「渦巻く陰謀と青き殺戮者」19
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慈悲など無かった。ただ告げられたのは自分への処分という結果。言い渡されてしまってはさすがの陽でも反論する事など出来ず、気が付けば自宅前である。我ながら良く無心で歩いて来れたものだ。
「ふーっ……」
何故ここまで意気消沈しなくてはならないのか。学校に行かなくたって雹を警戒する方法はあるはずだ、とどうにか頭を切り替えていく。
家に入ると真っ先に向かったのは台所。食器棚から適当なコップを引き抜くと勢い良く水を注ぐ。溢れているのも気にせず、冷たい水の感触で火照った手を冷やすように。数十秒それを見詰めて気が済んだ頃に一気に飲み干す。
「はぁ……なんか違うんだよ……わっかんねえなぁ……」
怒りの矛先は不明瞭。ぶつける相手が分からないし、そもそもこれは怒りなのだろうかとまで思ってしまう。冷静に考えると、何か意図を感じるような。
扉が壊れている事はすぐに見付かるだろうが、そこに陽の名前が挙がるはずはない。あの場に居たのは自分と雹。ならあの雹がわざわざ――
「っと電話……」
椅子に深く腰掛け思案していると無機質な電子音が太ももを叩く。ポケットをまさぐって取り出すと、そこには見慣れた名前。
「もしもし先輩? どうしました?」
『やや……もっと怒ってるかと思ったんだけど予想外だったね~。元気?』
声の主は幸輔だった。そして軽妙に口から漏れたのは衝撃の事実、のはずだったが陽も薄々感付いていたのだ。幸輔が絡んでいるとは思わなかったが。
「やっぱりそういう……どういうつもりなんです? 俺が離れるだなんて――」
『それね。うん、協会の意向だよ』
普段の間延びした声ではなく、至って真面目な。陽の言葉すらも遮って、続けた。
『いつもみたいに書簡なんて送ってる暇が無いみたいでね。早急に手を打とうって』
「……それで?」
『とりあえず、龍神に離れて貰う理由は龍神自身の安全確保。それと周りへの配慮。こっちは性格の問題だよ』
容赦無く、陽の悪い点を突いてくる幸輔。しかしこれは反論すべき話題ではない。気に食わないのは事実だが、ここは甘んじて言葉を受け取ろう。
『まあずっと家に引き篭もらせるのも無理だろうからって手伝って貰う事は用意したよ』
「仕事ですか」
これまた事実。ならば用意された仕事だけはこなしてやろうではないか。
『そ。今週の土曜日の深夜……“仕掛け”を作ろうってね』
「……?」
『来ればわかるよ。これはまた追って連絡するから』
「わかりました」
『伝えるのはそんな感じだね~』
“仕掛け”とは何なのか、釈然としないが承諾。
平坦で事務的な声色を終了したらしい幸輔は、またいつものようにゆったりとした口調で陽との会話を再開する。
『まあ謹慎処分にはなってるけど書類上からはあとで消すから安心してね~』
「捏造っすか……」
『そういうお仕事ですからね、ボクらは~。それじゃあゆっくり休みなよ? せっかくのお休みだ有意義に! じゃ!』
明るい調子のまま電話を切られると、こちらも暗いままではいられないなという不思議な気持ちになってくるではないか。張り詰めていた心が少しだけ解きほぐされたような。
「……あれ、また先輩だ」
切ったかと思ったのが、再び着信が。
『ごめん、言い忘れ! 居ない間は学校に居る魔術師でどうにかするからね~』
「先輩以外って大丈夫なんです?」
『そこは信用しなよ? それにいざとなれば“ウチ”もあるし、月華ちゃんのとこもあるんだし~。それじゃあ今度こそ切るよ? 切るよ?』
「俺は別にいいですけど。大人しくしてますから」
そんなに心配しなくても、と内心思いながら電話を切る。
「そうまで言われたら……仕方ねえ休むか」
たまにはこの緊張感を切ってしまっても構わないだろうか。少しだけ軽くなった足取りで自室へ向かう。
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