「渦巻く陰謀と青き殺戮者」02
「それから……もう一つ。頭首様個人を狙う目的ですが……これは全くと言っていいほど情報がありません。何故こんな大組織が一個人を狙うのか、しかも捕縛という単語が気がかりですね……何か思い当たる節はありませんか?」
思い当たる節、と言われても陽にはそんなモノ一切ない。あったら単身でも乗り込み、壊滅に至らしめる。実力行使、それこそが陽のやり方だ。しかしいつでもそれが通用するはずがない。たまには頭も使おう。もしかすると、と陽は思い直す。
「あるとすれば、強いて言えば白銀……かな? 銀の宝刀って言われてるくらいだし、欲しい奴にとっちゃ喉から手が出る程欲しいんじゃないか」
部屋の一角に置かれた白銀に視線を移す。鞘の無いその姿こそが白銀の特徴で、刃は永い時を生きていても、まるで輝きを衰えさせる気配は無い。宝石のように豪華で、美術品のように繊細な刃紋。どれだけの叡智と技術を掻き集めても再現不可能な刀。
故に魔術世界に於ける銀の宝刀という異銘。
「確かに……あり得ますね。白銀様、あなたは幾度となくその御力を狙われたという過去をお持ちです。今回もその線は大いにあるとお考えでしょうか?」
小鳥は刀である白銀でさえ敬称を付ける。それだけ永い時間を生き、数々の歴史を創ってきた物だからだ。むしろ白銀にタメ口を使うのは、白銀を持つ者に与えられた特権でもある――というのは陽の解釈――。
「一概に無いとは言い切れぬ……だが、今回の騒動が我を狙った物であるならば、陽の捕縛という目的は意味を成さない。つまり、これはほぼ間違いなく陽を狙った物ではないかと我は考える」
「そうですか……」
小鳥はさも自分の事であるかのように落胆を見せる。
「これは憶測に過ぎん。貴女が気負う事ではない……むしろ陽が気負うべき課題であろう?」
「いえ、私共は全ての術者様の安全を気負う必要があります。仕事でもあり、使命だと思っております……申し訳ありません。勝手な事を」
小鳥は白銀に一礼する。その小さな瞳の向こうには、もっと大きな物を映しているようだ。
「課題か……そんな軽いもんで済んだら楽だけど」
陽は吐き捨てる。一番危機感を感じていないのは、当の本人なのかもしれなかった。得体の知れない相手。恐怖はあるが、それよりも謎の方が多い。
場の空気が重くなる。沈黙が痛い。
「と……そろそろ時間のようですね」
ノイズがかかったような声を出したのは小鳥だった。念波の時間切れが近いらしい。
「ああ、最後に一つだけ大切なものが残っていました。心して聞いてくださいね?」
「もったいぶられると怖いな……」
「――剣 達彦様の安否。彼は――生きています、確実に。魔力の移動跡が、鮮明に世界中から確認されております。場所はまだですが、最遅でも年内に発見出来る勢いですよ。と、長からの伝言です」
「師匠が……!? 良かった、生きてるんだな……」
行方不明となっている自分の師。その彼の情報だ。恐らく陽の中でもトップクラスに必要不可欠なそれは、心を強く打ったようで今にも立ち上がって探しに行ってしまいそうな雰囲気を醸し出している。それだけ嬉しいのだ。
「今度こそ最後です。これは、私からのお願いです。……あなたにも、必ず、あなたのために涙を流す方々が居る事を忘れないでください。決して一人で先走らないようにしていただきたいのです……それでは、新たな情報が入り次第御報告します。御武運を!」
陽、それから白銀と交互に一礼すると、小さな翼を一杯に羽ばたかせ大空に吸い込まれていった。
「俺のために涙を流す方々か……ったく、今更になって実感が湧いて来やがったじゃねぇかよ……俺が狙われてるんだな。他の誰でも無い、俺が」
右手を不必要に閉じたり開いたり。それは、焦りにも似た不安を和らげるためか。気にしないように振る舞っていた事を思い出すためか。
「……それも良いが、陽。時間は大丈夫なのか?」
ハッと我に帰り携帯を開く。時計が告げるのは十一時。
「『永遠の闇』よりもマズいかもな……これで身が朽ちない事を祈ろう」
前言撤回しよう。危機感が一番少ないのは陽である。
記憶によると待ち合わせは十時だ。軽く一時間程遅刻をしてしまっているではないか。陽の頭に血祭りと言う単語が浮かぶのと、携帯に着信があったのはほぼ同時。
陽の身の危機は現在進行形で、色々な方向からやって来るのであった。
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