「龍の名を冠する少年」21
地を蹴ると、砂塵が舞う。小細工の薄い接近戦こそが剣術の本懐であり、『剣凰流』の真髄。剣閃鋭く、炎燈の懐へと潜り込む。これだけ密着してしまえば長物である戦斧の間合いではなくなるからだ。ただの一歩でも陽にしてみれば強力な助走。激しく打ち付ける向かい風もなんのその。重力すら感じさせない軽やかな動き。銀色に煌めく刀身を右下から。風すら切り裂くような一撃に容赦などなく、そこにあるのは攻撃性のみ。一撃で致命傷を与えてしまうのだ。
その動きに炎燈は避ける事すらせず、目を丸くして驚きながら、しかし笑っていた。ぎらつく牙を見せ付けるようにしながら。口の端から漏れるのは、炎か。
「ああ、そうだ。言い忘れていたがなア」
不敵な笑み。見下すような視線を陽に送る。
「こんな形でも、魔術師なんだわな!」
「……っ……!」
視界に映ったのは真っ赤な炎だ。炎燈の口内に、滾る灼熱。この至近距離では直撃は免れない。熱は既に陽の腕に届き、制服の袖を焦がしている。腕を止めるのは間に合わないだろう。熱さに耐え、腕を振り切り、がら空きになった胴体に蹴りを入れてどうにか退避。
遅れて炎燈の口から溢れ出た紅蓮が放たれ、地面を溶かす。触れていたらどうなっていた事か。立ち上る煙が嗅覚を刺激する。
「怪獣かよ……魔術っぽくねえ……」
「魔術なんてそんなものだろう? こうやって人間の言葉も話せるんだぜ? この国だけじゃなくて他の国のもわかるぞ」
「……なんかムカつく。馬鹿にされてる気がする」
ほんの少し焼けた腕の痛みを気にしながら、仕切り直しと言わんばかりに構えを取る。下段に白銀を据え、呼吸を整える。まだ始まったばかり。いつものように、とは行かないだろう。意識を持って、知恵を持って。ただの魔物に成り下がってしまった連中とは違う。目的も素性も判然としないが、それでも一つ決定的な事実がある。
「人の命を奪った。その事実だけは絶対に見過ごせない」
「なら、どうする?」
ケタケタと笑い、手に持った戦斧をまるでバトンのように振り回す。軽々とやってのけるのも人間ではない者の由縁か。
「斬るさ。死なない程度に」
「そうか! そいつは楽しみだ! 所謂死闘というやつだな! 俺が求めていたやつだ!」
飛び跳ねて喜びを表現する姿は滑稽でありながらも、恐ろしい。跳ねる度に舞う火の粉。人のように話はするが、人ではない者。
「戦闘狂いってのは面倒だな……」
「陽、お前は冷静にな」
「わかってるよ。これでも頑張って抑えてるんだ」
白銀からの忠告はしっかりと肝に銘じている。怒りに身を任せる事はせず、あくまでも戦況を考慮しながら戦う。なるべく、なるべく。




