「龍の名を冠する少年」12
「よーし……終わった! 帰る! 今日も頑張った!」
一日の終わり。つまるところ学校に於ける全ての授業が終了した事により陽の心には清々しいまでの解放感が生まれていた。そこまで思ってしまう程学校が嫌いなのである。体育後の授業は当然のように睡眠学習。体は動かすが頭はあまり動かしたくないのである。そして陽の生活の本番はここからなのだ。
「あれもう皆帰ってる……」
ふと周りを見渡したのだが部活に所属していない面子がどこにも見当たらない。主に井上と中島。確かに授業終了から十五分程経過して目を覚ましたのは自分なのだが、起こしてくれても良いのではないだろうか。そして月華も居ない。ならば仕方ない、と軽くなった腰を上げて、これまた軽い鞄を肩に担ぐ。授業道具などと呼ばれている物は全てこの机とロッカーである。持ち帰るなど滅多な理由が無い限り思わないようだ。
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すっかり夕暮れに染まる街を妙に強めの足取りで進む。別に夜型の人間だという訳でもないのだが、どうしても学校が終わると力が湧いて来るらしい。閑静な住宅街に聳える異質な武家屋敷。この『剣凰流』道場こそ陽の自宅だ。
到着するとまずは門扉横に取り付けられたポストに手を突っ込む。本来はナンバーロック式なのだが陽は面倒臭がって鍵を開けっ放しにしているとか。わざわざ取られて困る物は来ないから問題ない、というのが持論らしい。物によっては門を開けて住宅側のポストに届けて貰う事もあるからだ。当然この門も開けっ放し。
「チラシは……ゴミ。あ、月華が見るって言ってたっけ? 残しだな。これが電気料金……水道っと……ん、これは……」
取り出した郵便物をぱらぱらと捲りながら家の中へと突き進む。こちらの戸は足を使って開く。数ある郵便物の中に紛れ込んでいた茶封筒。差出人の宛名は無く、中央に朱色の印で重要、の文字。大体予想は出来ている。
「協会から……相変わらず手書きか……」
封筒から出て来るのは今時珍しく和紙に墨で書かれた字。階段を上がり自室へ。読むのは腰を落ち着けてからである。
「ただいまー」
「うむ。今日も特に何も無かったが……何を見ているのだ?」
自室に入ると同時、鞄を投げて机の上に。それから遅れて椅子に座る。白銀の言葉を受けながら陽は先程の手紙をひらひらと見せ付けた。恐らくこれで通じるのだろう。
「んーっと……注意喚起と、依頼、かな……? 注意喚起?」
「何かに注意しろ、と?」
「ああ。なになに……正体不明の魔術師、もしくは魔物を使用した一般人への襲撃を確認。被害者多数、だってさ」
「なかなか大事だな……」
「……で、依頼がこれについての警備と場合によっては対処。遭遇時などの方法は任せる……流派単位で警戒って相当じゃねえか」
手紙を読む前とは空気が一変。ほのかに緩んでいた雰囲気は瞬く間に張り詰めるような冷たさに。被害者が出ているのは非常に見過ごせない。
「全国か?」
「書いてないけど……その可能性もありそうだな。何が起こってるんだ……?」
基本的に魔物が人を襲うというのはかなりの理由が無ければ起こらない。彼らとて考える力が多少なりとあり、消されたくないという意思を持っている。故にこのような警戒令のような事態は聞いた事が無いのだ。
「とりあえず、今日の夜出てみるか」
裏に生きる者は表に生きる者を密かに守らなければならない。それがこの社会のルールだから。しかし、陽としてはそれだけが理由ではなかった。大それた事は言えないし、言いたくは無いが――




