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~龍と刀~  作者: 吹雪龍
第1章
26/68

「龍の名を冠する少年」25

傾き、倒れ。そうなればこの戦いは終結する、しかしそうならない。確かに炎燈の身体は揺らいだ。鮮血を噴き上げ地に伏すのかと思いきや。


「なんだって……」


 踏み止まった。手にした戦斧を地面に突き刺して杭代わりに。それから涎と血を混ぜた液体を口の端々から漏らしながら声を絞る。今にも消えてしまいそうなか細く弱弱しい声。だが未だに戦意の衰えない声を。


「く、くはっは、はァ!! よもやぁ、ここまでとは、な……正直見くびっていた、かも、しれん」


 虚ろで、真っ赤になっている目で陽を捉えて笑む。まだ戦おうというのだろう。

 陽はこのしぶとさに目を丸くしながらもトドメを刺す事を躊躇っていた。ここでこの炎燈の命を奪ってしまえば目的が分からず仕舞い。奪わなければ逃走、はたまた戦闘続行の可能性もある。本心で言うのなら関係のない一般人を巻き込んでいるという紛れも無い事実で一刀両断してやりたい。協会に属する者としては判断は上に任せなければ。

思考はぐるぐると目まぐるしく変化。答えに辿り着く気配を見せない。どうするのが正解か。


「……ふ、む……俺の命も、ここまでと見た」


「……負けを認めるって?」


「そう出来たら良いんだがな! 最後まで戦いに身を置いていたいのだ! それさえ、それさえ叶うのならば!」


 血に濡れた手で陽の肩を掴む。万力のような握力で、逃がすまいと必死に爪を食い込ませる。


「っ……」


 唇を噛み、痛みを堪えながら白銀を左手に持ち替え、振り上げた。逃れるには、腕ごと、落とす。


「“残滓、生命を糧に、喰らえ。我が身を。心を。戦場を創ろう。最果ての戦場を”」


「魔術か……!」


 銀色の光が炎燈の前腕を音も無く斬り落とした。白い骨、赤みがかった肉の断面。滴る粘性を持った血液。陽は自身の肩を掴んでいた腕を引き剥がすと、魔術詠唱を行っている炎燈の顔目掛けてそれを投げる

 しかし。投げられた腕は空中で崩れ去るではないか。火の粉となり炎燈へと吸収されていく。

 魔術の発動を予期した陽。後方へと引き下がるも。


「な、なんだ……?」


 背中側。地面を突き破って顕現する炎の柱。それが立て続けに何本も。まるで自分達を取り囲むように。天高く伸びるそれは上空で折れ曲がり、生えてきた他の柱と融合。これは、言うなれば炎のドーム。凄まじい熱量を浴びせられ、噴き出す汗。たとえ身体を鍛えていたとしてもこれほどの熱は毒である。短期決戦を狙っているのか。


「西洋には、闘技場なるものがあったそうじゃないか……俺には相応しい、と思ってなァ……」


 斬り落とされた方の腕を庇いながら、炎燈は思い出すように言葉を放つ。見ると、身体の至るところから鮮血、ではなく炎が上がっていた。当然斬られた断面からも。顔の半分、主に左目を燃やしながら。嗤っていた。狂ったように。


「陽、決める刻だ」


「ああ……この暑さじゃさすがの俺でも保たないからな」


 額の汗を拭い、熱で揺らいでいる視界越しに炎燈を睨む。白銀を構え、息を吸う。焼けるような痛みを伴う空気だ。深呼吸、とまでは言わずとも深く吸い、留める。これで、今度こそ決めるのだ。


「……『剣凰流』奥義」


 火に打ち克つのは水。陽の得意な属性でもあった。それを剣技に乗せる。白銀を媒体に魔力を高め、水気を喚ぶ。まるで金属を擦るような高音を奏でる刃。振動しているようにも、鳴動しているようにも見えた。


「“熔解せし者の名に応じよ。闘争に生きた者よ。顕現せよ”」


 最後の呪詛だ。今後一切口にする事は無いだろう。それは自分にも解っていた。故に、この名に恥じぬように盛大に、満足しよう。この身の全てを以って。

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