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花咲け 僕らの個人レッスン!  作者: 織井 隆依
序章 期待されるとプレッシャーで潰されるが、期待されないと落ち込む
3/10

会話ってどうすればいいんだっけ?


 冷たくて清廉な空気を求めて家を飛び出したは良いものの、数日前の冷気はどこにいってしまったのか、空気が生ぬるくてベタついていた。部屋の中と似たような空気だ。




 街中を歩いている。ゾンビのような顔色のサラリーマンや、遊びに行くか帰るかのギャルにドキュソ、未来のヤクザ候補生みたいな中高生、重たそうにスーパーの袋を抱えて歩いている疲れきったお姉さん。同じ空気を吸っているのが嫌になる。外から見たら俺もこいつらと同じようなものだろう。いや、ニートだからもっと酷いか。


 遠くから言い争う声が聞こえてくる。俺は少し顔をあげる。歩道の先、コンビニの光を受けて、年若い警察官と妙に大人っぽい格好をした女の子が話をしている。


 女の子の方は15歳くらいか、いや、それよりも下かもしれない。コートや鞄の趣味に比べ、身長が低い。ヒールの高いロングブーツを履いて身長を水増ししているが、あれを引いたら普通に小学生の集団に混ざれてしまうだろう。ただ、聞こえてくる声には芯が通っていて、小学生ではないな、という印象だった。


 警官が声をかけるのは正しい。この辺りは治安が悪く、中学からはドキュソとギャルが毎年量産される。親がまともに育てた子でも、同級生や先輩に影響されて不良街道まっしぐら。ジャージやらスウェットやらキャラクターパジャマを着た若者が問題行動を起こすので、警官もそこそこイカついのが多い。現に女の子と話をしている警官もバスケットマンみたいなガタいの良さだ。


 そんな二人の後ろに、一人の女の子が、光のあたらない場所に立っている。あの女の子をめぐってのトラブルなのだろうか。




 俺には関係無いと思いながらも野次馬根性をそそられて、コンビニに入る前に三人の顔を伺ってやろうと顔をあげた。それがいけなかった。正面から「コウくん!」という嬉しそうな声が聞こえてきた。

 俺は体が竦んだ。恐る恐る顔をあげると、警官と女の子の後ろに立っていたのは、幼馴染の綾辻あやつじ 育美いくみだった。完全に油断した。まさか知り合いがいるなんて。


 恐らく中学の同級生には俺の高校中退は知れ渡っていることだろう。同じ高校に進学した奴らがいるし、辞めた当時ニートな俺カッコイイ病にかかっていた俺が仲の良かった数人にシッカリと伝えてしまった。高校を辞めたことが育美に伝わるルートはいくらでもあるということだ。俺は、同級生、特に育美にはニートになったことを触れてほしくなかった。理由を聞かれても答えられなくて惨めになるに違いないからだ。



 育美の言葉につられるようにして、警官と女の子がこちらを振り返る。


 俺は一瞬、育美のことを忘れた。


 女の子の顔は、マリちゃんによく似ていた。しかしマリちゃんではない。マリちゃんに比べて釣り目ぎみだし、身長が低すぎるし、さっき聞こえた声も勝気だった。




「……八十台やそだいくん。八十台くんね?」




 俺は仰天した。女の子が俺の苗字を呼んだからだ。オイオイ、俺はこんな美少女とどこでお知り合いになったんだ? 記憶にないぞ。出会っていたら絶対に忘れていない。一般的なアイドル顔負けの可愛いロリ顔に、お姉さん路線を狙った完全ミスマッチの服装なんてインパクトしか無いだろ。


 怪訝な顔をした警官が、ズイッと前に出てくる。俺は夜にこの辺りを歩くことが多いが、見たことのない警官だ。警官はいわゆるガイジン顔の金髪イケメンで、顔には倦怠感が溢れている。加えて恐らく180センチを超えているであろうガッシリとした身長。何コイツ怖い。ゲーノージンの一日警官体験とかでは? 地毛っぽいが警察官が金髪って絶対いじめられるだろ。


「なに、君。この二人と知り合いなの?」


「え……あ、ぅ、う……」


 俺は冷や汗をかきながら、言葉を濁す。言葉がすんなりと出てこなかった。俺は高校辞めてからまともに他人と喋らず、対外コミュニケーションは専らネットオンリーの善良なニートだぞ。勝ち組要素しかない強そうな公務員に話しかけられて普通に話せるわけねェだろ!


「綾辻さんと八十台くんとは、中学生の頃の知り合いなんです。中学生の頃、私、地味だったし、年上だったし、すぐに転校しちゃったから気づいてもらえなかったのかもしれませんけど……」


 美少女はしおらしく言った。

 え? イロイロ嘘だろ?

 俺は愕然とした。確かに態度や喋り方は顔よりもしっかりしているが、どこからどう見ても大人ぶった中学生、良くて高校一年生だ。見た目だけならようじょパイセンと呼べる。

 先輩というのも怪しい。こんなに身長が低くて可愛い先輩がいたら絶対に学校でも目立つ。忘れられないだろ、こんな可愛いようじょパイセン。いたら絶対に俺の青春のアイドルだわ。


 が、しかし転校したというのなら、本当の先輩なのかもしれない。先輩で、地味で、すぐに転校してしまったという情報が真実なら、思い出せる要素がゼロなわけだ。俺と育美が本当に出会っていて、顔を覚えていないだけなのかもしれない。それに女子の高校デビューをナメてはいけない。奴ら、本当に奇跡みたいな変貌の遂げ方をするからな。




 警官の視線が美少女に注がれている間に、俺は育美に視線を送る。育美なら、このようじょパイセンのことを覚えているかもしれない。すっかり傍観者の気分になっていたらしい育美は俺の視線に気づくとハッとした。


「あ、あのっ! コウくっ……八十台くんは、私のお友達です!」


「知り合いのなのね。そちらの先輩さんとは?」


「えっと……ごめんなさい、覚えてないんですけど……でも! お話ししたら思い出せるかも!」


「フーン……まぁ、バイクの免許証も本物っぽいし……。君みたいな子は誤解されやすいから、こんな夜遅くにセクシーな格好して出歩かない方がいいよ」


「ご忠告どうも」




 警官が差し出した免許証らしきものを美少女は受け取りながら皮肉っぽく言った。こんな幼い顔の女の子がバイクの免許証を持ってるとは驚きだ。俺が乗れるのはせいぜいマウンテンバイクくらいだぞ。

 思い出話は程々にして帰りなよ、と警官は言い、そばに停めてあった自転車を押して去って行った。俺は力が抜けていくのを感じた。警官は職無しの天敵だ。奴らはニート特有の挙動不審を犯罪者のソレと疑って話しかけてくるからな。俺は見た目の犯罪者っぽさのせいで何度も職質された。




 さて、と先輩はこちらを振り返る。先輩は見れば見るほど美少女で、童顔だが、目を細めて微笑むと大人びた雰囲気が出る。


「助けてくれてありがとう、綾辻さん、八十台くん」


「いえ……私も先輩だと気づかず、申し訳ありません」


「貴女が謝ることはないわ。だって、ウソだもの」


「ええっ!?」


 あっさりと言う美少女に、育美が驚きの声をあげた。俺も驚くには驚いたが、納得もした。こんな美少女と一緒の学校に通っていたら、一時的には絶対に噂になるだろう。

 しかし、では、俺たちの先輩ではないのなら、彼女は俺たちの一体なんなのだ? なぜ俺たちの名前を知っている?

 謎の美少女偽にせようじょパイセンの微笑が急に胡散臭く見えてきた。


「私はね、綾辻さん、貴女に会いに来たの。少しだけお時間頂けるかしら。どこか近くでお茶しましょう?」


「え、ええっと……」


 口調は丁寧だが偽ようじょパイセンは有無を言わさない雰囲気を漂わせてくる。

 育美は戸惑った顔で俺に視線を送ってくる。昔からそうだ。育美は押しに弱くて人の頼みを断れず、俺にしょっちゅう助けを求めて来ていた。育美には変態を惹きつけやすい雰囲気があるのか、公園や通学中にしょっちゅう変なおっさんに絡まれていた。育美と帰り道が自然と一緒になりがちだった俺は、そんなことがあるたびに救出していた。

 育美を連れてとっとと家に逃げなければ、と思った。この偽ようじょパイセンはどう考えてもヤバい奴だ。俺と育美のことを知っている。

 しかしそこで俺は気付いた。他人に話しかけるのが何だか怖い。かつてはどうやって人と会話をしていたのか思い出せない。


「あ、八十台くんは帰っていいわよ。私は綾辻さんとお話しがしたいから」


 偽パイセンは育美の視線で俺に気づくと、こちらを向いて言った。バッサリとした口調だった。き、傷つく……。別に激しく求められたいわけじゃないし、一緒に行っても空気に成り下がるのは目に見えているが、ここまでオマエは必要がないんだとド直球に言われると悲しいものがあるぞ! 泣くぞ!

 育美は、コウくん、と捨てられた子犬のような顔で俺を見てくる。久しぶりにじっくりと見る育美は大人っぽくなっていた。高校デビューにありがちなギャル化はしていないが、程よく垢抜けて綺麗なリア充になった雰囲気だ。育美は元々学年で五番目くらいに可愛くて、のんびりとして優しい性格が男子の中でも支持を集めていた。俺は小学四年生で育美につっけんどんに対応するようになり、中学で思春期に突入してから育美とはあまり話さなくなったが、それでも育美は俺の中での自慢の幼馴染であり続けたし、育美が困っていたら絶対に助けていた。


 しかし。


 俺は、今、自分が小さいものであるかのような感覚に陥った。育美はこの一年でグッと魅力的になった。大人に向かって進んだ。それに対して、俺はどうだろうか。ノリで高校を辞めて暇を持て余すだけのニート。

 育美だって、もう子どもじゃないんだ。女の子だけど、俺よりも全うに人生を歩いている。俺が助ける理由なんて無いのかもしれない。


「……じゃあ……」


「ま、待って!」


 育美は慌てて言った。


「あ、あのっ! コウくんも一緒なら、行きます!」


「はぁ!?」


 俺は思わず驚きの声をあげた。ちょっと、この子は何言ってるのぉ!?

 偽ようじょパイセンは顔を顰めた。よっぽど俺に来て欲しくないらしい。俺、何かした? ニートだから何もしてないよ? 何で拒否られんの? まさか顔か? それとも臭いとか? 一緒に歩くと恥ずかしいとか?


「私は、できれば貴女と二人でお話ししたいんだけど?」


「コウくんも一緒じゃなきゃ行きません!」


「……貴女、意外に頑固ねえ。しょうがない、八十台くん、一緒に来てくれる?」


 面倒臭そうに偽ようじょパイセンは俺の顔を見る。

 誰が行くか!と言い返したかったが、断り方を忘れた俺は、はぁ、と小さな返事をすることしかできなかった。



自分が初めて他人とまともに話せないと気づく瞬間って辛いですよね。

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