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唐辛子入りのチョコレート

作者: 小指


毎年バレンタインにチョコレートを贈る。それは芽衣子にとってそれは暗黙の了解であり

義務のようなものだった。

幼馴染の直へ初めてのチョコを贈ったのは幼稚園の時

その時も自分の意思などではなく、直の母親と仲のいい自分の母親からの指示だった。

それからも無言のルールという圧力で

芽衣子は直にチョコレートを渡していたが、最近それが面倒臭くてたまらなかった。


「第一、あいつは私に貰わなくても他でもらえるから寂しいことなんてないだろう」


台所で甘ったるい臭いを出す物体を捏ね繰り回しながら芽衣子は唸った。

チョコレートを作るのは今年も贈るのでしょう?とバレンタインが近づいて

バシバシとシグナルを送ってくる

母親に負けたからだ。


一度、幼馴染の直の悪口を始めると芽衣子の直に対する暴言は止まらない。

普段、押し込めている不満が渦巻いてぐるぐるとして

チョコーレートを練るヘラにも自然と力が入ってしまっていた。


滅しろ、イケメン。滅しろ、チャラ男。滅しろ、直。


ぶつぶつぶつ、およそお菓子作りには似合わない呪文が呟かれる。

これではおいしいお菓子もどこか呪われて不味くなりそうだった。


芽衣子の幼馴染の直という男は嫌味過ぎるくらいできた男だった。

どこの少女マンガから抜け出した!というような不気味なほど完璧な男だった。

顔はいいし、愛想もいい、背も高く、スポーツもできるし

家はお金持ちときていた。

そんな男が幼馴染として近くにいたおかげか、いやそのせいか

芽衣子は小さな頃から女子でありながら顔のいい男にまったくの興味がなかった。


顔のいい男というのは天から貰ったその容姿だけで世間から甘やかされるものだ。

その顔がよければいいほどちやほやされる。

そうして育った男は芽衣子の偏見ではあるが馬鹿だと思っていた。


彼らは一方的に愛されることが多く

嫌われることが少ないから

努力をしない


人間関係において人の気持ちの配慮が顔のいい奴ほど

足りていないと芽衣子は直のそばにいて勝手ながら決め付けていた。


このチョコにしてもそうだ。

芽衣子は作り終えたチョコを冷蔵庫にしまいながら思う。

一度として時間をかけて作られたチョコに直は礼を言ったことはない。

もちろんお返しなど論外だった。



去年のバレンタインデーを思い出し、「ふん」っと芽衣子は鼻を鳴らした。

今年は一泡吹かせてやる。



バレンタインデー、直は綺麗に包装された本命チョコを何個も貰うのだろう。

予想にもならない芽衣子の予想は予想通りで、学校に登校した早々に

沢山の女子に囲まれた尚を目にすることになった。

なんとうざいことこの上ないことだろう。


顔をしかめ、視線をそらす一瞬に気づいた直と視線が合った。

にやついた視線は染められた茶色の色にとても似合って軽薄だった。


あんな男のどこがいいのだろう。

モテポイントがどこにあるのか、頬を朱に染める女子に本気で尋ねたかった。


ああ、でも騒ぐにはちょうどいいのかもな

ステータスだけはやたら高い、拝む分にはご利益がありそうな張りぼて


一瞬で焼きついた直のにやつき顔を振り切って背を向け教室に向かう芽衣子は答えを出した。


火の側も近寄りすぎなければ燃やされない、綺麗で暖かいだけだ。


「芽衣子、チョコ」


当たり前のように沢山のチョコが入った袋を提げた直の手が見える。

教室につき、自分の机で教科書とノートを出していた芽衣子の前に直の大きな影がある。

顔を上げれば、直の綺麗なご尊顔で、もらえることを少しも疑っていない顔だった。

芽衣子もあきらめたように机の引き出しから包装したチョコレートを取り出した。


そして渡す前にちょっと意地悪するように手を止めて

直と視線を合わせた芽衣子は口を開いた。


「ねえ、去年のバレンタインに私に言ったこと覚えてる?」

「?…いや」

「そう。…あのね、今年は時間をかけて上手に作ったの。だからできれば一番初めに食べて

全部食べきって欲しいの。できる?」


芽衣子は二コリと笑った。

できうる限り自分なりに可愛く見せるように小首も傾げてみた。

媚びるような笑顔に引きつらない努力をして


「なんだよそれ、一番に食べて欲しいの?」

「うん、誰よりも一番に」


いいよ、と目の錯覚かそんなわがままを言わない芽衣子を疑う様子もなく

照れたように貰ったチョコレートをしまった直に

興味が失せたように表情をなくした芽衣子がまた直からし線をはずして

ノートを見るために顔を伏せた。

そそくさと芽衣子の前から自分の席へと移動した直には

何かを孕んだ芽衣子の歪んだ目は写らなかった。


『ねえ、毎年一生懸命チョコを作ってるんだから少しはねぎらってお返し頂戴よ』

『あ?なんだよ、それ。催促かよ』

『くれないんなら、来年は上げないから』


芽衣子は去年のバレンタインに初めてわがままを言った。

飴玉一つでいい、そんな思いでホワイトデーにお返しが欲しいとねだったのだ。


『直』

ホワイトデー当日、芽衣子は逸る気持ちを抑えながら幼馴染の直に手を出した。

その手に渡されるはずのプレゼントの重みはない。

『は?なに?その手』

忘れているのだとすぐに分かる。

『今日はホワイトデーだからお返し頂戴』

それでもくれれば許すつもりだった。芽衣子の最大限の譲歩だった。


『ああ?お前がバレンタインにくれるのは当たり前だろ。なんだよ、今更催促して

俺、金かかるからいやだ。他の奴に頼めよ』


あーそうか。よく分かった。

今年はチョコなどくれてやる気などなかった芽衣子だった。

しかし母親の無言の圧欲で作ることはあきらめた。だけれど腹いせに

ぶつ切りにした唐辛子を表面からは分からないよう練りこんだ。


あれは辛いだろう。特に辛いものが嫌いな子供舌の誰かさんには。

後から食べたチョコレートの甘さなどでは癒せないだろう。ハバネロのエキスも

たっぷり入れておいた。

もう二度と芽衣子からの甘いチョコなど望むなと


今年のチョコには芽衣子の思いがいっぱい詰まっていた。











直に対する容姿をほめる表現がないのは

芽衣子が直の容姿を褒める感情がないからです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎年チョコを送っているんですね、可愛いです。 ほのぼのしました。 [一言] 唐辛子入りのチョコレートとは、中々やりますね 手の込んだツンデレ(?)ですね。 ありがとうございました。
2014/02/11 08:51 退会済み
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