2ページ目:Ⅱ-Aの不思議な魔女たちⅠ
「へぇ……、ということは先生はここの卒業生なんだね」
「そうなのよ。とてもそんな風には見えないのだけれど」
私とティアは教室まで続く道のりを一緒に歩きながら、雑談を交わしていた。
内容については、この学園の卒業後について。曰く、高等部を卒業した生徒は学園から立ち去るのが通常だけど、学園に残ることも出来るらしい。そういう選択肢を選んだ生徒は以後『シスター』と呼ばれ、下級生の修学を手伝いながら、自己研鑚を行うとのこと。先輩のシスターから大学・大学院レベルの知識を教わったり、ひたすら魔術の研究に明け暮れたり。自らの与えられた役目を最低限を果たすのであれば、基本的に何をしてもいいらしい。
で、先生はひたすら勉強を頑張って、今では高等部の教育を受け持つまでになったとか。
「お姉ちゃん、ああ見えて努力家なのよ。案外、頼りになることもあるし」
そう語るティアの顔はどことなく誇らしげだ。私もこんな兄弟姉妹と一緒に過ごせたらよかったのに、と僅かながらに妬けてしまった。
そして歩くこと数分。
「着いたわよ、ここが貴女の教室」
見上げると、プレートにはⅡ-Aとある。第二学年のAランククラスという意味だ。
この学園は学業、素行とは関係なく、魔力のレベルだけでクラス分けをしている。当然ながらAが上。
つまりは優良生クラス、そういうこと。
「さ、入りましょう?」
ティアは私の手を引いて教室の中に連れ込む。その手はひんやりと柔らかく、不覚にも、ちょっぴり私はドキドキしてしまった。
だが、そんな精神状態で入ってしまったのがまずかったのか、私は入室するなりあるものに目を奪われてしまった。清潔な教室の景色にでもなく、視界に入る限りのクラス全員が美少女であることでもない。
――開けたドアのすぐ目の前に座っていた子、ただ一人にである。
彼女は今まで美しいと思えたものが、すべて虚しく思えてしまうほどに、際立って美人だった。それはもう、気味が悪くてすくみ上がってしまうほどに。
まず、皎い。肌が皎い。髪が皎い。病気か何かと思うほどに、雪のように真っ白で儚く、一つの穢れも見出だせない。むしろ死んでいるんじゃないかとさえ思えてしまうほどに皎い。
そして、緋い。瞳が緋い。唇が緋い。纏う衣でさえも狂おしい、血のような鮮やかな緋色だ。それらが彼女のその皎い素肌に入り混じって浮かんでいるのだ。禁忌的に魅魎してやまないほどに緋い。
真っ直ぐに伸び乱れた後ろ髪は、どこまでも続いているかのように長く、彼女が椅子に座った態勢では決してその終端を垣間見ることが出来ない。細い四肢とよく痩せた身体は、触れれば折れてしまいそうに華奢である。けれども、そんなことをした暁には取り殺されてしまいそうな、そんな不思議な毒気を含んでいた。
「ん、ティアか。お前がここに来るなんて珍しいな――って、おぉ。見ない顔じゃん、しかも可愛いし」
でもそんな彼女が恐ろしいことに、至って普通に話しかけてきたのだ。いっそのこと襲い掛かってきたりとか、ただじっと見つめてきたりとか、呪詛を呟いたりとか。そっちの方が納得できたというのに。
「あ、いえ、……どうも」
つい萎縮してしまった。「お嬢さんの方がお美しいですよ」とか気の利いたことの一つや二つくらい言えたろうに。とてもそんな軽快なことは言えなかった。
「そんなに照れることもないだろうに。キミ、顔真っ赤だよ?」
「あ……わ、分かってます!」
彼女はそう誂って、人当たりの良さそうな柔和な笑みを浮かべた。
どうにも彼女の手球に取られてしまって頂けない。私は質問をして態勢を立て直すことに。
「その服、綺麗ですけど珍しいものですね。何処のものですか?」
彼女の服について触れる。それは緋色一色でフリルやボタンなどの装飾のない、とてもシンプルだが奇特なものだった。
そういえば彼女は制服でなく私服を着ていることに今更ながら気付く。ということは彼女も『六芒星の魔女』の一人なんだろう。
六芒星の魔女――この学園の中でのみ存在する名誉ある称号だ。学生の身でありながら、一流の魔女であると認められた者を指す。学年を問わずして全校生徒に六人のみ存在し、ある程度の自由を認められている。私服着用の許可もその一つだ。
襲名は完全な実力主義で、基本的には既に籍を置いている者の中から一人、譲渡を認めさせることができれば交代できる。つまりは奪い取る、ということだ。
ちなみにティナも、見た目こそ制服とよく似ているが私服を着ている。ということは彼女も六芒星の魔女の一人。残りは四人いるということになる。
そんなところで話に戻る。私が服について尋ねたんだ。
「ああ、この服? これは着物って言うんだけど――」
着物、聞きなれない言葉だった。
「日本、分かる? 東の方の小さな島国なんだけど。これはそこの伝統衣装みたいなもんだね」
名前くらいは聞いたことある。文化や技術の発達した先進国の一つで、魔術に関しても呪術や妖術、陰陽術といった独特な魔術を使う国だ。魔術の本場であるここらにも劣ってるとは言い切れない。
「彼女、留学生なのよ。このクラスにもう一人、同じ日本出身の子が居るんだけどね」
私の隣でティアが解説を入れてくれた。
「そうだ、紹介がまだだったわね。彼女は『妖花』、私の去年のクラスメイトで、友達、みたいな? というより腐れ縁といったところかしら」
「よろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
握手をする。やっぱり彼女の手は白くて、細くて、そして冷たかった。
「あれ、去年のクラスメイト? 今は違うの?」
一緒の学年だったら同じⅡ-Aで同じクラスのはずだ。
「ティアは飛び級したんだ。だからクラスはⅢ-A」
今度は妖花が解説する。
「まあ、去年の後期まではこいつCクラスだったんだけどな」
「えっ、Cクラス!?」
つまりは短期間でCからAに、さらには学年さえも飛び越して、六芒星の魔女になったということか。努力という言葉だけでは信じられない。一体何があったんだろう?
「ちょっと妖花、転入生にそんなこと話さないでよ!」
「こいつ、それまで魔術が全然ダメだったんだ。勉強と素行は良かったんだけどな」
妖花は意地の悪そうにティアを誂って笑う。どうやら彼女はこういことが好きらしい。
「この話は終わり。それじゃあ時間も無いから、転入生さんの紹介はホームルームで纏めてするわ」
じゃあそういことで、とティアは話を切り上げ教壇の上へ向かう。僕もそれに合わせて足を進めようとすると、「あ、そうだ」と妖花が思い出したように言葉を紡いだ。
「今日の放課後、夜二十一時、寮の地下にある防音室においでよ。そこでアタシの入っているバンドがライブをするからさ」
妖花はバンドをやっているのか。男子にも女子にもモテそうな、中性的な姿をしている彼女のことだからきっとスゴい人気なのだろう。やっぱりボーカルなのかな?
私は頷くと、段々と楽しくなってきた転入生活に満足感を覚えながら、ティアの立つ教壇に上がった。
学園の舞台は現代世界でいうイギリスあたりの設定です。
ですが学校制度は日本ベースで。
読者的にも、作者的にもその方が分かりやすいかな、と。
べ、別に面倒だったわけじゃないんだからね!