「龍の名を冠する少年」05
夏の熱烈な太陽光はアスファルトにじわじわ吸収され、熱が上からも下からも襲い来る。そんな暴力的なまでに威力の高い通学路を陽は気怠そうに歩いていた。これが巷で噂の地球温暖化というやつなのだろうか。
陽の自宅から学校までは時間にして約三十分。自転車を使えばその半分で着く事も可能だが、わざわざ自転車を倉庫から引っ張り出すのも億劫に思った陽は、仕方無く歩いての登校を選択している。手入れも使用もしていないので埃まみれで蜘蛛の巣も張っているだろう。触りたくもない。そして、そんな陽の横を集団で駆け抜けていくのは小学生。
「……良くはしゃいでられるなぁ……学校って言葉を発するのも嫌なのに、どうしてそんな風に楽しそうに登校出来るんだよ……」
先程から溜め息ばかり吐いている陽は、言うまでもなく、見ての通り、学校が大嫌いなのである。それもそのはず、諸事情によってひたすら剣術に励んでいたため、学校という存在すら知らなかった。初めて知ったのは、『金鳳流』への練習試合を行った時の事。当時小学五年生の月華に教えてもらったのだ。衝撃の事実を。
『陽ちゃんは、学校のお勉強で何が好き?』
『……ガッコー? なんだ、それ? いや言葉は知ってるけど』
この会話を経て、陽は学校という存在を知ったのだが、不思議と行きたい、とは思わなかった。理由の一つとしてはこのようなものがある。剣術を習うために必要となる文字についての知識は、並大抵の大人よりもあった。読み書きも当然出来る。しかし、数の計算やら戦う上で特に要らないと判断したものはバッサリと切り捨てて来たので、今でもその考えを変えるつもりは無い。
だが、月華が小学校を卒業した時だった。現『剣凰流』頭首の父がこう言ったのが全ての始まり。
『陽! 学校に行って青春を謳歌するのだ! これは命令なり!』
意味不明な命令を残して、どこかへ行ってしまった。彼は旅好きの自由人。今もどこかを放浪しているのだろう。
「あの時の顔……絶対忘れねぇ。学校なんて、ただの監獄だぞ……」
それ以来陽はその師匠の父の事を恨んでいる。家から追い出し、鍵も付け替え、電話番号までも替えた。月華からは、「お年寄りをいじめちゃダメだよ!」ときつく言われたが、無視している。既に数年音沙汰も無い。
「……生きてはいる。そんな気がするけどな」
投げやりではあるが、陽にしてみればこれが彼なりの優しさなのかもしれない。もし、万が一死んだとあれば一応、葬式くらいはしてやるつもりらしい。失礼だが。
そんなこんなで中学校に入学し、何事もなく――陽の記憶では――卒業。そして、いつの間にか決められていた高校への入学。これは、祖父と校長が麻雀仲間という、明らかに校長が職権乱用を行った結果でもある。なんせ、陽の総合的な学力で月華と同じ学校に入れる訳が無いのだ。そうまでして何がしたかったのか。だが嫌々でも、通うのが陽。月華に頼まれたからというのもある。
混濁する意識の中を歩いているとようやっと校門が見えてきた。そこに立つ人影。
「ん……あいつは、体育の筋肉野郎……って事は……」
緊急時こそ冷静に。人間以上の視力で、学校に取り付けられた時計を凝視。
「龍神ー! あと一分で遅刻だぞ!」
「あれ? いつも通りに出て来たんだけどな……走るか……」
強く地を蹴り、校門まで全力で駆ける。陽の後ろにも何人かの遅刻候補者が居たが、助けてやる余裕は全く無いし、義理もない。何故急ぐのかと聞かれれば、陽はこう答えただろう。
罰が怖いから。
そう。仁王立ちする体育教師は、遅刻となる時間の五分前から校門で待機し、最終的には遅刻者達をメモ。体育の時間に試練という名の罰を与える。それはそれは恐ろしい罰を。肉体的にも精神的にも強烈な刺激を与える。お陰で遅刻者は激減し、その点に関しては学校側も評価していた。やり過ぎないように、それが学校の意向だそうだ。
「五、四、三……チッ」
ギリギリで校門をくぐり、息を整えるためにゆっくり歩く。
「今舌打ちしたよな、あいつ……くそ何でこんなに暑いんだよ……」
遅刻者達が体育教師の前に並び、学年・組・番号を失望感と共に述べて行く。
それを聞く体育教師はとても笑顔だった。




