「渦巻く陰謀と青き殺戮者」29
頭上を覆い尽くすは殺意の星。
「落ちろ!!」
雹の動きに合わせて降り注ぎ、そのついでのようにを破壊の限りを尽くしていく。
結界も効力が切れ始めたのか、学校の外には野次馬が集まっているのも視界に捉えている。だが、陽が取るべき行動は結界の保護などではない。
この邪魔な星を打ち砕き、雹を斬り倒す事である。
だが現状は、飛来する剣を斬っては避け、斬っては避けの繰り返し。避ける動作は最小限に留めなければ、屋上どころか、学校ごと崩れてしまうかもしれない。
そんな思いが陽の動きを鈍らせる。
「くそっ……キリがねえ……! このままじゃ……!」
陽の体には多くの裂傷。止め処なく流れる赤い液体は滴となって床を染める。
「どうしたんだい? 僕はさっきの戦いで少しばかり消耗しているんだけど?」
まだ笑う余裕がある雹。ふわりと軽く宙に浮かぶ。だがその顔には汗が滲み、髪がまとわりついている。
「――陽。お前が怒りに震えている状況であるからこそ、言わせて貰う」
戦闘時にはあまり喋る事の少ない白銀が口を開くときは、大抵が今までの戦闘経験から見て来た、その状況に見合った突破口。そして、使い手に危機が迫っている時だ。
「……なんだ?」
氷の星を斬る手は止めずに、白銀の話を促す。先程はああ言ってしまったが、白銀の助言程重要な物はないのだ。
「……本来であれば、今がその刻ではないのだろう。下手をすれば、教える必要性も無いままだったかもしれない。だが、今であればこそ。我が達彦より託された魔術を使い、お前の中の龍族としての力を解放する」
龍としての力を解放するという達彦から託された魔術。どうして白銀がそのような物を託されているのか、どのような会話があったのか、そのような事は後回しだ。
「師匠、から……? 白銀、何を……」
「なるべくなら使うなときつく灸を据えられていたが……この際、仕方無い。使わせて貰わねば勝ち筋が見えぬ。耐えろよ」
白銀を中心に魔法陣が展開され、それが次第に収束、陽の身体へと馴染んでいくではないか。
生まれる熱量。内側からこじ開けられるかのような錯覚。降り注ぐ氷が身体を貫くが、その痛みすらも軽い程、強い刺激。
腕は止まり、白銀を取り落としそうになるが必死に堪え、歯を食い縛りながらも一個一個撃墜する。
「っ……今の……姿は……?」
――急に思い浮かんだ父親の顔、龍族の肉体。
「ああぁぁあ!! 身体が……熱い……! 聞こえる……咆哮が……俺を呼ぶ声が!」
何かが心臓を叩くのを全身で感じた。それは次第に速くなる。まるで自分が応えるのを待っているかのような。
「達彦……すまない。我はどうも――――術式発動!」
魔法陣は一本の直線となり陽の胸に打ち込まれる。
不思議と痛みは感じなかった。
微かな温もりだけが陽の体を支配する。
「ふー……今更何をやらかすかと思えば……自己強化の魔術じゃないか。悪あがきにもならないよ?」
疲労が強く顔に表れている雹。
これまでに常時使用している魔術は四つ。氷の像、氷の腕、氷の剣、そして浮遊。どれだけ陽が強化しようが追い着けないだろう、と踏んでいるのだ。
「悪あがきじゃねえよ。一発逆転の……突破口だ! ああ、これだ。これが、お前を斬る姿だ!! 目に、焼き付けろ!」
しかし陽は。諦める事は絶対にしない。体中に異変を感じる。変わっていく、という不思議な感覚。本質が、人としての枷が外れる感覚。
視界で捉えている箇所は腕と足に灰色の鱗。短めではあるが鋭利な爪。
全身、このような様になっているのだろう。
突然の体の変化に靴は耐え切れず裂け、爪と鱗に覆われた両足を曝け出す。腰の辺りには尻尾まであるではないか。
「……そういえばドラゴンだったけ? すっかり忘れていたよ」
「俺は忘れた事はねえ。自分がこうなった事には驚きだが――」
ふと、白銀に自身の姿を映してみた。首元まではしっかり変化しているようだ。顔の左半分はなりかけなのか、縦に一筋だけ、その予兆が見られる。
これが、陽の龍族としての姿。




