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 明かりの無い祐二の部屋。

 黄泉はベッドに腰を下ろし、考えふけっていた。

「なぜ、わしは二百年後の日本に――」

 黄泉の家屋にいきなり現れた男、トキオ。

 そのトキオが黄泉を286年後の日本に送り込んだ。

 一体わしにどうしろというのだ――考えても考えても晴れない疑問に、黄泉は頭を抱えた。

 目を閉じるとなぜか祐二の顔が浮かんだ。

 お前の戻れる方法を探す――悲しみを含んだ祐二の声が黄泉の脳裏を掠めた。

 すると不意に部屋が真昼のように明るくなった。

「電気ぐらい――」

 と言いかけて、黄泉が電気のつけ方がわからない事に気づき、祐二は頭を掻いた。

 手には茶色い紙で出来た袋を抱えている。

「せっかく案内してたのに、白けちまってわりぃな」

「気にするな」

 祐二は紙袋の中を探り、茶色く細長い物を取り出した。

「食うか?」

 甘く香ばしいにおいが鼻腔をくすぐる。それはまさしく焼き芋の香りだった。

 黄泉は返答するよりも早く、芋を祐二の手から奪い取ると、真ん中から半分に割った。

 中から金色に光る身が現れる。

「はぐっ」

 一気にかぶりつくと、芋の甘さが広がり、身は口の中でとろけていった。

 一心不乱に芋を食べる黄泉の姿をみながら、祐二は苦笑した。

「まだあるからゆっくり食べろ」

 祐二の言葉に、こくりと頷くと、黄泉はまた芋にかぶりついていった。

「外で飯でもと思ったんだが、そんな気分じゃねぇしな」

 祐二は椅子にどっかと座り、袋から芋を取り出すと、豪快にかぶりついた。

 あのトキオって奴、気に入らねえ――そう毒づきながら、トキオが言った言葉を思い返す。

 なにが道先案内人だ、ふざけやがってと、トキオという男のエゴで、一人の少女の人生が狂った事に、祐二はとてつもない怒りを覚えていた。

 そして。

 黄泉の惚れた男か――そのことを考えると、胸が痛んだ。

 しかし、黄泉の事を考えると、惚れた男に会わせたい。

 そう祐二は思った。例え自分の気持ちを殺してでも。

 こんどこそトキオという男をふん捕まえて、黄泉が江戸時代に帰れる方法を聞き出してやる――そう祐二が思った時だった。

「お主が――」

 ぼそりと呟く声に気づき、祐二は我に返る。

 黄泉は真っ直ぐ祐二の顔を見つめていた。

「祐二が望むなら、わしは残ってもよい」

 祐二は言葉を失っていた。

 黄泉がその事をずっと気に掛けていたとに、祐二は驚きを隠せなかった。

 なんと言って良いのか、どんな言葉を返せば良いのか全くわからない。

 それってもしかして俺のことを――そんなはずはないと、激しくかぶりを振って机に向かう。

「だったらこの時代の事をたっぷりと、勉学してもらうからな」

 そう言いながら、ノートに書き留めた物を黄泉に渡した。

「この時代について覚える事を少し書いておいた。明後日までにちゃんと答えられるようにしておくこと」

 それを聞いた黄泉の眉が情けなく垂れ下がった。

「うぅ――それはないぞ」

 今にも泣きそうな顔で訴える黄泉に、祐二は頑として首を縦に振らない。

「これを愛のムチという。一つ勉強になったな」

 得意げに人差し指を立てる祐二に向かって、黄泉は半ば泣きベソをかいたような声で呟いた。

「そんな愛はいらぬぅ」

 泣くなよ、そんな目で見ないでくれ――祐二は黄泉の視線に耐えきれず、逃げるように立ち上がった。

「あぁ、やべ、トイレ――」

 言い終えないうちに、祐二はトイレに駆け込んだ。

「あぁ! なにやってんだ俺! なんであんなこと言ったんだよぉぉぉ!」

 叫びながら、素直になれない自分の頭を力一杯殴りつけた。

 祐二の目からは涙が溢れた。

 いてぇ、情けねぇと呟き、大きく肩を落とす祐二。

 トイレのドアの向こうでは、黄泉がもらったばかりのノートに視線を落としていた。

「ふむ、中二病――」



 華やかだった明かりが嘘のように、静けさ、静寂が支配する後楽園。

 遠間から文京シビックタワーを見つめる男の姿があった。

「運命からは逃れられない」

 月の光が額のゴーグルを照らす。

 小高く聳えるタワーを嘲笑するかのように、男の口元がつり上がった。

「やがて大きな闇が――」

 言い捨てるように身を返し、男は歩き出す。

 やがて月の光は厚い雲に遮られ、周囲は漆黒に包まれていく。

 色鮮やかだった歩道のタイルは闇に塗りつぶされ、乾いた靴音だけがこだました。

 まるで闇の中にとけ込むかのように、男は姿を消していった。


 一の巻 カルチャーショック


 完

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