「渦巻く陰謀と青き殺戮者」31
「終わりだ。その命で、償え……ッ――!」
振り下ろそうとした、その瞬間。陽の視界が不自然に揺らいだ。目眩のような感覚、焦点が定まらない。霞掛かった視界に映る雹の姿はまるで靄だ。位置が少しでも逸れてしまえばこの一撃は無に帰す。
頭に血が上った事に因る立ち眩みなどではない。それよりもこっ酷い脱力感が――
(――――これはチャンス、なのか? ならばどうする……動くか、この身体……ああ、ああ、まだ負けていないか!!)
雹はその異変に気が付いた。僅かな瞳の揺らぎ、腕の動き。この機を逃す訳にはいかない、と痛む右肩を無視して立ち上がり、蹴りを見舞う。
蹴りは見事に陽の腹部に命中し、目眩と重なったのか、弱弱しい一撃であったにも関わらず片膝を着いてしまった。
「フ……ハハハハ! やっぱり、君は僕には勝てないんだよ。まるでさっきと逆だねぇ。ドラゴンになったところで体がついて行けてないみたいだからね。僕も最初はそうだったよ? 人の体を定着させるのにかなり時間が掛かった……だから、定着する前に終わらせよう」
「良いのか……? そんな、ヒントを渡して」
「問題ない。だって君は……ここで死ぬんだから!!」
残った左腕で右肩の血を拭う。
拭うと言うより、故意に付着させているのに近い。
「見せてあげるよ。僕が死に物狂いで手にした最大の魔術を」
血の付着した指先を、円を描くように一回りさせる。すると、何もない宙に円が出現、雹の指先のなぞる通りに魔法陣が描かれていく。
「“凍血の殺戮者の名の下に集え、殺されし魂たちよ”」
描きながら、一言一言丁寧に呪文を唱える。
「――なんだってんだ……あと一歩、一振りだって言うのに……俺の身体が、負けてる……? 動け……白銀、力貸してくれ」
「既にやっている。お前の肉体に魔力を送っている、が弾いてしまっているらしい。回復の時間も足りない。……精々防御魔術を形成するのが限界だ」
「なんだそれ……まるで俺が――」
白銀を杖代わりに、無理矢理足を進ませようとするが、今、自分が進んでいるのかすら分からない。
それでも、足を動かす。
「“此処に氷の世界を築き上げよ……凍結世界”」
左腕を魔法陣に差し込み、目を閉じる。足元から凍りだし、すぐに陽の居る場所まで達する。
この魔術の発動条件、死者の魂と自身の血液。殺す事が生きがいの雹にとっては一番使い勝手が良い魔術だ。殺した数だけ威力は上がるのだから。
「ああ、ちなみにこの魔術は十回も使ってないんだよ? リセットされちゃうからさ」
そこまで追い込まれた事が無いからだ。先手を取って対象を倒すか、徹底的に、一方的に虐殺するかしか無かった。つまり、かなり追い詰められているという事でもある、しかし雹はこの大魔術を使用して、不安が消えたのか笑顔が戻っている。
「君が大人しく捕まってくれたら、この魔術使わないで済んだのに。そもそもあの炎燈に捕まえろ、なんて無理な話なんだけど。まあ、僕だって捕まえる気はさらさら無いけどね」
先日陽を襲いに来た『永遠の闇』の一人、炎燈を馬鹿にする。仲間意識などはない。
「……言いたいのはそれだけか?」
治まることのない目眩。辛うじて動かせるのは口と足。
「うん。それだけ。……“最期”に一つ」
ゆらりと雹の居るであろう方向に顔を向ける。
「もし。もしだよ? 今、ここで僕が君を殺し損ねたとしようか。それは君が僕の最大の魔術を避けた、もしくは防いだって事だよね」
笑いながら言い、足で床を叩く。陽の周りには、無数の、先が尖った氷。先程の氷の剣なんて、非じゃない量だ。
「――その時は、君を完全に殺す。肉塊すら残さない。魂さえも消してみせる」
「やって、みろよ……」
「それじゃ……サヨナラ」
その一言を言い終えると、意志でも持っていたかのように陽の体を串刺しにしていった。
「届かない……この、腕が……!」
一瞬光に包まれ、陽の姿が人の物に戻る。その体には無数の氷が突き刺さり、血が流れている。見るも無残な光景だ。
「……アハハハハハ!! ハハハハハハハハハハ!!」
雹の嘲笑う声だけが木霊し、陽の意識は次第に薄れていく。
そして、完全に途絶えてしまった。
~龍と刀~
第2章「渦巻く陰謀と青き殺戮者」 終




