「渦巻く陰謀と青き殺戮者」14
そうだ。敵対してしまったのならば。目の前に敵が居るのならば。
――倒さなくては。
これは使命感のようでもあり、この体に、精神に刻まれているような感覚。逃げるのではなく、戦う。真っ向からぶつかって、悉くを打倒する。それこそが自分の在り方。この体を流れる血の宿命――
「……!」
幽鬼のように一歩を進め、次の瞬間には腕が伸びる。そこに情けなど一切存在せず、腕力だけでなく魔力すらも込めて打ち込む。手は出さない、などと頭では考えたがそんな事は到底無理だ。
拳に伝わる生温い感触。風すらも断ち切って放たれた一撃はものの見事に雹の腹部へと吸い込まれた。顔を殴らなかったのは人の形を取っている、という意識があったからか。
「いったぃなぁ……」
腹部に突き立てられた腕を掴む。尋常でない熱量。自分の手が冷えている、という訳ではなく、実際に熱い。まるで炎のように熱い腕――否、どうも掴めていない。紙一枚分、はたまたそれ以下には離れている。
「これが、君の魔力量の成せる業っていう事かな?」
「……」
お互いに魔力を介した戦闘であればこのような事態にはならないだろう。何故ならば魔力を込めた魔術には相克の関係性があるからだ。反する属性が衝突、打消し、混ざり合うという反応の中で相手に攻撃を加えている。
だが今回は違う。ただ純粋に内に秘めた魔力だけを放出しているのだ。そこには何の術式も乗っておらず、属性すらも無い。肉体を強化する物も、熱さに関連する火気の魔術も発動せず魔力そのものを武器として使用した。
「何が目的だ」
掴もうとしていた腕を振り払い、距離を取る。殴った感触はあった。しかしあれは、人間のモノではない。先程の威力を通常の人間が受けていたのならば恐らく貫通すらしてしまうだろう。
拳に返ってきたのは筋肉や骨とも違う堅さ。
「知ってるでしょ? あの赤い猿から聞いてない?」
赤い猿――先日陽を襲撃した炎燈の事だ。彼が言い残した言葉は忘れていないし、忘れられない。しかし、陽が聞いているのはどうやらその件ではないらしい。
「それは聞いたしそれについては答えたはずだ。だから俺が聞きたいのはそれじゃねえ。何でここに居るのかって話だ」
「ああ、そっちかい? そんなのは簡単さ」
陽の拳の形に凹んだ腹部をぱたぱたと払いながら雹は笑む。不敵に。整った顔を不気味なまでに歪ませるかの如く。まるで別人だ。口の両端を吊り上げて歯を剥き出しに、鼻の頭、眉間や目尻にもくっきりとした皺を寄せている。
だがそれでも、“笑っていなかった”。
「ついでに君の精神にも苦痛を味わって貰うためだよ」
残酷に、告げる。呼気と一緒に漏れるのは冷気。春だというのに彼の周りにはダイヤモンドダストが舞っている。禍々しく煌めくそれに込められているのは狂気――




