六
剛将鬼は三人を見渡すと、口をぬらりといった感じで開いた。
「よくも剛将軍を――」
場内には胴着を着た男達が倒れていた。
それも鬼を生やす者は一人としてなく、皆が皆、床に倒れ伏していた。
その両腕は怒りで震え、筋肉が一際盛り上がってみえた。
弱ったところを見計らい、とどめを刺すつもりだったのだろう。
剛将鬼は軍勢力の過半数を失うという予想外の痛手に、形容しがたい屈辱を覚えていた。
「自分で試すといったのだろう?」
トキオの皮肉は剛将鬼の怒りに油を注いだ。
「貴様ああああああ!」
血走った眼をトキオに据え、剛将鬼は全身を震わせた。
夥しいほどの殺気が全身から溢れ、負の私怨がトキオを射抜いた。
「奴は肉体を持つ悪鬼だ。僕に任せてくれたまえ」
トキオは剛将鬼に歩み寄り、妖術刀を青岸に構えた。
剛将鬼は右足を引き、左拳を前、右拳は右側面で構える。
相手は無手であるが、どんな攻撃をしてくるのか予想がつかない。
トキオが青岸に構えたのは、相手の出方を伺うためだった。
巨体からリーチを考え、太刀を持った相手と同じ間合いを保つ。
先に動いたのは剛将鬼だった。
大きく踏み込み、拳を絞る。
右のストレートだ。
トキオは横に退く。
打ち下ろすような打撃が空を切った。
風圧でトキオの前髪が持ち上がる。
剛というに相応しい拳だった。
続いて左の足が跳ね上がる。
「なに!?」
思った瞬間、右足を重い衝撃が襲った。
「蹴り――だと!?」
喰らってからトキオは気づいた。ローキックだったと。
重い蹴りの打撃に、トキオは顔をしかめた。
「トドメダ」
剛将鬼は再び右拳を引いた。
右ストレートか――トキオは後方に退いた。
風を切り、拳が迫る。
瞬間、赤い拳から野太い突起が生えた。
「――な!?」
トキオはとっさに妖術刀を胸元に引き寄せた。
強い衝撃が胸元を突き抜けた。
「――ぐふぅ!」
精神で出来た刺に妖術刀は砕かれ、粉雪のように散る。
トキオの体は後方に大きく弾かれ、背中を床にたたき付け停止した。
口元から血を滴らせ、上半身を起こす。
「トキオ!」
トキオは駆け寄ろうとする田辺を手で制した。
「わかったよ、奴の立ち回りが」
トキオはゆらりと立ち上がり、口元を腕でぐっと拭った。
剛将鬼は肩に手を宛て、首を鳴らしている。
遊びにもならん、そういわんばかりの余裕である。
「はああああああぁぁ――」
トキオの気合いが漏れた。
無手で青岸に構え、精神を注ぎ込む。
精神が右手に凝縮され、金色の輝きを放つ。
「――ああああぁぁぁ!」
場内に稲妻のごとく光が走った。
右手に精製された太刀を握り、トキオは剛将鬼のもとへ歩き出した。
「そうこなきゃ面白くねぇぜ! 妖術刀の使い手」
剛将鬼は両の拳を叩き、半身に構えた。
肉体を持つ鬼の攻撃は肉体を砕き、精神で出来た刺は魂を貫くか――トキオは剛将鬼の攻撃、一手一手を分析する。
足の運びは運足ではなく、ステップ。
戦うスタイルは無手のキックボクシング。
いや、それに似た我流の拳闘スタイルかもしれない。
キックで気を逸らせてのパンチ攻撃に気をつけねばと、トキオは自分に言い聞かせる。
「さあ、覚悟したまえ――」
いうとトキオは中距離の間合いで立ち止まり、青岸に構えた。
妖術刀の刀身がライトの光を反射し、冷たいほどの輝きを放つ。
「覚悟するのはキサマダあああ!」
赤の拳が風を切った。
右か――トキオは右に足を運ぶ。
瞬間、下腹に衝撃が走った。
「――グッ!?」
下から突き上げられるような重い衝撃だった。
剛将鬼の左拳が下腹にめり込んでいた。
右から左のワン・ツーだ。
突き上げられた衝撃で、一瞬トキオの両足が床から離れた。
「どうした? 妖術刀さんよお!」
剛将鬼から短い気合いが漏れる。
赤い左足が床を蹴った。
軸足が返る。
左のローがトキオの足をインパクトした。
「――!?」
膝をつく間もなく、今度は剛将鬼の右足が跳ね上がった。
「フシぃ!」
牙の生えた口から、熱い気合が漏れた。
赤い脛がトキオの胸元を捉えた。
ミドルキックだった。
「が、かっ!?」
重い衝撃を受け、トキオの体は後方に弾かれる。
背中を床にたたき付けられ、滑るようにして停止する。
まだ――トキオはゆらりと立ち上がった。
そして剛将鬼のもとへ歩を進める。
青岸に構えるが、打撃を受けた膝が震える。
「ぐ――クソ!?」
トキオは苦痛に顔を歪め、がくりと片膝をつく。
「すぐに楽にしてやろう――」
剛将鬼は舌なめずりをすると、右拳から野太い刺を生やした。
そして大きく右拳を振り絞る。
「死ネエエエエエエエエ」
来るか! 渾身の一撃――トキオはこの瞬間を待っていた。
刺の生えた右拳が頭上に迫った。
――今だ!
トキオは頭上に太刀を掲げた。
激しい銀音が児玉した。
白い火花がフラッシュした。
「なにぃ!?」
野太い刺は鎬に弾かれ、極端に速度が削がれた。
拍子に、剛将鬼の体ががくりと傾いた。
トキオの眼光が鋭さを増す。
「新陰流――」
妖術刀を上段に振り上げ、床を蹴る。
「――下藤」
「ばカナ――!?」
上段からの切り下ろし。
剛将鬼の頭頂から胸元にかけて斬撃が走った。
新陰流下藤――馬上から突き出された槍の先端を太刀の鎬で受け、バランスを崩した相手を馬ごと両断するという荒業である。
鎬は刀身の側面、盛り上がっている部位の為、弾くのが難しく難易度の高い技である。
相手の仕懸に対して転じて勝つ――見事な下藤であると、源一郎は唸った。
「オノレ新陰流――」
剛将鬼は喉を掻きむしるように、もがき苦しむ。
「――俺様がこれで滅っすると思うなあああああ」
白い飛沫が天井を突き抜けた。
間欠泉のごとく舞い上がる飛沫に乗って、白ぼけた精神の塊が飛散していった。
剛将鬼の体は透けていき、消滅した。
トキオは残心を解き血振りをする。
太刀は砕け散り、破片が粉雪のように舞い、やがて散っていった。
「トキオ!」
祐二の声にトキオは振り向いた。
「終わったのか?」
遅れて到着した黄泉が、トキオの背後で倒れ伏す男の姿を見ながら問いかけた。
「ああ、終わった」
タンクトップに迷彩色のパンツを身に着けた男。外傷はなく、穏やかな顔で寝息を立てている。
その男の魂は剛将鬼に消化され、二度と眠りから覚めることはないであろう。
トキオはさほど感傷に浸ることもなく、淡々と語る。
「これで意識不明になった被害者も意識を取り戻すだろう」
「今回はなんとお礼をいってよいのか。改めて事務所にご挨拶にお伺いしましょう」
源一郎がいう。
「礼ならそこの探偵事務所所長にいってくれたまえ」
トキオはいこうかと、田辺を促し踵を返した。
「祐二、所長というのはなんだ?」
祐二は頭を掻きながら説明をする。
「いや、なんでも屋をまとめる長、要するに黄泉のことだ」
「わ、わしであるか!?」
自らの顔を指で示し、仰天した顔で黄泉は祐二に聞き返した。
「ま、なんでも屋を始めるといったのはお前だしな」
しかしトキオのほうが頭がキレそうだがと、祐二は内心で続けた。
ともあれ、今回の一件は落着ということとなり、黄泉はほっと胸をなでおろす。
「しかし、トキオが事件を解決してくれたのは有難いが――」
ふと漏らした祐二の呟きに、黄泉は何がいいたいのか察しが着いた。
「左様、なぜトキオが急に表立って動き出したか――」
いままで陰ながら黄泉達を助太刀していたトキオが、今回の一件では戦いの最前線に打って出たのである。
君の存在を気づかれてはならない――その言葉が関係していると、黄泉は思った。
――トキオ、お主、何を狙っておる――
黄泉は不安を抱きつつ、すでにトキオの居なくなった競技場出入り口を見据えた。




