「龍の名を冠する少年」19
走る、から駆けるに変わったのは目的地が見えてすぐだった。視界の端に映った途端だ。高台の上に見える木々に囲まれた境内。現場となっているはずの場所だ。あそこに居る。きっと。近付いて、更に異様な雰囲気を感じ取った。肌を嘗め回すようなねっとりとした空気。人の気配の無い空間。
「結界か……やっぱり……!」
予想は確信へと。境内へ向かう階段の手前で急停止。見上げて睨むは鳥居の先。ここからでは流石に角度の問題で見えないが、感じるのだ。悪意と魔力を。ここは既に魔術的な結界の内部。ならば全力を出しても一般人に見付からない。石段に右足を掛け、体勢を低くする。
「……はーっ――」
あれだけ走っても呼吸を一切乱さない陽。目を閉じ、深く息を吐いているのは、休憩ではなく準備だ。これから戦場にかち込むための。顔を上げると同時。陽の体が弾丸のように飛び出した。今度は駆ける、ではなく、翔る。頬を叩く風など障害にもならず着地したかと思えば勢いを増し、到底人間の足では壊せそうにない石段に亀裂を入れ、次の着地点へと跳ぶ。そこそこの段数を誇っていたはずの階段を一足飛び、とまでは言えないがおよそ三歩で上がってしまうではないか。
「……!?」
勢いを殺す為に鳥居を潜りながら数歩進むと、まず陽の目に飛び込んで来たのが惨状。無人であるが故にこじんまりとした風体の社。毎年行われる夏祭りがあるお陰で整備は行き届いている。それは周囲の木々も、石畳もそうだ。しかし、今目の前に広がっているのは――
「やっと来たか。随分と待ったような気がするぜ」
――声など陽の耳には届いていなかった。それよりも異常な事態があったからだ。そこらに転がっているのは煤か何かだ。何かを燃やしたかのような痕跡。それだけなら問題は少なかった。怒りの琴線に触れる事は無かったかもしれない。
「お前、ここで何をした?」
持って来てしまった鞄を投げ捨て、懐から取り出したのは式紙。魔術を込めた即席魔法陣。これに魔力を込めると刻まれた魔術が発動するのだ。俯いたまま手にした輝き。顕現するは一振りの刀。凛と輝く刀身に映したのは。衣服、だろう。燃え滓の残る箇所には衣服と思しきモノが風に揺れている。妙な臭いの原因はこれか。
「来てくれないかと思ったぞ。いくら待っても待っても――」
「何をしたかって――聞いてんだよ!」
乱暴に白銀を横に凪ぐ。強烈な陣風が巻き起こり、更には敵の背後にあった社の瓦を吹き飛ばし、破砕する。その行動には陽の感情そのものが表れていた。怒りという単純で純粋な力。これでもまだ、抑えている方だ。問答無用で斬り掛かってしまいたい程の感情を抱いている。それでは何も解決しないと自分でも理解しているから、こうして向き合って、威嚇をしながら相手を睨んでいるのだ。




