「龍の名を冠する少年」20
吹き荒ぶ烈風に体一つ動かさず。靡くのは血のように赤いローブのみ。そして男は黒い顔の中で妙に目立つ口を開き、こう答えた。
「この世界ってのはどんなものでも魔力が流れてるんだよなあ」
独り言か、はたまた質問か。この発言の意図は定かではないが、この言葉の裏に隠されている物こそが真実だ。
「……それがどうした」
「石ころやら木やら……年季の入った物なら相当な魔力の量と質がある。俺には分かるぜ、お前のその刀もそうだ。だけどそんなもんそこら辺には転がってないしな。簡単に見付かってくれりゃ馬鹿みたいな年数掛けないでとっとと終わってたと思うんだがな? どうもうちの頭は慎重過ぎる」
飛んできた木の葉や枝、石を戦斧の柄で突きながら続ける。
「だけど、だ。それが漸く動き出したんだよ。ついに、やっと、な。待ち侘びてたんだよ俺たちはお前を」
「『俺たち』……? お前らはいったい……」
「だから。魔力を集める方法を変えた。もっと簡単に、早く、量と質を満たすためにな」
「さっきから何を言ってる……? わかるように――」
陽の問いは掻き消された。金属音によって。
「ハッハハ! さすがに奇襲は効かねえか!」
男は笑いながら、先程とはまったく違う声のトーンで言ってみせた。その手に握る得物で陽に斬り掛かりながら。改めて、日の当たった状態で男の手を視界に入れた。そこに在るのは恐らく、人の物ではない。
「お前、なんなんだよ……! いい加減に答えやがれ!」
刃が擦れる度にちりちりと舞う火花を打ち払うように、力を込めて一息に白銀を振るう。仕切り直しである。奇襲から先手を取られるなど自分のペースにはあってはならないのだ。
それを軽く往なし、更に軽い動作で宙返りをしながら着地。低姿勢で戦斧を構え、再び笑う。
「“何”か、って? クックッ……面白い質問だな。そうだな。それには答えてやるよ。よーく聞いとけ?」
戦斧で地面を叩き、声色高々に。
「俺は炎の名を貰った、炎燈! それと、見て分かるように、猿だ!」
切っ先が炎燈の声に反応するように燃え上がる。するとフードも風に煽られその素顔も晒される。真っ黒な体毛に赤みを帯びた肌。釣り上がった両の目に鋭く尖った犬歯。人に近くて、人に非ず。炎燈の言うように、これは猿だ。
「獣族の……なんだ人間に復讐でもするつもりか?そんな事したって何の意味も無いじゃねえか。魔族に成り下がるつもりかよ」
陽にはどうやら彼の動機が分かるらしい。許されない行動をした事には変わりなく、それに対する罰を与える必要があるのも確か。だが、人ならざる者であっても、理由は問うべきだ。特に、彼のように高等な魔術を以ってして人語を介している場合は。問答無用で斬り捨てる者も多く居るだろうが、陽はそうしない。少なくとも自分が人間とは違う部分がある事を承知しているから。
「復讐?意味? そんなもんは必要ないんだよ。俺にはな」
そして炎燈自身も、同じ種族の者たちとは違う事を自覚しているのだ。だからこうしておぞましい方法で人間を襲った。陽と相対している。
「ただ、ただ、戦いたい。強い奴と! この体が燃え尽きるような、激しくて熱い戦いを! 『ここ』に居りゃそれを叶えてくれるって言うから、その代償に働いてるんだよ。戦えればそれで良い。後の事は他の奴がやる」
「そんなに戦いたいのか……なら、負けたら教えろよ。お前の知ってる事を」
「ああ、ああ !良いぜ! 知ってる事ならな! ――さあ始めようぜ龍の兄ちゃんよ……いっぺんやってみたかったんだよ神族に近い種族との本気の死闘ってのを!」
餌を前にした獣は興奮しながら飛び跳ねる。跳ねる度に体の周りに炎が散る。溢れ出した魔力の暴発だ。
「っ――『剣凰流』頭首代理、龍神陽……悪を、断つ!!」




