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~龍と刀~  作者: 吹雪龍
第3章
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「妖刀、跋扈」04

*****



「ん……? 鍵、掛かってんな……」


 陽は家の鍵を掛けないで飛び出したため、閉まっている訳は無いのだが、どういう訳か閉まっていた。

誰も居ないのは分かっているが、戸を揺らしてみたりチャイムを連打してみたり。

何を隠そう、この家の戸締りは全て白銀頼みなのである。故に鍵を持ち歩くという行為が身体に染み付いておらず、このような事態を想定していないのだ。


「確か一階のどっかの窓は開けておいたはずなんだけど……」


 玄関を諦め、裏へ回る。途中にある窓を全てチェックしながらなのだが、傍から見ると白昼堂々空き巣をしようとしている少年に見えなくもない。この家の住人だと知らなかったら、通報されていたかもしれないのだ。

 そして何も起こらないまま一周。


「あれ……おっかしいな……絶対に俺は閉めてないんだけど……そもそもこの家に鍵なんて合ったっけか?」


 鍵が無いのは色々と問題だが、陽は特に気にしていない様子だった。物理的な鍵よりも結界の方が有用だ、と思っているのである。

 このまま突っ立っていても事態が進展するはずがないし、かといって携帯電話も無いので連絡を取る事も出来ない、行く充ても無い。


「困ったな……それどこじゃないのに……」


「あら、どうしたのかしら?」


 不意に声を掛けられたので、少しだけびくりと肩を震わせた。だが、声を掛けた本人を見て更に驚く事になる。


「うぉ!? ルナさん、何でウチに……?」


 ルナさんと呼ばれた女性の手には、買い物をして来た事を示すエコバッグ。中には食材と思しきパックやらが見え隠れしている。


「なんでって……実は陽君が入院してる間、私達がここで寝泊まりしてたの」


「え、ウチで? 何故です……?」


「だって、鍵掛かってなかったし白銀さんに伺ったら別に大丈夫だ、って言われたし……」


 何故か今にも泣き出しそうな顔のルナさん。鍵を掛けなかったのは確かに陽が悪い。


「……いや怒ってるとか嫌だとかそういうんじゃないんですよ? だからその、泣きそうな顔はやめていただきたいのですけど……」


 陽はこの人への対応が少しだけ苦手だった。

それは、ルナさんが月華の母親であるという理由が一つ。

ホウ 琉奈ルナ。見た目が若い為、良く二十代と見間違われる事が多々あるが――本人の弁である――、月華の年齢から考えると……。もし琉奈が二十代だとしたら、月華はどうやって生まれたのかという事になってしまう。

 それからもう一つ。母親と呼ばれる存在への距離感が分からない。陽からしてみれば彼女は他人ではあるのだが、どうも琉奈からはそう思われていない節があるのだ。


「そう言ってもらえて嬉しいわ! あ! とにかく、先に月華に電話しなきゃね。ついさっき病院に行っちゃったから」


 徐にポケットから陽の家の鍵を取り出す琉奈は、何やら楽しそうだった。こういうところは月華に似ている。否、月華が彼女に似ているのだろうか。


「……月華も無事、なんだな……」


「あ、それから陽君。起きたらイザヨイさんが連れて来なさいって言ってたのを思い出したわ」


「うわぁ……俺あの人苦手なんですよね……ただでさえ流派の違いがどうのこうの言われるのに……」


「もう、本人の奥さんの前でそんな事言わないの。白銀さんも連れて行ってね」


タイミングが良すぎる。まるで退院するのが分かっていたかのように。

因みに、琉奈も魔術関係者である。


「しゃあないな……んじゃ白銀と少し話してからで」


「はい。伝えておくわね」


そう言って、自室へと向かう。

全てを知るために。



*****



「た、ただいま……」


 戸をゆっくりと開く。恐る恐るといった感じだ。まるで自分の部屋ではないかのようによそよそしく。流石の陽と言えどもある程度の緊張感は持っているらしい。

白銀からどのような言葉を投げられるか、それだけが不安だ。


「……遅かったではないか」


 しかし、返ってきたのはそんな素っ気無い言葉。いつも通りに振舞うつもりなのか、あくまで色々な物を飲み込んでいるのか判別は出来ないが、いきなり怒鳴られたりしなくて良かった、と少しだけ胸を撫で下ろす。


「悪い……なあ、白銀。その、なんだ……」


「皆まで言わなくていい。我がやるべき事は既に理解しているつもりだ。座るのだ」


 付き合いが長いからか白銀も陽の言いたい事を察していようだ。歯切れの悪い陽を促して自身の前に正座させる。

 ――――こうして落ち着いてみると、心の中で悔しさや怒りが渦巻いているのが嫌でも分かる。


「葛藤は悪い事ではない。これからに生かせるのならな。まずは、そうだな。喜ばしい事に、人的被害に関してはほぼ無かった、と言えよう」


「そ、それはホントか……? あれだけの戦闘だったのに……」


「うむ。幸いにも結界の強度がお前の“龍化”に影響され、引き上げられた結果らしい。それから事後処理は協会が済ませた……学校の修理まではまだ手を付けていないらしいが、そろそろ始まる頃合いだろう」


 陽は腑に落ちないといった様子で溜め息を吐く。

協会が介入したという事は、生徒や職員は何らかの魔術行使を受けた事となる。結果的には助かったのだが、同時に自分の無力さを露呈しているようで腹が立つ。


「……雹は……どうなった」


「彼奴は――あの後早々に退却した。自分の勝利を確信したのだろうな」


 その言葉に両拳を握り締める。震える程強く。雹の勝利、それはつまり陽の敗北を意味する言葉。


「他には何か無いか」


 白銀はとにかく話題を変えたかった。こうでもしなければ、今すぐにでも雹を探し出して倒す、といきり立っていただろうから。今の身体の状態では万全の動きは不可能だろう、という判断からだ。


「……じゃあ、俺を病院まで運んだのは誰なんだ?」


 陽も白銀の気持ちを汲み取り、適当な質問をする。別に知らなくても良い情報なのだが、空気を変える為だ。


「それは、アイツ――」


 白銀が急に沈黙したので何事かと思えば、ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

その原因が何なのかは大体分かっていた。

だから、何と言えば良いのか考える。


「……いつも通りで良いよな」


 考えるのは性に合わないと出掛ける支度を、白銀を術式の埋め込まれた布で巻く。白銀は鞘が無い為、竹刀袋などで包むと落としてしまうからだ。


「ああ、きっとそれを望むだろう」


 戸が勢い良く開く。

その瞬間、陽はこう言った。


「どうした、そんなに息切らして?」


 努めて明るめな口調で、戸の前に立ち尽くしている月華に声を掛ける。


「うぅ…………よかったよぉ……陽ちゃん、生きて……」


 力無くその場に崩れ落ちる月華。目には大量の涙を溜め込んでいた。


「まったく……ひでぇ顔だ。心配し過ぎだぞ? たかが三日間だけ目を覚まさなかっただけで」


 泣き止む様子が無いので、仕方なさそうに月華の前にしゃがみ込む。

そして、頭を優しく叩いてやる。


「俺を誰だと思ってる? 龍神 陽だ。怪我だってそこそこしてるし、だけどいつも帰って来ただろう? 今回もいつも通りってやつさ」


 実際は死にかけていたのだが、そこら辺は格好を付けておかねばならないだろうから隠しておこう。

実は三途の川が見えました、などと言ったら月華は更に泣くだろう。残念ながら見てもいないし、記憶も無いのだが。


「だからさ、泣くなよ。な?」


「あら、女の子を泣かすなんて……陽君も悪い子ね」


 一部始終を見ていたらしい琉奈が割って入る。とても楽しそうに見えたのは陽の気のせいとしておこう。


「泣き止むまでちょっと時間掛かりそうね……イザヨイさんの所、行っててくれるかしら? 帰って来る頃には多分大丈夫だから」


「……わかりました。お願いします」


 琉奈には軽く頭を下げ、月華には手を降ってから階段を降りる。

向かうのは、イザヨイという人物がいる『金鳳流』道場だ。

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