「渦巻く陰謀と青き殺戮者」13
学校は大の嫌いだが、この屋上だけはそれなりに気に入っている場所であった。
ほとんど誰も来ないし、何よりも見晴らしが良い。自然こそ少ないのだが街中の喧騒とはほんの少し離れているお陰で雑音も少なく、気分を落ち着かせる為にはそこそこ有用な空間だ。
「ああー……らしくねえな……」
所構わず怒りを振り撒こうとするなど我ながら冷静さを欠いていた、と反省。邪魔する物が無い屋上の風はそんな陽を叱咤するかのように強めに吹き付けている。
格子状のフェンスに凭れ掛かり天を仰ぐ。落ち着け、落ち着け――と頭に言い聞かせているのだが、どうしても心はざわめく。
敵が目前に迫っているというのに手出しする術が無いのに人質でも取られているかのようで気分が悪い。否、事実上は人質のつもりなのだろう。もし陽から仕掛けてしまえば、ついでに周囲を標的にしてしまうはず。
「……」
頭の中とは正反対。行動に打って出るのが自分の体。この気持ちをどうにかするには、やり場の無い力を振り回してみるのが手っ取り早い、と目に付いたのは貯水タンクへと上がる為のステンレス製のタラップ。
あくまでもタンク点検用なのだろうが、時折登ってくつろぐ生徒が居るとか居ないとかの噂があるそれ。手入れをあまりしていないのか、錆びにくい金属で有名なステンレスであるが所々に錆びが浮いて見えているではないか。
「使えるかな」
無表情のまま陽はそのタラップに触れる。丸くて“いい感じ”の棒だ。滑るのが少々気になるところだがこの際文句は言っていられない。
まずはステップ部分の片側を一思いに――
「我ながら良い斬れ味だ」
――得意の水気魔術で切断。躊躇は無い。それから上を、丁度良い長さで。
陽の前にあった事を悔やむだろう、このタラップは。しっかりと溶接されているお陰で片側を失くしたタラップでもそれなりの形は保っていた。使えるか使えないかで言うのなら、使えないだろうが。
残念だが、今の陽はそんな事にまで頭は回らない。
「こんなもんか……ッ!」
手中にあるのはステンレスの丸棒。ずっしりとした重さと、ひんやりとした冷たさ。こうなってしまえば既に陽の武器になったも同然。
その切れ端の棒をまるでいつも白銀を振るうかのように。振り上げて、振り下ろす。剣筋の乱れこそ心の乱れ。常人が見ていても解らないとは思うが、陽本人にはしっかりと感じ取れている。ほんの数ミリという単位だ。一直線に振るう事が出来るまで、ただひたすらに集中。
空を裂くのはいつもより鈍い音。殴り付けるかのような音だ。腰を落とし、体が覚えている剣術を体現する。
舞うように、しかして凛々しく、雄雄しく、猛々しく。一息、一振りに渾身を込める。この渦巻く気持ちそのものを打ち砕くかの如く。
「――やあこんなところに居たのかい?」
――嗚呼、やっぱり、こいつは。
「授業に遅れるよ? まああれだけ怒りに打ち震えていればそんなの耳に入って来ないんだろうけど」
――鬱陶しい奴だ。
「雹、とか言ったな。本当の名前かどうかなんてのはどうでも良い。面倒だからさ」
ならば、どうすれば良いか。今の今までの思考すらも邪魔しに来たのか。せっかく心を落ち着かせて距離を置いて観察しようとまで思い至りそうだったのに。
「一発と言わず、殴らせろ」




