「龍の名を冠する少年」11
単なる授業の中の遊びのような競技でも簡単に本気になる方法がある。それは“熱”だ。せっかくだから楽しみたい、楽しむ為にはどうするのか。本気になって遊べば良い。その“熱”は波及して一つになる。男子に人気の教科が体育である理由の一つだろう――他には単に座学じゃないという理由もあるはずだが、一部の人間はこう思うのである――。
ボールの跳ねる音と複数人の忙しい足音、緩いながらもほんの少し気合の入っている掛け声。プレイしている当人たちからしてみればさながら本試合のようである。だからこそここまでの熱気を放っているのだ。
「あと二分なー」
タイム係のクラスメイトがその言葉を放つと、空気はより一層引き締まった。点数差で言えばシュート一本分。これを守りきれば勝利は決まる。つまり今日のジュースをタダで手に入れられるまたとない機会。勿論それは自分と相手だけの約束なのだが。そして珍しく勝てるチャンス。恐らく一ヶ月はこれを話題に持って来れる。
「さあ龍神、俺を超えてみろ!」
まるで大物かのように。陽の前に立ちはだかる井上。しかし陽は困惑気味である。それもそのはず。
「いや俺ボール持ってねえよ」
立ちはだかられても自分の手元にはボールが無い。味方の動きに合わせて走っている最中なのだ。これがマークされる、という事なのだろうが過剰過ぎやしないだろうか。井上ともう一人という二人体制だ。そこまでして勝ちを守りたいか。
「だからだ!」
「ここで守りきらなきゃ……負ける……!」
妙な連帯感を発揮する二人。
そんな敵チームから目を逸らすと味方がボールを奪い取ったところ。アイコンタクトがあった。恐らくどうにかして自分にパスを出したいのだろうが、このガードの堅さでは上手くパスを出しても取られてしまう可能性がある。進むに進めないじれったい状況。この間にも終了の刻は迫る。早く攻勢に出なければ、このまま敗北を喫してしまう。それで良いのだろうか。嫌、負けるのは癪だ。
「あーとぉ、一分で~す」
時間は無い。ボールを占守している味方も突破出来ずにパスを回して機会を窺っている。決定力ならば陽に渡すのがベストだと考えているのだろう。頼られるのは満更でもないが、自分とて経験者ではないのだ。過度な期待はやめて欲しいところだ。しかし――
「おっしゃこのまま勝てるんじゃね!?」
気の緩み。油断。勝負事で一番やってはいけない事を。ふっ、と安堵の息を吐いたのすら聞こえた。
陽がそれらを見逃すはずもなく。まさに一瞬の隙を突いて体を捻る。本来であればそれは陽に回ってきたパスでは無かった。浮いたボールを掻っ攫い、敵陣を突っ切る。
「は!?」
「嘘だろ……!」
「いっけー!」
「おー! さっすが!」
シュート一本分。これが点数差だった。ならば勝つには一本入れてしまえば良い。逆転勝利、というやつだ。
恐らくその場でシュートを打つのもアリだったのだろうが、時間の関係もあってかゴール真下から華麗にレイアップシュートを決めるのがベストだと判断した。ゴール下にもリバウンドを狙おうとした最後の壁。ボールを両手で掴んで、左足一歩。目の前には野球部の男子。彼の動きは陽に合わせて右に動こうと――
「残念だったな井上!」
――二歩目は、左だった。急なフェイントに対応しきれずよろめく壁を流し見ながらリングに手を伸ばす。あとはこのボールを転がすように落とすだけだ。それで――
「はーい! 試合終了ー!」
――勝者が決まるのだ。




