「渦巻く陰謀と青き殺戮者」16
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――三日は経過してしまっただろうか。氷室雹という存在がクラスメイトとして認識され始めているという事実のお陰で陽のストレスは常に臨界状態。毎日顔を見る度にあのイカれた頭を落としてやろうと思っている程である。これではどちらが悪人なのか分からないが。
せめてもの救いは雹自身が話し掛けて来なくなったという事である。他のクラスメイトが率先して話をしているというのもあるのかもしれないが、少なくとも近付いて来ないのは良い事だ。
常時気を張っていなければならないというのは精神衛生上よろしくない気はする。
「あああーくっそ今日も終わりやがったか……」
鳴り響くのは終業のチャイム。これ程学校が終わってしまう事が悔しいと感じてしまうのは初めての経験だった。後方では何やら遊びに行くような話が聞こえているが当然そこには混ざらない。
何もせず、まるで“本当の学生”のように振舞う雹。まさか本当に、学生生活を楽しみたかったのだろうか? 確かにここに来てからというもの襲撃やらの話は耳にしていない。あくまでこの街の範囲内では。他所ではまだ続いているらしいが、さすがに管轄外の問題には手を出せないのが現状である。
「……」
雹を含め、クラスメイト達がぞろぞろと部活や帰宅に向かう中、陽は一人思った。
「んだよ……俺が仲間外れみたいになってんじゃねえか……」
確かに不満オーラを全力で噴出させているが、何もここまで露骨に避けなくても良いのではないかと。それすらも今の陽の琴線には深く響く。ちょっとした弾みで引き千切られてしまうような、弱さ。自分でも分かっている。
協会側からも通達があり、事情が判明するまで手は出すな、と念入りに釘を刺されてしまった。逆らうのは出来ない訳ではないが、今後の事を考えてやらない。代わりに監視はしっかり行うとも言っていたし、と心に言い聞かせる。
「よーぉちゃーん」
しかし、こんな状態であったとしてもいつものように接してくれるのが彼女だ。
完全に放心状態の陽の目の前で手を振り、必死に語りかけてくれる。
「月華か。どした」
「どした、じゃないよ。もう皆帰ってるんだよ? 行かなくていいの? ここ学校だよ?」
「……そうだったな。帰るか」
「はぁー……私は何があったか聞かないけどぼーっとしてたらおじいちゃんになっちゃうよー。こんなに眉間に皺作っちゃって」
すっかり痕の残った眉間を伸ばすようにこねくり回す。普段であれば払いのけるのかもしれないが、今日に限ってはそうしない陽。心ここに在らずとはこの事を言うのであろう。
「生きてる?」
「辛うじてな」
「それならいいや。早く立って歩きましょーほらほら」
「わかってるって……」
漸く重たい腰を上げた。そうだここは学校だ。一刻も早く立ち去ってしまわなければ。いつの間にか二人きりになってしまっている夕焼け色の教室。眉間に残った柔らかい指の感触を思い出し、気恥ずかしくなったらしい。
鞄を肩に掛けると逃げるように退室するではないか。ほんの少しだけだが、気が紛れたとでも言っておこうか。
「陽ちゃん、早い。ゆっくり!」
「あ? さっき早くって言ったろ?」
「さっきはさっき! 今は今なの!」
「めんどくせぇなぁ……」
口では言いつつもしっかり待っているのが陽である。そんな陽に追い着いて並ぶと顔を覗き込んで笑顔になる月華。
「お? 調子戻った?」
「俺はいつでも絶好調だぞ」
「ふふっそういう事にしとくねっ」
確かに、先程よりも断然楽になったはずだった。




