4ページ目:週刊学園ワルプルガ特別増刊号
説明会です。
少し生々しい話もあるので、苦手な人は要注意。
女子校だからと言って授業内容はそう変わらない。一時間目は魔術理学だった。
「であるかして一般的な複製本の魔力含有量は、同体積の白紙本にさえ劣るというわけです。はい」
女の魔術理学教師は「これに対してー」と言葉を続けるが、あまり聞く気にはなれない。いくら基本のおさらいとは言っても、魔術使いならば常識といったことに授業の時間を割くのはどうだろう。
ほら、みんな眠そうに――
うそっ!? みんな真面目に授業受けてるし! 前の席を見ると妖花は熱心に何かを書き散らしているようだし、隣を見るとベルも――
「あ」
「え」
目があって、互いに背ける。彼女、何か口にしていた。何だろう、何食べてたんだろう。
黒板の方に顔を向けながら……ちら見するっ! あ、また食べてるし。ずるい!
よぉ~く、ちら見する。どうやらキャンディードロップらしい。甘いものが好きなんだろうか。確か私も持っていたはず。ポケットを探ると……ほらあった、飴ちゃん。
(私の飴ちゃんをお食べよ)
手に乗せて、突き出す。先生にはバレてない。
(何のつもり?)
(飴が欲しいんだろう? それとも鞭が欲しいのかい? 私はそれでも一向に構わないのだが)
ベルはまたもや顔をしかめる。けれど彼女の視線が飴ちゃんと天使のような私の顔を行き来すると、ゆっくりとだが頬の筋を緩めていった。しばらくして彼女は、勘違いしないで、と再び表情を引き締めた。
(別に貴女と仲良くしたいわけじゃない。ただ飴が欲しいだけだから)
小声で囁くベル。それにしてもこのツンデレさんめ、実に安い。たった10エンの飴に釣られるヒロインなんて創作の世界にも居やしないだろう。
ほぅら、飴が欲しいんだろう? その疑念と羞恥で震える手の内に、この光り輝く飴ちゃんを納めたいんだろう? 彼女は戸惑いながらも手を伸ばす――
その瞬間、私は手を引っ込めた。
瞬間、彼女は修羅となった。
「はぁ?」
「ひぃっ!」
表情こそ見えないものの、そのオーラはまさしく百戦錬磨の強者が持つ殺気に違いなかった。授業中に彼女ともども、少し大きな声を出してしまったかもしれないが、そんなことには頭が回らないくらいに恐怖を感じていた。
(すみませんすみません、つい出来心で。あ、もう一個オマケしちゃうね。だから機嫌直してくださいお願いします)
生存本能に任せて必死こいて謝る。
(始めからそうしとけばいいのよ)
心なしか少しほっこりとした口元でベルは悪態をつく。彼女は決して安い女ではございませんでした。高い女です。10エンどころか1億エンくらいの価値があるのではないでしょうか。
上機嫌の彼女は私から受け取った飴をすぐさま自らの口に放り込む。そして顔をしかめた。
あ、これ、のど飴だった。
彼女は恨みがましい表情で私を睨んでから、プイッと黒板の方に向き直った。私もあまり気が進まないけど真面目に授業を受けようか。
「この魔力量の基本単位[mag]は純粋な水1リットルの魔力量を基準としており――」
ああ、やっぱりつまらないや。
† † †
一時間目が終わって休み時間。教室に一人の訪問者が訪れた。
「はいドーモ、『貴女の学園生活に甘美な彩りを』。メディア研究会、週刊冊子部のものでーす。貴女が転入生のリリシアさんでいらっしゃいますね?」
「はい、そうですけど」
今ひとつ掴みどころのない普通の女生徒に話しかけられる。当然ながら私服組ではない。
「唐突で申し訳ありませんが、インタビューしてもよろしいですか?」
「別に構わないですけど、何に使うんですか?」
「決まっているじゃないですか、学園誌ですよ」
学園誌? 前の学校にもそんなものあった気がするけど、今ひとつピンと来ない。
「学園誌って人気あるの?」
「人気も人気、大人気ですよ。毎週楽しみにしてくださる方が大勢いらっしゃるんですよ」
彼女は得意気に胸を張る。
「へぇ、前の学校ではひっそりとしたものだったけど」
「そこは、ほら」
彼女は人差し指をピンと立てた。
「お嬢様はうわさ話が好きですから」
「ああ、なるほど」
すごい納得した。
「ところで学園誌を作っているのなら、色んな情報が集まってくるんですよね」
「ええ、最先端の『お嬢様井戸端ネットワークシステム』を使っていますから」
すごいアナログだ! ……そんなことはさておき。
「それなら私の情報を提供する代わりに、教えて欲しいことがあるんですけど」
「はい、超極秘機密でなければ大丈夫ですよ」
「極秘機密? そんなのあるの?」
「ん~、……今あたしが履いてる下着の色とか? 聞きたい?」
「……別にいいです」
なんかガックリきたけど話を戻そう。
「この学園に保管されている『ヴァルプルギスの魔法鏡』について聞きたいのですけど」
ヴァルプルギスの魔法鏡、それこそ私がこの学園に来た一番の理由である。
「お、魔法鏡について聞きたいとは。転入生さん、けっこう通だね。……それとも自分で使ってみたい系の人間かな?」
「後者系の人間です」
「おぉ、それは興味深いです! ぜひ後でインタビューさせてくださいね」
「はぁ、別に構わないですけど」
「コホン。え~、それでは~」
彼女は淡々と魔法鏡について語っていった。掻い摘んで話すとこんな感じだ。
この学園にはヴァルプルギスの魔法鏡が眠っており、学園長が管理しているという。
その鏡は魔術の基である魔法の力によって作られたものであり、鏡に映ったものを望み通りの姿に変えることができるという。たとえそれがどんなに醜いものであっても、美しいものに変えるのだ。
しかしその鏡を使うことができるのは、教師を除いて全校生徒でただ一人。その年のもっとも優れた魔女に対してのみ鏡を使用できる権利が与えられる。
鏡の使用は一年で一回、5月1日のメイデイのみ許される。そしてその日までの2週間『ヴァルプルギスの前夜祭』の間、鏡の使用者を決めるべく『とある生徒たち』のみで生徒同士の夜間魔術決闘が行われる。それを勝ち抜いた者のみが魔法鏡を使って、好きな体を手に入れることができるのだ。
ちなみに『とある生徒たち』とは想像がつく通り、『六芒星の魔女』である。つまりはたった六人にしか挑戦権は与えられない。
まあ、纏めるとこんなところか。
今のところ六魔女ではない私が鏡を使うには、まず前夜祭の前までに実力勝負で六魔女の一人からその座を奪う。そして六魔女の一角になった私は、前夜祭の決闘で他の五人に勝利しなければならない。当然、六魔女の中にはティア、妖花、ベルの三人が含まれることになるだろう。私は彼女たちに勝利しなければならないのだ。
「うん、分かったよ。ありがとう」
「あーそれと、まだメディ研の方でも情報を入手してないのですけど、どうやら決闘には昔の六魔女同士で取り決められた『裏ルール』というものが存在しているらしいですよ。詳しくは分かりませんが」
裏ルール? どんなのだろう。私は彼女の話に適当な相槌を打っておいた。
「さーてさて、それではお待ち兼ねの質問タ~イム! 心の準備はいいですか?」
「いつでもオッケー」
「それでは第一問!」
何故にクイズ調。是非とも突っ込みを入れたかったのだが、質問内容はそれ以上だった。
「処女ですか?」
盛大に吹き出した。
「それはない」
「あ、やっぱりそうですか。前の学校、共学だったらしいですからね。顔も可愛いからどうせやることやってんだろうなとは思っていましたよ」
「あ、いや、私の体裁がどうのこうのではなく、質問自体の話ね。その質問はないと思うよ」
彼女は「えー」といった感じの、不機嫌そうな表情を浮かべる。
「いや、いいネタになりますし。ここ女子校なので、そういう男の人うんぬんは一切ないんですよ」
「知ったことか」
「で、どうなんですか?」
彼女はネオン街のいかがわしい灯りのような輝く瞳で私を見つめてくる。
「いや、私、男の子は苦手だから」
「苦手だから、シて――」
途中で言葉を止めて私の返答を促してくる。
「……男の人たちに乱暴されたことがあるんですよ」
「えっ、乱暴? ……たち?」
私の返答が意外に重かったのか、彼女は目を丸くする。
「そういうことですよ。あぁ、思い出しただけで気持ちが悪い」
「……ごめんなさい」
「いや、もういいよ。まぁ、幸いかどうか知らないけど、非処女というわけでもないしね」
「え?」
彼女は今ひとつ容量を得ないようだ。当然だろう、そんな風に話したのだから。
「はい、この質問はこれで終わり。次からはマトモな質問ね」
「あ、はい。それじゃあ血液型から」
彼女との問答はしばらく続いた。血液型に始まり、生年月日にスリーサイズ(黙秘)、パンはパンでも好きなフライパンの種類(カレーパンと回答)など、基本的なものから珍妙というかもう意味不明なものまで、色々と答えさせられた。
「あ、大事なこと聞いてなかった。ケイ血はどうなの、重いの?」
ケイ血、もとい契血。契約血呪。簡単に言うと血の中に伝説上の生物の要素が含まれているか、ということだ。伝説生物とは有名なものではエルフやドラゴンなどがそれに当たる。もっともすべて人間の頭のなかに創りだされた架空の存在なのだけれど。
契血の話はややこしいから詳しいことはまた後日。
「私の契血は夢魔。魔力は軽いわけではないといった程度かな」
夢魔。別名、淫魔。それが私の血に流れる魔力の種類。魅了術や性を支配術に特化した悪魔の血筋である。正直、あまり好きではない。
ちなみに魔力量とは、物理学でいうところの質量的な概念に当たるので重いという表現が一般的だ。
「なるほどなるほど。夢魔ですか~、そうですか~」
やけに含みのあるような笑みを浮かべてから、彼女は話題を変える。
「あとそれと、リリシアさんは魔法の鏡を狙っていましたね。良ければどんな風に姿を変えたいとか聞いてもいいですか? あたし個人の興味関心として」
「それはつまり私にコンプレックスを晒しだせと?」
「あ、いやならいいですよ」
彼女は申し訳無さそうに手を振る。きっとさっきのことで遠慮しているのだろう。
まぁでも、言ってしまっても問題ないかな。
「私はね、もっとカッコよくなりたいんだよ」
それがリリシア・シザンサスの願い事。逆に言うとコンプレックス。
他の人からすれば大したことないようにも思えるが、割りと切実な願いだ。
「格好良く、ですか? せっかく可愛いのに勿体無い」
「いやぁ、男にモテても仕方がないし、それならいっそカッコよくて女の子にモテた方がいいかな、と」
「うわっ、まさかの百合宣言キマシタ?」
「いや、そんなのじゃないって」
笑って否定する。
「それじゃあ、新人弄――じゃなかった。転入生インタビューはここらへんでお開きですねー」
「やっと終わった……」
随分と長かった気がする。休み時間はもう終わりだ。
「はいー、ご協力ありがとうございました。……陰ながら応援させて頂きますよ?」
「あ、うん。ありがとう」
「それではまたー、『貴女の学園生活に甘美な彩りを』週刊学園ワルプルガをご贔屓に~」
そんな感じに彼女は飄々と去っていく。最後までよく分からない人だったなぁ。
……あ、そうだ。
「ちょっと待って!」
「はい、何でしょうリリシアさん」
「もう一つ、お願いしてもいいかな?」
通貨単位「エン」:
この世界で使われる全世界共通の貨幣単位。日本円とは別物。
ちなみに1エン=現代日本の1万円相当。
補助通貨としてエンの1/100のセンとその1/10のリンもある。
(1エン=100セン=1000リン(=1万円))
突っ込んではいけない。