「龍の名を冠する少年」28
炎燈の肉体ごと貫いた白銀は勢いを殺す事なく地面を砕き、消え行く炎を鏡のように映し出していた。醸し出す荘厳な雰囲気。凛とした緩やかな曲線が余計に美しさを際立たせる。
「負けか……ああ、負け、だなこいつは……」
口の端から漏れるのは血液、ではなくまるで灰だ。煤こけた粉のような物質を吐き出している炎燈。四肢はほとんど焼失、残されたのは火傷だらけの上半身。近くに転がった戦斧も真っ二つに折れてしまい、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。他に手段があるのだとすれば、自爆してしまうか。
「さすがにどうする気も無いみたいだな……」
「当……前、だ。もう、十分、戦えたからな……大人しく、する」
「なら良いんだ。余計に喋ると消えちまう。人語にも魔力消費してるんだろ」
顔を伝う泥と血の混ざった汗を拭いながら、炎燈を見下ろす。今にも消えてしまいそうな炎燈を。しかしその前に聞いておかなければならない。
「……逝く前に答えて貰うぞ。お前は、『何だ』?」
最短で核心に。陽は炎燈のような種族が人間の言葉を話す為にどれだけの魔力を消費しているのかを知っているからだ。維持するだけでも相当だと聞いている。故に、手短に、だ。
「我らは……っー、答えまい、か。とも思ってしまった、が……それは、後味が良くない……だからよォく聞いておくと、良い……」
途切れ途切れ、精一杯の声で紡ぐ。目を閉じ、全身を襲う解脱感に魂を持っていかれそうになりながらも、ある意味ではプライドのような何かで繋ぎ止めながら。
「そう、名を掲げた、のは幾百年前だった……『永遠の闇』。や、みに身を、置き……い」
「『永遠の闇』……あ、おい……! まだ消えるな!」
「っぅうぅあぁ……残念、だが、こ……上は……」
まるで綿か何かに包まれるような。そんな生易しい物に包まれて良い物かと。これまでの生、散々の悪事を働いてきた。それはもう数え切れない程。だと言うのに、このような充足感を味わいながら消えて良いはずが、無いだろう。
償おう、などとは思わない。人間は嫌いだし、命を奪おうが何をしようが頭を下げてもやらない。
だが、せめて自分を討ち果たしたこの少年には。否、種の頂点に近い龍族には。少しばかりの温情を与えてやっても構わないだろう。あの世とやらがあるのならば、そこで、また。
白銀を引き抜き、すっかり体中が灰になりつつある炎燈へと声を投げ付けるが、一向に反応が無い。まだ微量な魔力を感じる。まだだ。まだ聞き出さなければ。
こいつにはまだ、命を奪った理由を聞いていない。
「おい! まだ聞こえてるはずだ! 答えろ猿! 無関係な人間を襲った理由! このまま消えるなんて俺が許す訳ねえだろ!!」
「……最後に、一つ……だけ……」
「あぁ!?」
感じる。最後だと。もう何も聞こえないし見えない。
「我らの目的は……お前だ、龍神 陽……!!」
発音が正しかったかどうかも定かではない。伝われば良い。あとは、自分の頭で補完しろ――
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