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うそつきりっちゃんの備忘録  作者: うそつきりっちゃん
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「静か雨―現代女流作家名作選」森三千代編

森三千代編「静か雨―現代女流作家名作選 (一九五八年)」


 総じて旧いが普遍のテーマを扱っている。どれ一つとして同じ話がない優れたアンソロジーだ。

「静か雨」壺井榮

 かつては働き者で食欲も旺盛だっもカツも今ではもう何も口にしたくない心持ちなのであった。消え行くように儚いカツの死を静か雨が送る。静かな文体の吸引力。

「紫真珠」大田洋子

 綾子は高杉に一刻も警戒をゆるめず、からだをゆるさないで真珠をとりあげようとする。が、価値の薄いその紫真珠がために死んだのは、その価値を誤解した綾子の妹の富紀の方であった。今でも通じるようなお話。

「憎悪」池田みち子

 徳川の世が明治に変わった。元微禄の武家であった金貸し五郎太の娘・亀は、元ご家老の息子、江戸土産の錦絵の役者のような好い男の行之進と祝言を挙げるが、行之進は本人に悪気の無い大層迷惑な遊び人であった。時代の妙味が珍しい。

「火のついたベルト」中本たか子

 家計を支えるため、単身街に出て身を粉にして働く藤子に、しかし年老いた義母と暮らす長女は理解を示さなかった。これも現代っぽいお話。

「秋虫の声」畔柳二美

 夫の復員だけを心待ちにその日を暮らす子の無い妙子を慰めるのは短い命を懸命に生きる秋の虫たちのジジー、コロコロ、リンリン、キリキリという鳴き声であった。単純だが美しく、しかも奇麗だ。

「白鷺峠」芝木好子

 古谷蓉子と古谷浩次は嫂と(夫の)末兄弟の関係だったが、白鷺峠の難所で墜落死した。蓉子の姉・秀子は最後にある事実を知り、疑いというものを知らない、おおどかな男と暮らしていた蓉子の不幸が今やっと分かったような気がした。王道・定番の素晴らしさ。

「新宿に雨降る」森三千代

 中国軍少佐の柳剣鳴と私は二十年ぶりで再会した。はじめ、日本を去るとき、彼は、「三年の間に、かならず、あなたを迎えに来ます」と約束した。当時は世間知らずな青年も今ではれっきとした家の夫であり、父である。この顔も、明日は、私から消えてしまうのだと、わたしは思う。一つの映画が終わり、FINの三文字が現れるのだ。小説として面白い。

「東京湾十号地」大原富枝

 徳彌は後を付けられているのを悟った。付けた相手は徳彌と「いきさつのあった女」の従弟であった。果たされぬ二つの想いが、まだ土地台帳にも載らぬ草茫々の土地に重ねられる。一番纏まりがないか。

「山の湯のたより」佐多稲子

 そこは山あいの、渓流にそった一軒の温泉宿でした。軒から軒を繋いだ長い廊下を旅館部から先に進んで行くと風呂場やピンポン室や舞台の付いた板敷きの広間があって、廊下に直に漫画本や娯楽雑誌を置いて商う商人がいます。そこを過ぎると理髪店や「鮮魚」の看板があって、古い襖を隔てた部屋が並び、「大豆、豆腐と取り代えます。」の張り紙が張ってあったります。次に寄宿舎のような明るい廊下に出て、そこは建て増しされた自炊部の新館になっていました。丁度この宿は、雪の山あいにすべての人を囲い入れて、まるでその屋根の下に一つの部落の営みを展開しているようです。

 さすがトリ! 何気ない旅館の日常に酸いも甘いも噛み分けた人の姿が痛々しくも爽やかに描き取られている。傑作!


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