3ページ目:Ⅱ-Aの不思議な魔女たちⅡ
ティアが手拍子を二つ叩くと、黄色い声とともにクラスメイトたちの熱い眼差しが、教壇の上へと注がれた。
「きゃ~っ、ティアお姉様よ~っ!」
「しかも隣にそこそこ可愛い子もいるわよっ! そこそこね!」
「もしかしてお姉様のお気に入り!? むきぃ~、悔しいですわ~っ!」
何というかミーハーな娘たちだなぁ。苦笑いを浮かべる私の隣で、ティアは努めて冷静に言い放つ。
「お静かにお願いします。本日はシスターヘロベロスが急用により、ホームルームに参加できないとのことなので、私から簡単に連絡事項を伝えます。詳しくは後ほどシスターより聞いてください」
ティアは多くの生徒たちに対し、決して物怖じをせず、対等に話を進める。やはり生徒会長でこういうことにはなれているのだろうか。カッコいいなぁ。
「さっき先生が号泣しながら、廊下を爆走していたんだけど……」
「……シスターは急務によりホームルームに参加できません。代わりに私が連絡を伝えます」
マトモな生徒にイタいところを突かれてしまった。ティアは眉間をヒクヒクとさせながらも、それでも先生の体裁を保ってやる。姉よ、それでいいのか。
「こほん。えー、とにかく、シスターに代わって転入生を紹介します。さ、リリシア」
彼女は私に向かって頷いて、挨拶するよう合図を出した。
私は気持ち一歩前に出ると、教室全体を見渡す。人数は二十人から三十人、といったところか。教室の広さの割に人数は少なく、教室全体がスッキリしている。
ふと前の方の席を見ると、妖花と目があった。私の視線に気付くと、彼女は何気ない顔をしながら、手のひらをヒラヒラ振って返事をしてくれた。少しだけほっとしてから、私は挨拶をした。
「魔法名リリシア・シザンサスです。女子校は初めてなので、色々と戸惑うことも多いと思いますが、できれば優しくしてほしいな、なんて――」
少し大人しめに挨拶してみたが、反応は今ひとつ薄い。
よし、押そう。困ったときはゴリ押しだ。
「――不束者ですがっ、どうか末永くよろしくお願いします!」
教室が、どっと沸いた。
「お前は新しい学校じゃなくて、嫁にでも入るつもりか?」
幸運なことに、妖花が笑い涙を拭いながらツッコミをしてくれた。こうなれば、その親切心に恩を返さねばなりますまい。
「はい、妖花さん。結婚しましょう!」
「おいおい、アタシに婿になれと?」
「いいえ。貴女も嫁で、私も嫁。みんな嫁で大・円・断!」
「大団円な、それ」
決まったな、完全に決まった。妖花、ナイス突っ込み。
と思ったのだけど何故か教室全体大ブーイング。はれぇ?
「ははは、まぁ、考えといたげるよ」
さらに大大ブーイング、高嶺の花に迂闊に触ったのがまずかったのか。綺麗な花には刺があるってことだね。
それにしても彼女は意外とまんざらでもない様子、もしかして脈ありなのだろうか。別段気にしてないようにも取れるけど。
その答えでなんだか嬉しくなった私は、そのまま暴走してしまいました。
「ついでにティアさんも結婚しましょうよっ!」
「えっ、私!? ……ごめんなさい、そういうのはちょっと――ていうか何で『ついで』なのよ!?」
驚いたり、申し訳なさそうにしたり、怒ったり、忙しいお方だ。そしてまたもや大大大ブーイング。ええい、もういいや。取り敢えず暴れとけ。
「ついでにそこの貴女も結婚しましょう!」
窓際の一番後ろ、適当に目についた少女を指名する。瞬間、教室が凍りついた。
「……楽しい? そんな風に馬鹿みたいに群れて」
彼女は冷たく突き放すと、一人で窓の外を見遣った。地雷踏んじゃったか、これ。
よく見れば彼女、私服だ。よく見なくても私服だった。それはつまり、彼女も六魔女の一人だということ。それならば私が無意識に彼女を選んだのもある種の必然だったのだろう。
それにしても、もうちょっと見てから指名すれば良かった。今見れば彼女も明らかに異質なオーラが漂っている。けれどそれはティアのように優等生なオーラでも、妖花のように麗美でカッコいいオーラでもない。暗黒のような負のオーラだ。
彼女は見るからに閉鎖的だ。
フリルの付いた黒いゴスロリドレスは可愛らしくもあるけれど、どちらかと言うと地味な部類に入るであろう彼女にとっては、むしろ着せられている感が漂っている。安直に言えば似合ってない、と私は思う。黒いカチューシャ、ニーソックスについても同様だ。
髪はショートであるが、前髪が長く、目元が伏せられている。人間の第一印象の九割が見た目で決まると言われているが、目の占める割合は大きく、これまた九割。つまり視線を合わせる意思のない彼女の印象は自然と最悪なものになってしまう。
けれど顔の造形も悪くないし、きちんとすれば可愛くなる……かもしれない。やっぱり目を見ないと、どうにも印象が掴めないけど。
彼女も六魔女なら怖い『敵』になりそうだ。容赦なく襲い掛かってくるだろうから。
「え、ええと確かにちょっとはしゃぎ過ぎだったかもしれないわね、リリシア。ちょっと言い方が悪かったかもしれないけど、彼女の言うことももっともだわ。こういうのを不愉快に思う人もいるのよ」
シンとする教室の中でティアが慌ただしくフォローする。
「ううん、ごめんね。確かに私も配慮が足りなかったみたいだから」
首を振って非を認める。ところで妖花はこんな空気の中でニタニタしないで欲しい。
「まあ色々ありましたが、リリシアです。普段は真人間なので優しくしてやってください」
例のスカートをつまみ上げるお嬢様挨拶をする。カーテシー、って言うんだって。
ともかく、黒い服の子には是非とも優しくしてほしいなぁ。これからも色々とあるだろうから仲良くしたいんだけどなぁ。
色々、ね。
彼女は相変わらず窓の外を見てムスッとしている。どうやら一筋縄では行きそうにないかな。
「それじゃあリリシアさんの席は――」
† † †
「で、どうして貴女が隣なのよ」
「いやぁ、こればっかりはどうにもならないわけですよ」
転校最初の休み時間。ティアは自分のクラスに帰って行き、妖花もふらふらと何処かへ行ってしまった。
隣の席には、さっきの子。気まずくて苦笑するしかなかった。
「さっきはごめんね。五月蝿くしちゃってさ。ま、これも何かの縁と思って仲良くしようよ」
仲良くなりたいときはやっぱり握手。今日はもうお手洗いに行けないよ。
「ふん」
でも彼女はツーンと顔を背けてしまった。
「……ベルザリア」
「へ?」
特に意味を持たない文字列が彼女の小さな口から紡ぎ出される。
「隣人の名前くらい覚えておきなさい。不都合があってはこっちも困る」
彼女は逃げるように窓の方を向いた。
ベルザリア、ね。
「可愛い名前だね。ベルって呼んでもいい?」
「駄目」
「よろしくね、ベル」
私がそう言うと、ベルは「人の話を聞け」と言わんばかりに精一杯の嫌そうな顔をした。