「龍の名を冠する少年」01
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――――深夜、静かな森の中。人も動物達も寝静まり、辺りは静寂に支配されている。時折聞こえるのは木々が風に揺れる優しい音。
「オ、ォォオォ……!!」
突如、その柔らかい音を引き裂き、全身を揺らすような地鳴りにも似た雄叫びが空気を震わせる。続け様に枝が折れる音が、一つ、二つと増えていく。否、そのような可愛らしいモノではなかった。近くまで来てようやく分かったのは、枝などという小さな物ではなく、木そのものが根元から折られているという事。重機でも入っているのだろうか。それ程の威力。
その音の主は、見るからに巨大な岩。しかし、転がっているわけではない。しっかりと、その“足”で薙ぎ倒し、斜面を駆け上がっているのだ。
岩の塊には四本の足が生え、目鼻や口、更には丁寧に牙まで付いている。見た事のある姿で例えて言うならば、狼の様だ。岩の狼。体高五、六メートル程はあるだろうか。岩の狼は何かを追い掛けているらしく、黒曜石に似た小さな瞳には、獲物である人影が映っている。一心不乱にその姿を追う。泥濘に嵌ろうが何かにぶつかろうが一切を気にしない。
「コイツ……しぶといなぁ、まったく……!」
岩の狼の前を走っていたのは少年。追われているだけでも状況が掴めないというのに、更に異質な雰囲気を放つ彼。その右手には異質の象徴。金と黒で装飾された柄を持つ、すらりとした、細身はであるが威圧感を振り撒く日本刀が握り込まれているではないか。
「そろそろ広い場所へ出るはずだ。 迎え撃つぞ!」
どこからか発せられる貫禄のある男の声。謎の声の言った通り、すぐに開けた場所へ出た。振り返り、突進して来る岩の狼にその刀の切っ先を向ける少年。雲間、淡い涼しげな月明かりに照らされる。年の頃は十六、七の辺りだろうか。髪は黒、岩の狼を見据える瞳も黒。怯える仕草など見せず、毅然と立ち向かおうとする。
距離はそれなりに開いている。未だ突進する岩の狼を睨みながらも落ち着きを取り戻すように息を吐く。
「力の加減には十分に注意しろ。 前回の二の舞はお前も嫌だろう?」
「ッ――ああ。もう警察沙汰はゴメンだ……俺からも聞くぜ、白銀。準備はいいな!」
どうやら少年は手にした刀――銘、白銀と話しをしているようだった。他人から見ればおかしな人、と思われるかもしれない。そもそも少年が刀を持っている事、言わば怪物が走り回っているという時点で異質ではあるが。
「精神を集中させ、己の感覚を研ぎ澄ます……白く輝きし銀の刃よ、契約に従い敵を滅ぼさん!」
白銀が、少年の言葉に合わせるように輝きを放つ。まるで火花のように舞う銀色の花弁。それは雷光にも似た光を混ぜながら――
「……光刃・白輝!」
最大の輝き。それを見届けるや否や少年が白銀を大きく縦に振り下ろ。純白の、力強い流れが白銀から溢れ出す。緑色の地面を抉り、木々も削り、風をも裂く流れは次第に岩の狼を押しつつ、徐々に呑み込んでいる。
「グ、オオォ――ル――!」
岩の狼は、流れから逃れようと必死にもがく。踏み止まり、それでも尚獲物を捕らえようと足掻きを止めない。だが、前後左右から襲い来る力の奔流に、それ以上の抵抗は出来なかった。
時間にして数十秒。完全に岩の狼の姿は見えなくなってしまう。
「悪いが、消えてくれ。これも依頼だから」
少年が光の途切れた白銀を軽く横に凪ぐと、爆音と強い振動が辺り一帯に響き渡った。




