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私が手を振ってメイドさんを見送っていると、歩み寄る影が二つ。
「お別れの挨拶はもう終わりましたか?」
一人は銀のロザリオと、制服によく似たシスター服――というよりも裾丈の長い、シスター風味のワンピースを身に纏い、目元のキリッとした、なんだか聡明で気の強そうな若い女性。
「はい、もう大丈夫そうです」
「なんだか優しそうなメイドさんだったね~。まったく、ウチの厳し~ぃ学園長もあんな風にま~るくなって欲しいものだね~」
そして、どこか間延びした口調で独り言の愚痴をこぼす、スーツ姿で眠たげな様子のもう一人。
全然雰囲気の違う二人だけど、栗色のウェーブ掛かった髪といい、アメジストの瞳といい、どこか似通っている部分もある。もしかして、姉妹なのだろうか。
と、そんなこんなを考える暇もなく、気の強そうな女性――それとも少女と言った方がいいだろうか――彼女の口から質問が投げ掛けられた。
「念のため確認なのだけれど、貴女が転入生ということで正しいかしら」
「はい、今日からこの学園に転校することとなった――」
少しだけ、詰まる。
「――リリシア・シザンサスです。今日からよろしくお願いします」
思い出したように、慌ただしくスカートの端を摘んで礼をする。
リリシア・シザンサス。今の私の名前らしい。
けれど、この名前にはほとんど馴染みがない。本名ではなく、自分で付けた仮名ということになる。
ともかく、自分の名前くらいはすぐに出るようにしないといけないな。私の名前は『リリシア』。これ大事。
一方、気の強そうな少女も僕に合わせて自己紹介をしてくれた。
「私はクリスティア・ムーンフェイス。『ティア』で構わないわ。一応、この学園の高等部の生徒会長をさせて頂いています。で、こっちが――」
隣の眠そうな少女に手を向ける。
「ど~も~、至高にして究極の姉、ヘロベロス・ムーンフェイスでぇす。一応、キミの担任でもあるんで、せーぜー崇め奉るよーに。呼び名は『ヘローちゃん先生様』と呼んでもいいよ~?」
「え」
この人、私の先生だったのか。その割には若いというか、幼稚というか。本人は生徒会長さんの――ティアの姉だと名乗るけど、むしろティアの方がお姉さんのような気がする。
それにしても何というか、傍若無人な人だなぁ。
「ちょっ、おね――」
ティアは言いかけて口をつぐむ。
「――シスターヘロベロス。いくらなんでも、貴女の態度は教師として――!」
「あ、そーだ。私まだ二十代なんで、そこんとヨロシクぅ」
まだというか、もうというか。とても二十代には見えないです。
「ちょ、さっきから人の話を――」
「さーさーさー転校生クン、こんなプリプリでお尻ブリブリなお説教好きの生徒会長なんかは置いておいて、そろそろ我々の教室にでも参りましょ~や」
「――っ! 転入生に変なことを吹きこまないで! それに一体誰のせいで、誰のために、こうしてお説教をしていると思っているんですか!」
「うるさいやいっ! なんで私より年下のくせして、そんなに発育がいいんですかネェ!? や~いや~い、お前の母さんボン・ボン・ボ~ン! お前の姉ちゃんボン・キュッ・ボ~ン!!」
どうしよう。この先生、手がつけられない。早くなんとかしないと……。
「あ、あのっ!」
私が声を上げると、二人の視線が向けられた。
「あのっ、先生……!」
「何かな~、転校生クン」
緊張で息を呑み、切り出す。
「先生は自分で言っていて悲しくならないですか? 『お前の姉ちゃんボン・キュッ・ボ~ン!!』って……」
先生のことですよね? そう言おうとした時、眠たげな先生の眼が――開眼した。
「転校生クン……」
がっしりと、私の肩に先生の冷たい手が置かれた。
「あ、いえ、何でもないです……! だから、許してください! ごめんなさい、すみませんもういいませんだからゆるしてくだサイ何デモシマスカラタスケテクダサヒイイィィィ――!」
「そんなこと、先生が一番よく分かってるわよぉ! どうせ歳の割に貧相な身体ですよ~だ! うわ~ん転校生クンのバカ、アホ、マヌケ~! おたんこなす~! うわああぁぁぁん!」
そう言って先生は、一人涙を流し校舎の中に消えていった。自然と、私とティアが二人きりで残される形に。
「……なんだったんだろう」
「割りといつものことよ」
ティアは肩をすくめて見せた。
しかしこうして見ると、やはり彼女は美人である。体のパーツの一つ一つがよく手入れされているようだし、所作のすべても洗練されていて気品を感じさせる。さすが聖ワの生徒会長だけあって、名家のお嬢様と体現するに相応しい女性だと言える。
それにスタイルもいい。服の上からでは分かり辛いけど、ウエストは締まっていながら、バストとヒップは豊かで形がよく、女性的な身体付きをしている。でもだからと言って大きすぎて下品だということは決して――。
「ちょっと、あまり人の身体をジロジロと見ないでくれるかしら。……気にしてるんだから」
「え?」
彼女はちょっと落ち込んだ風に呟くと、自身のお腹を擦る。よく見ると、案外そこまで痩せてはいないようにも見える。でも気に掛けるほど太っているようには、当然ながら思えない。
「……あまりダイエットをする必要はないと思いますよ?」
「……そうね、ありがとう」
私たちはどちらからともなく、校舎に向かって歩き出す。
「ところで、えーと、リリシアさん、だったっけ?」
「はい」
ティアは恥ずかしそうに頬を掻くと、
「グッジョブ!」
といかにも青春な、快活で爽やかな笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん、中々質が悪いのよ。リリシアさんが撃退してくれて助かったわ」
「あ、忘れてた。放っておいていいの?」
私も忘れかけていた一人の問題児――もとい問題教師の存在をようやく思い出した。
「大丈夫でしょう。ああ見えても社会人だし。一応は、私の姉だし……あー、それともう一つ……」
何かまだ言いたいことがあるのか、ティアはコホンと咳払いをし、続いて喉の調子を整えてから、
――彼女は私に言ってくれた。
「ようこそ、聖ワルプルガ女子魔術学院へ。
私たち聖ワの全生徒は、貴女の転入を心より歓迎・祝福しますわ。
リリシア・シザンサス。母なる学び舎を共にする、私の大切な親友へ――」