「龍の名を冠する少年」03
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『俺達……いや、俺のせいだ。 本当にすまない……だから、こうするしか』
ひたすらに強くて、幼いながらに常にこうありたい、こうあろうと目標にし続けてきた父親の頬を流れる一粒の無色透明の液体。それが涙であると気付くのに大した時間は必要無かった。
そして、普段は人間の姿でいる父親が、初めて見せた龍族としての姿の一部であり、最後に見せた弱気な姿。ひとたび視界に入れただけで、脳裏に焼き付いてしまった。
『ごめんね、陽……ごめんなさい……』
いつもいつでも笑顔を絶やさずに、陽と父親を支えてくれた母親。彼女も大粒の涙をこれでもかと流し、時間が許す限り、陽を力一杯抱き締めていた。
隠れている茂みの外では、血相を変えた、人間ではない者達が手に武器を携えて辺りを見回している。
彼等は父親と似たような姿をしていた。半人半龍。
龍族はその巨体故、完全に自身の姿を取り戻して活動する事は少ないのだ。感情が昂ぶり、魔力を高めた時に鱗や角、牙を顕にする。制御しなければ辺り一体は火の海か、はたまた焦土と化してしまう事すら容易い。人間界との交わりの多くを捨てた彼らなりの配慮。
この時六歳の陽には、何が起きているかなんて分からなかった。分かるはずもない。だが一つだけ、分かった、分かってしまった。理解したくも無い事実を。本能的に感じ取った。
この生活が、終わってしまうのだと。
その後の記憶は、途切れ途切れに、朧気にしか残っていない。自分で消したのか、もしくは辛い記憶を封印したのか。
そして、気が付いたら知らない男が横に居て、こう言った。それを今でも鮮明に覚えている。
『そうだ! 剣を教えてやろう。 君なら、きっと立派な剣士になれる! どうだ? やってみないか?』
何を根拠にそんな事を言われたのかは、知らない。ただ、言われた通りに剣を教わり、自分が龍と人間の混血である事をその際に知った。あの後両親がどうなったのかは、聞いていない。聞いたところでどうにか出来るはずがなかったから。
それから数日間魔剣術協会へ連れて行かれ、似たような境遇を持った子供達と何人も会ったが、陽は誰とも一切の会話をする事が無かった。する必要がない、と割り切っていた。
「仲間を持てば、この傷は無くなるのか? ……失くすのが怖いんだ……誰かを……」
陽はこの一言を残して、また剣術に没頭する毎日を送る。幼い癖にやけに擦れていて。更には混血で、という理由で邪険にされつつも。
「……」
一振り。
この記憶を根本から忘れ去るために。
剣術を極め、父親のように強くなるために。
「……ッ」
また一振り。
こうしていれば、いつか両親が帰って来てくれるのでは、あの、家族だけの楽しい時が戻って来るのではないか。
「……!」
そう、信じて。何度も何度も。
淡い希望と僅かな願いを握り締め、幼い心には重すぎる程の荷物を抱えて、陽は剣を振るう。
ただ、ひたすらに。
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