始まり
ーーステージ企画、楽しみにしてるよ。
文化祭まであと1ヶ月に迫った5月の初め、郷実高校2年生の今井 和昌は、3年生の先輩からのメッセージに「はい、期待しといてください!」と答えた。
和昌は郷実高校で野球部に所属しており、今やりとりをしたのは同じ野球部の先輩、飯島 尚である。
多くの学校が共学化して行く中、日本でも残り少ない希少な公立男子校である郷実高校の野球部は、弱くはないが強い訳でもない。
なぜ先輩からこのようなことが言われるのかというと、野球部2年生は毎年、臙天祭のステージ企画に出場しなければならないという習わしがあるのだ。
もちろんさっきの先輩も去年は郷高紅白のダンサーとしてステージに上がっていた。
「そろそろきちんと決めなきゃな…」
そう呟いて和昌は野球部のグループでアンケートをとった。
今井和昌:
臙天祭のステージ企画の募集とります!
郷高紅白→グッドスタンプ
郷高天下一→笑いスタンプ
ミス郷高→ハートスタンプ
臙天祭のステージ企画には、3種類がある。
その名の通り歌を歌う郷高紅白。郷高一の芸を持つ人を決める郷高天下一。そして、郷高一の可愛いヤツを決めるミス郷高。
断っておくが、初めにも言った通り郷実高校は男子校である。要するに、女装をするのだ。
3分も経たないうちに返信が来た。
加賀尚樹:♡
佐藤陽介:♡
赤崎智也:♡
まじか、そんなに女装したいのか…
一輝は心の中で呟いた。
加賀は野球部の中で1番背が小さく、女装したら似合いそうだ。赤崎は去年同じクラスで、どちらかというとイケメンタイプ。まぁ、女装してもなんとかなるだろう。佐藤の女装はちょっと想像が出来ない。
そんな中、通知を知らせる音が部屋に響いた。
山本 輝:かずくん、本当にやるの?
輝から来たメッセージに対し、「うん」と一言だけ返す。
和昌は先日、臙天祭のステージで漫才をやらないかと同じ野球で自転車通学の山本輝と蒼井 宏人に話を持ちかけたところである。
宏人は普段から面白いやつで、きっとこの話に乗ってくれると思っていた。逆に輝はどちらかというとそこまで目立たないタイプで、きっと断るだろうと思っていた。
しかし返ってきた返事は、
蒼井宏人:は!? バカじゃねーの!? 漫才なんかやらねーよ(爆笑)
山本輝:いいねー、面白そう! やろうよ!!
この時、和昌は相当びっくりしたのを覚えている。何と言っても、予想とは真逆の反応をしてきたのだから。
その後何度も宏人を説得したが結局やってくれず、和昌は輝と同じクラスの岡田 拓海にお願いしたのである。
山本輝:拓海はやってくれるって?
今井和昌:いや、まだ返事もらってない。何とかやってもらえるようにちょっと考えてるネタを見せたんだが、それがつまらないと拓海に判断されたら多分無理だな。とりあえず、もう一回聞いてみる。
輝にそう言って拓海に確認を取ろうとした時、拓海から和昌と輝の両方に一言。
岡田拓海:おい、天下とるぞ
一瞬「えっ」と思い戸惑ったが、すぐに理解して言葉を返す。
今井和昌:よっしゃー、そうこなくっちゃ!
山本輝:頑張ろうね!
きっと輝も一瞬戸惑ったのだろう、和昌:同じタイミングでメッセージが出た。
今井和昌:よし、じゃあ俺らは笑いスタンプだな。
そう言って全体のグループをみる。
さっきは3人しか押していなかったスタンプが22個まで増え、ハートスタンプとグッドスタンプが2:1くらいの割合で押されている。まだ笑いスタンプはない。
和昌は自分の投稿に笑いスタンプを押す。
それを筆頭に、立て続けにふたつのスタンプが押された。
今井和昌:笑
山本輝:笑
岡田拓海:笑
夜10:32分、漫才をすることが決まった瞬間である。
臙天祭まで残り1ヶ月。
郷実高校野球部、坊主三人の漫才記録が始まった。