「妖刀、跋扈」02
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――闇夜に浮かぶ血染めの月。
「――――お前に昔話をしてやる。オレを持つのに必要な知識だと思え」
それは空に輝く月ではなく、刃に落とされた偽の月。伝って落ちる赤い滴が、目の前に広がる惨状を物語っている。
無残に転がる、肉、肉、肉。
ただの塊となってしまったそれらはもう何も語れない。
「せっかくだから聞かせてもらうよ。その後、僕の事も……まあ気が向いたらね」
返り血を浴びた顔を優しく笑みの形にする雹。これが、本当の笑顔だ。
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――時代は鎌倉に幕府が開かれる以前に遡る。
この時代にも裏の世界で蔓延る者が存在し、人間では到底太刀打ちする事が不可能な異常な力で争いを続けていた。
特に、その年は酷かったという。
人間が多くなってしまったこの現状を許すまじ、と普段は共に行動する事を嫌う魔物たちが手に手を取り合って各地に被害を齎していたのだ。
ある村では食糧が奪われ、またある村はで理由も無く惨殺が始まった。
そこで漸く人間達もこのままやられる訳にはいかないと魔術師に協力を依頼。だが、魔術師側は今まで世間から拒絶されていた身であった為、その溝が埋まる事は難しいと見られた。
助けたいのは山々であったが、何よりも誰かに使われる事は矜持に傷を付けるのだ、と。
しかしその大きな溝は、ある出来事により一瞬で埋まる事となる。
きっかけは本当に些細な物だった。
一人の刀工の青年が、立ち上がったのだ。人々の醜い争いに辟易した青年は、たった一人で魔物の軍勢の中に突撃したのである。
その時代、絶大な力と数を有していたある種族の一派の長を討滅、その魂で一振りの刀を制作。後に妖刀と呼ばれる、封牙だ。
「――――負けたのなら仕方ない、オレの力を貸してやる……オレを使ってみせろ。だが、ただで使われる道理はないがな?」
黒い刃に黒い柄。全体が黒で纏められた、漆黒の刀。
するとどうだろう。この青年で勝てたのだから自分達ならば余裕だろうと、彼から封牙を奪い、自らがこの戦乱を鎮めてみせると手柄の為に奮起し、多くの命が散る事に。
青年の思いとは方向性が違ってしまったが、それでもきっかけを作ったという事実は揺るがないものであった。
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「……だからオレはアイツに言った。手前の始めた戦いだろ、手前で終わらせろってな」
妖しげな光を放ちながら、自分の過去を打ち明ける。その身に刻まれていた凄惨な過去を。
「へぇ……君、以外に優しいんだ? 妖刀って呼ばれるくらいなんだから、僕みたいに血に飢えてるのかと思ったよ」
「はっ! あん時はまだ造られたばかりだったからな。少なからず人間に期待してたんだよ、きっとな……話が逸れたか。戻すぞ」
遠い過去を、自らの目で見た真実を。
封牙は、捻じ曲げられた歴史に苛立ちながら生きてきたのだ。
たとえ持ち手がすぐに喰われようが、真実を知らせたいという気持ちがあった。何故だろうか。
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青年はまた大きな力を持つ魔物と戦った。
だが、その相対した魔物は人間に荷担したいと申し出たのだ。何でも昔の恩があるらしく、この醜い争いを終わらせたいとまで言った。それこそがまさに彼の求めていた力。
その言葉を信じ、青年は一つの提案をする。
一緒に戦ってくれないか、と。
「ああ、良かろう。我、汝が為に……」
封牙と同じように魂から一振りの刀を。
封牙を造りだした時とは正反対の、純白の刃。
――宝刀、白銀。
この世に生み出された妖刀と宝刀、それぞれが戦場で活躍すればする程、人々は二つの力を求め始める。
それから数年か経過し、漸く人ならざるモノ達との戦乱が幕を閉じた。
白銀は最後に使った青年が承る事になったが、いくら探しても封牙は見つかる事はなく、二度と青年の手に戻って来る事もなかった。
封牙は闇に葬られた、それが人々の作り上げた、嘘の歴史だ。
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「君は結局どこに隠れていたんだい? 葬られたっていうのは嘘だった訳だし」
新たな獲物を切り刻み、浴びた血を舐める。封牙も、その血を吸っているように見えた。
「さあな。オレ自身、あの後どうなったか覚えちゃいない……最近になって、あの真っ黒い兄ちゃんの術の中で目覚めたんだからな」
「真っ黒いって君が言うか……」
真っ黒い兄ちゃん、騎士長の事だろう。それしか考えられない。
「……なあ、オレはこの世にまだ在るっていう白銀とやり合いたいと思うんだが……本当に、その坊主の息の根止めたのか?」
「止めた、はずだよ。心臓を貫いたんだからね。生きていたら……殺しに行くだけさ」
新たな獲物を探しに街の中を走り回る。
これで六人目だった。
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