「龍の名を冠する少年」16
――全身に感じる重み。一瞬で駆け巡る衝撃。重い。重い、が。
「――ッ! 止めたか!」
散る火花。頭上、未だに滞空している男の得物を押さえ込んでいる物があった。
「……白銀!」
眩い光が結晶となり、その姿を現す。銀色に輝く刀身。黒を基調に金の装飾がされた一本の刀。銘、白銀。その研ぎ澄まされた刃が戦斧を受け止めている。
「召喚か! 面白い!」
「別に、面白くも、ねえ!」
弾く。ついでに横に凪いだが、見切られていたかの如く鮮やかに回転しながら後方へと着地されてしまった。自身も摺り足で距離を取り、相手の次の動きを捉えようと神経を最大限に働かせる。
「何があった?」
「さあな……だけど、見ての通りだ。この状況であれが敵じゃないって見るのはどうやっても無理だろ」
白銀のどこで“見ている”のか分からないが陽は刀身に現状を映す。意識の無い、倒れた人々を。これ以上の説明など不要であるはず。
「ああ、そうだな。ならば使われよう」
「……行くぜ」
これからすべき事を判断。目の前に居る敵を倒す。相手が人間ならば命までは奪えない。魔術という世界の法則から外れているモノであってもその分別はしなくてはならばいのだ。捕らえて、情報を聞き出す。その後の処遇は協会に任せる。それが一端の剣士の在り方だ。陽とて同じである。
「くく……仕事の範疇ではなかったが、万全の相手と闘える(ヤレル)のは良い事だ。さっきのは召喚魔術とみたが? 情報では魔術は不得手だと――」
「誰だそんな情報流してる奴は……!」
陽の琴線に触れたのか、力の限りに飛び出して、肉薄。倒れている人々に被害が及ばないように押し出す作戦でもあった。
振りかぶって袈裟斬り。繋いで半回転しながら蹴りを放ち、遠心力を利用した一閃。敢えて流れを変えるように白銀の切っ先を突き立て――
「ぬぅ……!」
――首元を狙うと見せかけて、フェイント。体を入れ込み肩をぶち当てる。まだ連撃は終わらない。体術と剣術が一体化した戦法だ。体を動かしながら脳も動かす。次は――
揺らぐ体。しかし負けてはいられない。戦斧を振り回して気を引きながら陽の背後に魔法陣を展開。集中し、呪詛を唱える。まるで人語ではないような。
「良いぞ! これこそ……戦いだ! 燃やしてやる! “牙を”!」
伸びる赤い炎。陽を貫かんとするその炎は魔法陣の中心から出現。熱風に舞う木の葉は焼失し、焦げた臭いが辺りに満ちる。
「陽、後ろだ!」
「はは!遅いぞ!」
「そいつは、どうかな……!」
魔術の気配に敏感に気付いたのは白銀。しかし既に炎の牙はかなり近いところまで迫っているようで背中がちりちりとした痛みを訴えている。避けるのは当然間に合わないだろう。敵に背を向けるのも得策ではない。前方が無防備になるのは仕方ない上に感覚での対応となるが。
腕を上げ、白銀の刃を魔術に垂直になるように立てる。背中越しに。少しでも逸らす事が出来るのなら後は簡単だ。振って、引き裂き、離脱。
「あっつ……! クソ……」
多少の火傷は承知の上だ。全身焼かれないだけマシである。転がりながら背中に点いていたであろう炎を消し、再び立ち上がる。軽く視線を巡らせると、どうやら倒れた人々からはそれなりに離れる事も出来たようだ。辺りは鬱蒼とした森。そして恐らくあの男の得意な魔術は炎。どうするか。しかし。戦闘続行、とはいかないようだ。
「今のは良く避けたなあ……さすがは龍か」
「お前……何者だ? 何を知っている?」
陽の事を知っている、何者か。余計に不信感が募る。目的は何なのか。
「ふっ……残念だが、非常に名残惜しいが、今宵はここまでのようだ。また会おう」
「ッ……待てよ!!」
不敵な笑いを響かせながら炎に消える男。陽の威嚇斬撃も虚しく空を裂くのみ。残されたのは、謎。何故一般人が集められていたのか、何故襲われたのか、何故自分の事を知っていたのか。何故、何故、何故――
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