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花咲け 僕らの個人レッスン!  作者: 織井 隆依
序章 期待されるとプレッシャーで潰されるが、期待されないと落ち込む
7/10

年上ロリのいる風景


「……本当に汚いわね」


  俺の部屋の入り口に立った岩村は呆れたように呟いた。


「き、今日はたまたまだよ」


 昨日、棚の中身をばらまくまではもう少し綺麗だったんだ。

 ただ、脱ぎっぱなしのシャツとか、食い終わったポテチの袋は弁解しようがないけど……。


「しかも、部屋は湿っぽいし、ちょっとカビ臭いし。ていうか、あなた、昨日お風呂入った? 昨日と同じ服じゃない」

「うっ……」

「やっぱり。お風呂はちゃんと入りなさいよ。じゃないと筋肉が固まっちゃうんだから。……まさか、 一週間くらい入ってないんじゃないでしょうね」

「ふ、二日だけだよ!」

「……ま、許容範囲か」


 岩村は躊躇うことなく部屋に入って行った。馴れ馴れしい、図々しい、全く遠慮が無い! 女の子が男の部屋に入るんだから、もっと、しおらしさを出して欲しい。が、二日風呂に入ってない時点で気持ち悪いと言い放たない点には好感が持てる。美少女に臭いとか汚いとか言われたら、俺のガラスハートは死んでしまう。

 岩村は床に積み重なる物を避けて足場を探し、ベッドまで辿り着くと、その上に持参の大きな鞄を放り投げた。そしてベッドに膝をついて登る。白い靴下に包まれた足裏がぴょこんとこちらを向く。その小さくて可愛い足裏にドキッとする。美少女が自分の部屋にいるという男が夢見るシチュエーションの現実化以上に、岩村円の全体的な小ささが俺を変な気分にさせる。とびきりミニマムな体つきと散らかり放題の部屋が組み合わさると凄く犯罪的な匂いがする。2次元でも3次元でも若干ロリの気がある身に対してこの光景は、なんというか、危うい。え? 年上? ロリに実年齢は関係ねェんだよ!


 そんなこちらのちょっとだけ危ない興奮も露知らず、岩村が窓のカーテンを思いっきり開く。シャッ、いう音とともに眩しい光が差し込んでくると、きらきらと埃が舞い、めちゃくちゃになった部屋が浮き上がる。窓を開ける。まだ微かに冷たい空気がなだれるようにして部屋に入ってきて満ちていく。カーテンも窓も、開けたのは久しぶりだ。生活が夜型になってからは窓を開けるのすら面倒になってしまっていた。

 岩村がこちらを振り返る。

 俺は岩村に見惚れた。

 改めて思うが、岩村はマリちゃんの自称妹なだけあって可愛い。大きな釣り目が特徴的で鼻が低くない童顔、長い黒髪は荒れ知らず、頬は張りと弾力が見た目でわかるし、ちょうどいいサイズの唇はぷるぷるしている。ロリ物女優のソレとは違う、まさに純正のロリ。ロリという言葉に踊らされ、イメージビデオや違法動画やドラマで悉く絶望させられてきたが、岩村は違う。ロリ好きの理想を詰め込んだ顔に、ある意味で恵まれた身長を合わせ持つという奇跡。オマエがマリちゃんの妹なら何故一緒にデビューしなかったのだ。オマエがアイドルだったら俺は絶対にファンになっていたぞ。もっとも、その自分の資質を勘違いしたファッションセンスは頂けないが。


「……片付けましょうか」

「えっ?」

「DVDもアルバムもどうせなら綺麗な部屋で見たいでしょ。二人なら早く片付くだろうし。

 先にやっとくから、八十台くんはゴミ袋と三枚雑巾にしていいタオル、水の入ったバケツ、それから二人分のスリッパ取ってきて」

「あ、あぁ」

「あと、救急箱!  足、手当てしないと!」

「別に大して痛くないぞ」

「ダメよ。足なんて常に使う場所なんだから。絶対に持ってきなさいよ」


 岩村の圧に押され、俺は言われたものを準備するべく、階段を降りた。一歩踏み込むたびに熱を持った足が痛む。家を飛び出して岩村と警官を追いかけたとき、俺は慌てすぎて靴を履き忘れており、走ったときに踏んだ石や砂利で足を傷つけていた。岩村も他人の足の裏の傷によく意識がいくな、と感心する。


 岩村と警官に追いついた後、俺は警官に部屋を片付けている途中で気付かなかったと説明した。警官は面倒くさそうな顔で、思春期だからって照れてないでお母さんとコミュニケーション取ってね、と見当違いな注意をして一人で帰って行った。

 俺は岩村を連れて家に戻った。母親は玄関で不機嫌そうに岩村を睨みつけたが、俺が岩村を家に無理矢理あげると、しくしくと泣き出した。それにイライラしながら階段を登っていると、岩村は、お母さん大事にしてあげなさいよ、と言った。不法侵入したオマエが言うなよ、と思ったが、言わなかった


 日用品のある場所なんて知らないから色々と探すのに手間取ったが、なんとかミッションコンプリートして岩村に言われた通りの物を持って部屋に戻る。

 開けっ放しだったドアから部屋を覗き込むと、岩村は分別を始めていた。一部だが足の踏み場ができていた。コートを脱いだ岩村はシンプルな薄手の茶色い服を羽織り、黒いシャツを着て、下はスラッとした黒ズボンを履いている。ファッション用語とかいうオシャンティなものと無縁の人生を歩み続けてきた俺にはとても説明しにくいのだが、なんというか、それが完全に大人向けのコーディネートであり、身長が低くて童顔な岩村には似合っていないことだけは分かった。せっかくなんだから、黒ニーハイにミニスカートとかでいて欲しかった。ロリにはやっぱりスカートだろ!? ちなみに胸に関しては可もなく不可もなくといった感じだ。

 それにしても岩村は小さな体でテキパキと動く。ロリの動き方の理想は、ぽてぽて・ぽよぽよ・ぽやぽやみたいな効果音が似合う小動物系のものなのだが、岩村の場合はビュンッとかブォンとかシュッとかが似合う。


「……戻って来てるなら声かけてよね。とりあえずベッドに座って。先に手当だけしちゃいましょう」


 俺は言われた通りにベッドに腰掛けた。

 岩村は俺の足元に跪くと、俺の足の手当を始めた。最初にタオルで足を拭いて汚れを落とし、次に消毒液を染み込ませたワタをピンセットで摘み、傷口にポンポンと当てる。傷口に消毒液が染みる感覚に俺は呻く。我慢ガマン、と岩村は穏やかな口調で唱えながら、容赦なく、しかし決して乱暴ではない手つきで足の傷にワタを当てる。

 痛みに慣れたので、俺は岩村を見る。岩村は淡々と手当を続けている。つむじからストレートに流れる黒髪が綺麗だなとか、伏せたまつげが長いなとか、手が小さいなとか、どうしても観察してしまう。ふと、良い匂いがするな、と思い、急に恥ずかしさと後ろめたさがこみあげてきて、耐えるように布団を両手で握った。

 その後、岩村はご丁寧にも足に包帯を巻いてくれた。俺が少し大げさじゃないかと言うと、化膿したらトイレとかお風呂とか行きづらいでしょ、と一蹴されてる。


「はい、おしまい。必死になってくれたのは嬉しいけど、もう裸足で走っちゃダメよ」


「あ、あぁ」


「なに、その返事。こういう時はありがとうって言うのよ。さん、はい」


「あ、ありがとう」


「よろしい」


 ムッとした表情で顔を覗き込んできた岩村は、俺がその圧に負けて礼を口にすると、コロッと笑った。目の前で見る生の美少女は怒っても笑っても可愛いのだと俺は思い知らされた。いや、美少女だからというよりも、相手が岩村円だからなのかもしれない。やっぱりコイツ、良い奴だ。




 俺たちはスリッパを履いて掃除を始めた。ライトノベルやゲームやフィギュアなんかも普通に転がっていたので、気持ち悪いオタクとバカにされるんじゃないかとビクビクしていたが、特に何も言われなかった。ただ、大量のお菓子の袋やコーラのペットボトルや、脱ぎ捨てたまま埋まっていた服には顔をしかめていたが。

 岩村はテキパキと不要な物をゴミ箱に突っ込み続けていた。が、その手がふと止まった。


「これ……」

「あ……ち、違うんだ、いつもは棚にしまってあって……」


 岩村が手にしたのはマリちゃんのライブDVDだった。昨日、棚から出して投げたんだった。罪悪感に駆られる。ファンのくせに、大事なDVDを投げるなんて。しかもそれを、妹を名乗る女の子に見られるなんて。

 岩村は苦笑いを浮かべた。


「別に怒らないわよ。ただ……買ってくれてるんだな、って」

「……まぁ……」

「八十台くん、お小遣い少ないでしょ?」

「え……まぁ、少ない、けど」

「今は違法動画で済ませちゃう子も多いでしょ。だから、こうやって実際に商品を気に入って買ってくれてるのを見るとね、嬉しいの」


 はいっ、と岩村がDVDを差し出してきた。俺はそれを受け取って本棚に入れながら、苦い思いに駆られた。

 心苦しかった。

 岩村の言う通り、俺の小遣いは少なくて、だからマリちゃんのDVDやCDを全部揃えているわけじゃない。勿論、無断でアップロードされた物を見ることもある、むしろマリちゃん以外のアイドルや歌手の曲は完全に動画頼りだ。アイドルを堪能するには金がかかるが、学生には金が無い。金を稼ぐ手段が無い子どもが手取り早く大人と謙遜無い情報を手に入れるにはズルがほぼ必須になる。

 俺にたやすく無料で情報が手に入れる場所を教えてくれたのは、インターネットで出会った大人たちだった。金を持っているはずの大人たちでさえ、そのズルを上手く取り入れて無料で情報を広げている。


 岩村にはそういうズルとは無縁そうな清廉さがあった。勿論、育美を待ち伏せしたり、ウチに不法侵入したり、無茶苦茶なことはするし、それは犯罪なわけで、アウトだ。俺が相手で本当に良かったなって言ってやりたいくらいに。けれど岩村には何か根本的な真面目さがあるようなきがする。


 だからだろう、アルバムを見る前なのに、岩村がマリちゃんの妹だというのを俺は徐々に信じ始めていた。




 床の物をあらかた片付けた後、物の上に積もった埃を拭き取り、掃除機までかけた。見違えるように部屋が綺麗になる。一応掃除機は必要無いと伝えたが、「それは私が嫌なの」「アンタ、ここでやらなきゃ絶対掃除しないでしょ?」と睨まれてしまった。コイツ、絶対、クラス委員とかやっていただろう。俺が中学で同じクラスだったら絶対にコイツのやっていることにケチをつけていただろう。


 しかし、部屋に掃除機をかけるなんて、中学一年生以来なのではないだろうか。俺は自分で部屋に掃除機をかけようなんてしないし、唯一それをやってくれる母親を俺は部屋へ入れていなかった。

 岩村はベッドに腰を下ろすと、カバンの中から分厚いアルバム帳を二冊取り出した。一冊は赤い表紙にフェルトでかわいい刺繍をされているもの。もう一冊はオレンジとピンクのストライプ模様。今時、紙のアルバム作るって珍しいな。


「じゃ、アルバムを見ましょうか。ほら、あなたも座って」


 ポンポン、と岩村が俺の隣を叩く。部屋の主よりも主らしい余裕である。

 俺は部屋の主らしからぬ緊張とともに、岩村の隣に座った。何だかアウェイにいる気分だ。


「アルバムの量が多いから、幼稚園の頃のと、最近のやつだけ持ってきたわ。ハイ」


 俺はアルバムを受け取り、ページを開いた。

 ページは赤ん坊の写真から始まっていた。笑顔で赤ん坊を抱く母親らしき人。その写真の下には、「真理香 0才 誕生」とある。これがマリちゃんの赤ん坊時代だ。人が良さそうな父親に、聡明そうで美人な母親は、常に笑顔で赤ん坊と一緒に写っている。

 ページを進めていくうちに赤ん坊がもう一人増える。「円 0才 誕生」。

 どこに貼ってある写真からも四人家族の日常の幸福感がヒシヒシと伝わってくる。そして子ども二人の顔立ちは小さい頃から将来可愛く成長するだろう片鱗が見えていた。


「可愛いでしょ。……それは幼稚園で終わり。最近のはこっち」


 岩村がもう一冊のアルバムを渡してくる。表紙の空欄には真理香 18〜19才 の文字が書いてある。

 アルバムを開き、ドキッとした。そこに貼ってあったのは、スタジオやプロダクションでのマリちゃんの写真だったからだ。見覚えのある衣装を着たマリちゃんが、雑誌などの写真よりも格段にラフな笑顔で写っている。写真の下には最初のアルバムと同じように名前・年齢・◯◯という文字が書き加えられている。ご両親がマメなのだろう。


「スゲェ……」

「すごいでしょ。こんなの普通にしてたら見られないんだからね」


 ページをめくっていくと、途中でマリちゃんと岩村のツーショットが出てきた。仲睦まじく笑顔で映る二人は、一緒にケーキを食べている。誕生会の写真だ。


「これで信じてくれた?」

「……そう、だな」


 俺は改めて岩村を見た。マリちゃんの妹が目の前にいるのだと思うと、感動的な気持ちになる。スゲェなぁ、スゲェよ。俺、マリちゃんがたびたび話してた妹ちゃんと並んで座ってるのか。

 そして、良かった、と思った。最初は疑いまくっていたが、今は岩村を信じることができるのが嬉しかった。

 暫くは押し寄せてくる安堵に浸っていたかったのだが、岩村はそれをぶち壊すように俺の持っていたアルバムを取り上げて閉じた。


「じゃ、信じてくれたところでさっさとDVD見ましょうか」


 全く、本当にテキパキしてやがる。

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