた側なのだ。

理由はどうあれ、自分の感情はしっかりと示しておいた方が良いだろう。


「も、もちろん。召喚された春人様にはそれ相応の対価を差し上げます」


「……対価?」


確かにこれほどの事を行うのだ、それ相応のモノが用意されていても不思議ではない。

とはいえ、無理やり異世界に連れてくる事に釣り合う対価というものがあるのだろうか。

金銀財宝の類やこちらの世界での地位とかいうのはお断りだ。

そもそもそういったものがあったところで何の役に立つかわからないのだから。


「た、対価というのは……」


ステラはおずおずと答えるがが、何をもったいぶっているのか中々話そうとしない。

どうせ釣り合うものが出てくるとも思えないのだ。

個人的には早く言ってもらって、思いっきり反論したいところなんだが……。


「対価というのは…………私の全てでひゅ」


ーーーー。

(噛んだ……)


流れるの気まずい沈黙。

一瞬が永遠に感じられるような静寂が辺りを包み込む中。


「…………え?」


ようやく思考が追い付いた。その内容に思わず聞き返してしまう。

噛んだとはいえ、その大部分は聞き取る事ができたのだが、聞き間違えでなければとんでもない事を聞いたような気が……。


「ですから、私の全てです!」


ステラが勢いよく顔を上げる。

噛んだ事がとても恥ずかしかったのか、顔を上げるステラの瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。


「え、あ……いやいやいや!!」


やっぱりさっきのは聞き間違いではなかった。

全て、ステラは確かに『自分の全て』とそう断言したのだ。


「全てって、どこからどこまで……っていやいや、無いでしょ!」


慌てふためく春人を前にステラは再び顔を伏せ、両手を目の前にして手を組んでモジモジと動かす。


「ですから……全てです。その、私の身も心もという……意味で」


そこまで言って羞恥心に耐えきれなかったのか、ステラは肩を縮めてしまう。

その小動物をも思わせる動きに春人は何とも言えない気持ちを抱えてしまう。


改めて見ると、流れるように綺麗な金髪に透き通るような白い肌。

瞳は大きく、桃色に染まる小さな唇が整った鼻先の下にちょこんと鎮座している。

小さい肩から流れるような体の曲線は、その細身の体に対して胸の辺りだけ少し大きめな主張をしている。

簡単に言うと美人、超が付いても不思議じゃない超美少女なのだ。

そんな子が、身も心もなんて。


頭に色々な想像が思い浮かんでは、良心という欲望の敵対者により駆逐されるという無意味な争いが春人の頭の中で展開される。

幼い顔立ちに潤んだ瞳、どう考えても犯罪です。


「春人様にとっては、私なんてとても満足してもらえるようなものじゃないでしょうけれども……」


「いやいやいや、そんな訳ないじゃない……って、あ」


思わず本音が飛び出してしまった。

ステラは春人の言葉に少し驚いたような顔をするが、再び顔を赤らめて俯いてしまう。

今の言葉はもう同意と取られてもおかしくない。

引っ込めようにも時すでに遅しというやつだった。


「あー……うん、その、えっと」


うまく言葉にできない。

でも言ってしまったものは仕方がないのだ。

健全な男子大学生20歳。美少女の身も心もと言われて何も反応しないというのも不健康すぎる話だ。


とはいえーーー。


「対価っていうのは……わかったよ」


その言葉にステラが顔を上げる。

顔はまだ少し赤みを帯びているが、その瞳は先程と違い少なからず期待を含んでいるようだった。


「わかったけれども、俺は国を救うと言っても何をすれば良いのかわからない」


言っておかなければいけないだろう。

あれだけの対価を差し出すというのであれば、俺は恐らく対価に見合う成果を出さなくちゃいけない。

でも、どうすればその成果に繋がるのかイメージできなかった。

なんせ今まで平凡な学生としての生活しか送ってこなかったのだ。

急に国を救うと言われても自分に何ができるのか、何の役に立つのか全くわからなかった。

ステラはそんな春人の言葉の意図を理解したのか、顔の火照りを剥がすように首を左右に小さく振る。


「はい、恐らく春人様もご自身のお立場などわからない事が多いと思います。

 ですのでまずは現状と、そして我々の話を聞いていただきたいと思っています」


強い眼差し。

先程までの羞恥に沈んでいた少女とはまた違う顔を見た気がした。

その瞳に促されるように静かに頷く。


(とにかく現状を知らなきゃどうしようも無いか)


帰る手段が無い以上、この場所で何とかする術を身につけるしかない。

心の中で小さく決意を固める。

確かに不安は多くあるが、少なくともすぐさま命を落とすような環境じゃ無さそうだ。

その点はまだ救いであったと思う。


「では春人様、先程申した通りお部屋を用意しますので、そちらで少しだけお休みください」


ステラに部屋の外へと促がされる。

立ち上がることすらままならなかった体は、いつの間にか違和感が無い程度には動くようになっていた。

先を歩くステラに続き大きな扉をくぐる。


ーーーー。

力強い風が体を洗い流すように吹き抜けた。


ここはまだ建物の中と言っても間違いではないが、部屋の外はかなり開放的な作りになっていた。

屋根はあるものの外とを隔てる壁は無く、数本の柱があるのみだ。

柱の先には広大な平原が見て取れる。おおよそ都会では見ることの無い広さの平原に少し圧倒される。

そして……その平原の上すれすれをゆっくりと白い雲が流れていた。


「雲……」


初めは見間違いかとも思ったがそうでも無いようだ。

周りを見回すと大小いくつもの雲が地面を這うように流れている。

それはとても幻想的な光景のようで、そして現実離れした光景にも見えた。


「雲は珍しいですか?」


側にいたステラが不思議そうに訪ねてくる。


「いや……雲自体は珍しくは無いのだけれども」


とは言え、これほど地面スレスレを流れる雲を見るのは初めてだ。

富士山などの高い山の上では当たり前の光景なのだろうが、生憎とそういった場所に足を運んだ経験は無い。

そういう意味では、この景色は元の世界にもあった異世界なのかもしれない。


「私達にとっては当たり前の光景ではあるのですけれどね」


「そうなんだ……この国は結構な高台にあるんだね」


その言葉にステラが少し怪訝な顔をする。

おかしな事を言っただろうか。

自分の言葉を振り返って見るが、特におかしな点は感じなかったが……。


「高いところというのは当然ではありませんか?」


ステラはそう言うと右手にある廊下を進んでいく。

廊下には一際強い風が吹いているのか、ステラのスカートがふわりと大きく広がる。

廊下の左右は見るからに開放的なようだ。

そのため風の流れも良いのだろう。


ステラはしばらく進むとこちらに振り返る。

ここまで来てくださいとそう言われた気がした。

雲の流れる草原に少し後ろ髪を引かれながら、ステラの方に足を向ける。

足元を固める石畳は真っ平らという訳では無いが、程よく綺麗に整えられていて歩きやすかった。

ステラの側はとても開放的な作りになっていて風が良く通るようだ。

とはいえ、周りと比べての変化はその程度で、特段警戒するようなものも感じはしなかった。


「ここに何か……」


そうステラに尋ねようとした時、一際大きな風が右の方から襲いかかって来た。

思わず目を腕で覆い隠してしまい視界が遮られる。


「……っ!」


完全に油断していた分、受ける衝撃は少々大きい。

とはいえ、ただ風が強いというだけだ。

いったいこんなところに何があるというんだ。

風をかき分けるように腕を盾にしてあがく。


風は呼吸をするものだ。その勢いは長く続かない。

部活の経験から、その事をよく理解していた。

ほんの数秒、強く吹き続けていた風は息切れを起こすように徐々にその勢いを減らしていく。

目を凝らす。

風の隙間からうっすらと光が差し込む。

徐々に弱まる風の隙間から見え始めた世界は、風が止むと同時にその幻想的までな風景と、そして大きな衝撃を持って胸を打った。


どこまでも広がる空。

眼下には空にも負けない青さをたたえた海が広がる。

そして……切り立った崖が目の前に広がっている。

崖の下は海ではあるが、海まではあまりにも離れすぎている。

その光景は、どう見ても空に浮かんでいるようにしか見えなかった。


「すごい……まるで大陸が空を飛んでいるみたいだ」


素直な感想が口から漏れる。

普段ならそんな突拍子も無い事はあまり口にしないのだが、目の前の光景は心を揺さぶるには十分すぎた。

そんな春人の様子を見て、ステラはくすりと小さく笑う。


「おかしな事をおっしゃいますね。もちろん空を飛んでいますよ」


その言葉に呆けかけた思考が現実に引き戻される。

今なんて……? 空を飛んでいる? 大陸が?


「我々の住まう大地の名はステラリス。空に浮かぶ星です」



強い風が再び駆け抜ける。

風と目の前の光景が、常識という枠を吹き飛ばす。

ここにきて実感した。

俺は今、異世界にいるのだと。


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