「龍の名を冠する少年」15
火を打ち消す、とは言うのだが魔術というのはそこに魔力を上乗せする為簡単に消火する事は出来ない。陽の掌から放たれた水の魔術と何処からか飛来した炎の魔術。それらが目と鼻の先で衝突を起こす。
「……そこに居るんだな?」
過剰なまでの水蒸気。辺り一帯を霧にしてしまったかのように霞む空間。その向こう側。陽の目が捉えたのはちらりと映った人影だった。形は、人。しかしこの世界では人に化ける魔物も珍しくは無い。
「あー見付かっちまったかー……」
どうやら木の陰に隠れたつもりだったらしいが通用しなかったので、渋々姿を現した、というところか。まだ見えているのは大柄な長い影と隣に聳える棒の様な影。木々の物ではないのは確かだ。ならば相手の腕か、それとも武器か。
「本当はもう少しだけ仕事しておきたかったんだけどなあ……よっ、と」
男か。声の主はその長い棒を一振り、横に凪ぐ。途端に風が逆巻き、炎が舞う。倒れている人々など一切気にせずに霧を払った。焼け焦げた匂いが周囲に漂う。
これも魔術に違いない。となると、相手は魔術師か。熱波に髪がバタつくが、今はそのような事を気にしている場合ではない。次の出方によって自分の身の振り方を変える。問い質すか、それとも。
「お前が、タツガミ ヨウってやつか? 聞いてるぜえ。おぉ聞いてるぜ。特徴が一緒だ」
渦を巻く炎の合間に見えた。真っ赤で、地面を擦る丈の長いローブ。西洋の魔術師の格好だ。袖から覗く真っ黒な右手に握りこまれているのは戦斧と呼ばれる武具だ。先端の斧部分に装飾が一切見られないので恐らくは戦闘用。魔術で強化しているのならまた別だが。
「く、ははは……! そうかそうか。会ってしまったのならば仕方ないよなあ……仕事も仕事だけども。それよりも、何よりも」
くつくつくつ、と笑いを抑え切れないのか腹を抱え、次第に体が折れ曲がっていく。そして、不気味な前屈を終えると、バネのように上体を起こす。
「おい、お前。なんだよさっきからブツブツと。ってか誰だよ。俺はお前みたいな西洋魔術師っぽいのに知り合いは居ない、事もないけど……知らねえぞ」
いい加減、陽の警戒度数も上がった頃だった。フードに隠されて見えない顔の奥で白い牙が動く。ニタリ――、と。口の端から漏れたのは涎――ではなく炎。血のように赤く。夜闇では一段と強く輝いている。
「ちょっとだ。今は、ちょっとだけ、やろうぜ……!」
途切れ途切れに発せられる言葉。どこか訛りのような違和感を感じさせる言葉。戦斧を握る手は震え、呼吸も荒くなっている。まるで何かの禁断症状のように。
陽の眉間に皺が寄った。
――それと同時か。はたまたそれよりも若干速く、男の足元の土が高く跳ね上がった。姿が無い。
陽のポケットには常に秘策。
突如、視界が暗くなる。先程までは月明かりがあった。ならば、上だ。男の姿は頭上にあり、戦斧を振りかぶっている。
斬られるか、叩かれるか、潰されるか。瞬時の判断だ。
「来い――!」
目を晦ます強い閃光。
続いて甲高い衝突音。




