「龍の名を冠する少年」08
覚醒。正確に言うのならば微妙に、微少に。その程度なのである。龍神陽という人間には主に睡眠時間が大幅に必要となってくるのだ。睡魔という、魔術師でも到底敵わないであろう最強最悪の敵が存在してしまっている事、他にも自分の半分かはたまたそれ以上を龍族の血が占めているという事実から――
「もうっお昼ぴったりになると起きるんだから……」
「おは」
「こんにちはの時間です!」
「えぇ……そこなの?」
御託を並べるよりも先、陽の頭に乗せられる生温い感触。じわじわと意識を取り戻しつつ目を擦る。月華に起こされるのは本日二度目であった。しかも今回は昼休み。帰りにもう一回程起こして貰う必要がある。当然、この後も寝ようと――
「あ、午後体育あるじゃん」
「ほんと体動かすの好きだねー」
頭に乗せられていたのは弁当箱。朝食同様、これも月華のお手製なのだ。陽はほぼ毎日こうして世話をして貰っている。態度が随分尊大であるようにも思えるが、これでもかなり謙虚に接しているつもりなのだとか。
月華は人目を気にする事など一切せず、慣例通りに陽の座席の前を陣取り――この男子生徒は学食使用者らしい――、自分用に机と椅子をセッティング。
「それしかやる事ないし」
「勉強は?」
「んー……いただきます」
「はーい。あっ望ちゃんはここねー」
更に後ろの席に居る望を呼び、その分も場所を作る。なかなかの手際だ。料理が趣味、というだけあって物事の順序立ても素晴らしい腕前である。
小動物のようにちょこちょこ移動する望。
彼女も自作弁当だ、とこの前聞いたなと陽は箸を止めずに思う。体育があると思い出してから意識の覚醒は異常に速く進む。咀嚼する度に生き返るようである。
「よーし……だいぶ起きたぞ」
女子に弁当を貰うというかなり特異なシチュエーションであるが、それも陽は気にならないらしい。食事は食事、生活に必要不可欠なものだからと完全に割り切っている。他からどう思われようが知った事ではない。それでも友人で居てくれる人間の方が多いのは陽の隠れた人柄の部分か。
「寝ながら食べてたんですか……?」
「六割くらいね?」
「太るよ?」
「大丈夫、俺動いてるから」
「否定出来ないんだよね……」
月華と望の二人から怪訝の視線を与えられるが、これも気にならない。頑丈だ。普通よりかは。精神面も、肉体面も。
「おー龍神はいっつもいいよな~」
「だよねぇ」
すぐ近く、取り巻きと言う訳でもないが敢えて若干距離を置いて声を投げるのはこのクラスでも特に陽と仲の良い二人だ。一人はお調子者の井上和真。無類の女子好きだ、と自負してはいるが声を掛けられない悲しい男子。もう一人、この井上とは正反対なように思える見た目を持つ眼鏡系男子の中島康夫。見て分かる成績優秀な眼鏡。しかしそのインテリ風の見た目とは裏腹に井上と同調する部分がある。この二人は中学生からの付き合いなのだとか。
「自分で作ればいいんじゃね?」
「解決しないでしょそれ! この心のわだかまりが!」
「マジか」
「マジだよ!」
「龍神にはわからないんだよ……」
どうしてこの二人と陽が仲が良いのか、それは自分たちにも分かっていないのだとか。友達は作るのではなく、成るものだ、と井上は言う。




