「龍の名を冠する少年」24
落下する速度が上がる。視界の端にはまだ倒れようとしない炎燈の姿と、小さく舌を伸ばしている真っ赤な炎。追撃だ。考える時間も回避する術も無い。
陽の右腕が上がった。頭よりも身体の感覚を重要視。
「白銀、ちょっと……ごめん!!」
自分の腕が上がってから気付いたのだ。これから行う動作を。剣先を真下に向け、肩から指先にかけて力を込める。純粋な腕力だけでなく魔力による強化も含めてだ。圧力によって浮き上がる血管。痛みすら感じる。受けた傷からの出血も見られたが、無視だ。
「ん――?」
踏ん張りは効かない。ならば上半身で出来るだけの全力を。白銀の声が耳に届いた頃にはもう遅かった。残ったのは腕の痺れ。手元に白銀は……無い。
「いっっけえええぇ!!」
銀色の剣閃が文字通り、空を斬る。風を斬り向かう先はすっかり崩れてしまった社。そうだ、投げたのだ。白銀を。本来であれば手から離すべきではない代物。それを投擲武器として扱った。故に投げる前に謝罪したのだ。
飛来していた炎弾はこの暴力的な一撃で霧散。陽の着地を脅かす物ではなくなった。消せなかったいくつかが顔や身体を掠めたが、ほんの少し熱かっただけである。耐えられない訳ではない。決して。
「ぐゥっ……!」
とてつもない力だ。只でさえ人の身以上の腕力を誇る者。地面へ衝突した刃はまるで爆撃のように辺り一帯に暴風を撒き散らすではないか。当然吹き飛ばされるような柔な事はしないが、この威力ではわざわざ用意した結界の外側へすらもこの余波は届いてしまうはず。それ程までに激烈であった。だからなのか、つい本能的に、視界を邪魔しようとした小石に目を閉じてしまう。
「……っ……!」
その一瞬の隙を陽が見逃すはず無かった。足が着く前に、地面に突き刺さった白銀に手を伸ばし、引き抜きながら宙返り。ぼろぼろと崩れる木片やらを物ともせず、落下から得た速度はそのままに、着地から反転、突進。狙いは既に付けてある。これ以上長引かせるつもりはない。早々に決着をつけなければ、恐らく。
再び目を開けるとそこには既に刃が見えていた。間に合わないだろう。魔術も、何も。息を呑むとはこの事を言うのだろうか。迫り来る刃をただ待つのみ。しかし、だ。まだ方法があった。残っているのだ。この窮地を切り抜ける方法、ではなく、“まだ戦い続ける方法”が。
「ギェアァァアアッッ!!」
白銀の刃はしっかりと捉えた。炎燈の首筋を。先程よりも高く吹き上がる鮮血。身の毛もよだつ獣臭と血の臭いが充満する。返り血を浴びながらも陽は絶対に視線を逸らさない。ほんの少しでも隙を作ってはならないのだ。
叫び声が鼓膜を壊さんばかりの大音声。今回ばかりは相当に大きなダメージになっているようだ。それもそのはず、先程胴体を裂いた時よりも深く斬っているのだから。痛みだけでなく、死に直接関わるような斬撃。
すると、ゆら……、と炎燈の身体が後方に傾いた。
(終わったか……?)




