「龍の名を冠する少年」13
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犯人というのは犯行現場に戻るのが通例らしい、というテレビドラマで入手した不安定な情報を元に陽は近隣で発生した襲撃事件の現場に来ていた。日付は既に変わっているようだが、この山中、いくら待ってみても特に変化は無く、ただ木々の葉が静かに揺れているだけ。ここで何かが起こったとは思えない程に穏やかである。気を抜いてしまえば寝る事すら可能だった。
開けた場所を見渡せる草むらの中に身を隠すように座り込み、空を見上げながら息を吐く――恐らく欠伸――。星も月も輝いている。今夜も快晴で星見には格好の夜だろうが、もうそろそろ帰っても良い頃合いだろう。今日は何も無かった。それでも仕事はしたし、給料の請求はしてみるつもりである。
「んっー……さてと、帰ろっかな」
気を張りつつも微動だにしていなかったせいか伸びをすると節々の骨が待ち侘びたとばかりに声を出す。
「何も無けりゃこのまま帰って寝れる。五時間は寝れる」
携帯で時間を確認。この場所に到着してから既に三時間が経過。その間に何も起こらなかったのだ。これはもう何も無いに決まっている。故に立ち上がり、山を降りる。それなりに整備された登山道が一番の近道だった。体力の消耗をなるべく減らしたい陽は獣道よりもこちらを選択。この時間に人が歩こうものなら当然目立つし、足音だって聞こえてくる。
「……?」
そうだ、聞こえてくるのだ。足音が。自分の分と、それから。それから――?
前方。人影が一つ、二つ。仄暗い山道を登ってくるのは二人の男。俯きがちに、背中を丸めながら。たまによろけ、躓きながら登ってくる。そんな状態だというのに足だけは止まらない。両腕は力を無くしたかのようにぶらつかせ、近付いてきた。ゆっくり、ゆっくり。まるで何かに引っ張られているかのように。疲れているのか。確かにスーツを着込んでいるし、鞄も持っている。あからさまに会社帰りらしい二人だ。仕事で嫌な事でもあったのだろう。毎日毎日、仕事仕事と――
「んな訳ねえわな……あのー!」
距離にして二メートル。そこまで大声を出さなくても相手に届く距離。しかし彼らは陽の声に反応すらせず、ひたすら足を動かしている。じわじわと詰められ、離れた。
「どこに行くつもりだ……? おい、聞いてんのかよ!」
陽の手前数十センチのところで彼らは急に方向転換。右に曲がり道なき道を往くではないか。その不可思議な行動を見て、ついに陽が動いた。先頭を歩く四十代後半くらいの男性の前に立ちはだかり肩を掴む。しかし。
「っと……なんだ今の……?」
尋常でない力で陽が押され、あまつさえ弾き飛ばされたのだ。これはおかしい。ここに来て改めてそう思った陽。しかし彼らが何かを行っているようにも思えない。
「操られてるって見るのが普通だわな……」
選択肢は一つ。付いて行くのが一番だ。最後尾に付き、陽は再び山の中へと潜っていく。この先に何があるのか。それはまだ、分からない。




