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 文京区総合体育館を後にして、春日通にでた。

 トキオがうめき声をあげ、肩膝をついた。

 今まで、痛みを堪え平静を装い歩いていたトキオだったが、思った以上にダメージが深かった。

「大丈夫か」

 手を貸そうとする田辺を遮り、トキオは立ち上がった。

「こうでもしなくては、新陰流下藤は極まらなかった――」

 それは、剛将鬼がどれほどの強敵であったかを物語っていた。

 僕は、役目を果たさなくては、倒れる訳にいかない――トキオは足を引きずるようにして、歩き出した。

「待て!」

 田辺がトキオのTシャツの袖を掴んだ瞬間、ものすごい力で振り払われる。

「やめてくれたまえ!」

 袖は鈍い音を立てて引きちぎられた。

「な!?」

 田辺は引きちぎられたシャツから覗くトキオの肩をみて目を剥いた。

 肩口から覗くそれは生々しいほどの弾痕だった。

 この男、一体どれだけの地獄を潜り抜けてきたのか――田辺は手で傷を隠すようにして歩き出したトキオの背中を見つめた。



「剛将鬼の精神が消えました」

 須弥壇の黒い炎に頭を垂れながら、姫将鬼は報告をした。

 洞窟内に姫将鬼の声が重複して響き、余韻を残し消えていく。

 姫将鬼の魂に直接語りかける野太い声。

 それは親方様と呼ばれる主のものであった。

 ――剛将鬼め、油断しおったな――

 黒い炎が燃え盛り、十字の光が淡く揺らいだ。

「では、次は我、姫将鬼に――」

「待てい」

 その声は姫将鬼の背後から聞こえた。

 須弥壇に備えられた蝋燭の明かりが、声の主を照らす。

 姿を晒したのは、顔をすっぽりと覆う黒いフード。

 黒のローブを纏った何者かが須弥壇へ歩み寄っていった。

 フードの下は暗く伺うことはできない。

 その様相は、例えるなら死神を彷彿とさせる。

「知将鬼――」

 知将鬼と呼ばれたローブの男は、姫将鬼の横まで来ると跪いた。

「親方様、次はこの知将鬼めにお任せください」

 親方様と呼ばれた黒い炎は大きく燃え盛る。

 ――今度こそ失敗は許されぬぞ――

 知将鬼は暫し沈黙すると、肩を奮わせた。

 クククとフードに隠された口から含み笑いが漏れた。

「こちらには策がございます――」

 一拍の後、言葉を続ける知将鬼。

「親方様の望まれる世に近づけてご覧にいれましょう」

 構築した策に余程自信があるのか、知将鬼の言葉は落ち着きはらっていた。

 ――そうか、手見上げ楽しみにしておるぞ――

 言い残すと、黒の炎は一瞬燃え盛り、姿を消した。

「どういうことだ!」

 姫将鬼は隣の知将鬼を横目で睨み据える。

「新陰流は、貴様には任せられぬ――ということだ」

 それは個人的感情で新陰流、いや、妖術刀の使い手を目の前にしながらおめおめと引き下がったという意味を含んでいた。

 知将鬼は、戦いを挑まずに退いた姫将鬼の将らしからぬ醜態を許せなかったのだ。

 個人的感情を戦に持ち込むなど、生ぬるい――姫将鬼を一瞥すると、知将鬼は踵を返す。

 剛将鬼は油断したようだが、私は生ぬるいことはせぬ――策を以って非情に徹する。それが彼のやり方である。

 感情の高揚を抑えることなく笑いながら、知将鬼はその体を闇へと溶け込ませていった。


 

十の巻 狙われた新陰流


 完


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