「渦巻く陰謀と青き殺戮者」17
他愛もない会話を続けて玄関に差し掛かった頃。ふと、前方から気配を感じ取った。そうは言うが別に敵の気配でもなんでもなく、向こうから人が来るんじゃないかなという予測。
陽だけなのかもしれないが、どうも曲がり角があると死角から何かがやって来るのではないだろうかとつい第六感にも似たものを発動してしまうのだとか。
お陰で他人とぶつかる事はなかったりするので、ある意味では便利な感覚。勿論急いでいたりすると通用しない事も多々あるが。
「……」
その直感に従って方向を変えると、案の定人影が見えた。教師だ。確か生徒指導の。無駄に強面で上から目線も甚だしい、陽の一番嫌いなタイプの教師である。さっさと立ち去ってしまわねばなるまい。
「っと龍神か? ちょうどいいところに居たな。ちょっと来い」
「嫌です」
その緩みきっていた顔に力を込めると陽を連れ去ろうとするではないか。しかし陽はそのような圧力には屈しない。たとえ相手が教師だったとしても上だと認めていない人間には――
「い、行かなくていいの……?」
月華が小声で聞いてくる。
当然だろう。この教師は一応は生徒指導の名の下に職務を行っており、それに抗う事は一般生徒には到底利益のあるものとは言えないからだ。本来であれば二つ返事で彼の者の後を追うのだろう。
「……何なんです? 俺帰るんですけど」
「心当たりはないか?」
「無いですね」
「立ち話もなんだ。兎も角生徒指導室に来い。本当は明日にするつもりだったんだが」
「……」
――屈する訳にはいかないのだが、月華に心配を掛けるのは嫌。であれば渋々、渋々従ってやろう。まったく心当たりも糞も無いのだが、譲歩に譲歩を重ねて付いて行ってやるとしようか。と、とてつもなく尊大な態度で進路を変える陽。
「わかりましたよ。行きゃあ良いんですよね」
「ああ」
陽を確保出来た教師は満足そうに来た道を戻って行く。向かう先には生徒指導室。応接室の小さいバージョンとでも言えば良いだろうか。素行の悪い生徒が集められたりする部屋だ。
「しゃあねえ……月華、先帰ってて良いぞ。いつ終わるんだかわからねえし」
「う、うん……それじゃあ先に行くよ? 一応聞くけど、何もやってない?」
「俺には記憶ないから大丈夫だろ。過去の事引っ張り出されるんなら知らねえけど……何もやってねえなあ」
心配そうに目で訴えかける月華を宥めるにはこうやって言葉を掛けるしかない。今のところ、陽には心当たりのような物は――
「……」
――あるとするのなら。もし、仮にこれが原因だとしたら。あり得ない話ではない。まさか、とは思うが。
「陽ちゃん?」
「いや気のせいだろ。行って来るわ」
ぱたぱたと背中越しに手を振りながら月華を置いて進む。杞憂であれば良いが、と一つだけ心に引っ掛かってしまった棘を気にしながら。




