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 剛将鬼は三人を見渡すと、口をぬらりといった感じで開いた。

「よくも剛将軍を――」

 場内には胴着を着た男達が倒れていた。

 それも鬼を生やす者は一人としてなく、皆が皆、床に倒れ伏していた。

 その両腕は怒りで震え、筋肉が一際盛り上がってみえた。

 弱ったところを見計らい、とどめを刺すつもりだったのだろう。

 剛将鬼は軍勢力の過半数を失うという予想外の痛手に、形容しがたい屈辱を覚えていた。

「自分で試すといったのだろう?」

 トキオの皮肉は剛将鬼の怒りに油を注いだ。

「貴様ああああああ!」

 血走った眼をトキオに据え、剛将鬼は全身を震わせた。

 夥しいほどの殺気が全身から溢れ、負の私怨がトキオを射抜いた。

「奴は肉体を持つ悪鬼だ。僕に任せてくれたまえ」

 トキオは剛将鬼に歩み寄り、妖術刀を青岸に構えた。

 剛将鬼は右足を引き、左拳を前、右拳は右側面で構える。

 相手は無手であるが、どんな攻撃をしてくるのか予想がつかない。

 トキオが青岸に構えたのは、相手の出方を伺うためだった。

 巨体からリーチを考え、太刀を持った相手と同じ間合いを保つ。

 先に動いたのは剛将鬼だった。

 大きく踏み込み、拳を絞る。

 右のストレートだ。

 トキオは横に退く。

 打ち下ろすような打撃が空を切った。

 風圧でトキオの前髪が持ち上がる。

 剛というに相応しい拳だった。

 続いて左の足が跳ね上がる。

「なに!?」

 思った瞬間、右足を重い衝撃が襲った。

「蹴り――だと!?」

 喰らってからトキオは気づいた。ローキックだったと。

 重い蹴りの打撃に、トキオは顔をしかめた。

「トドメダ」

 剛将鬼は再び右拳を引いた。

 右ストレートか――トキオは後方に退いた。

 風を切り、拳が迫る。

 瞬間、赤い拳から野太い突起が生えた。

「――な!?」

 トキオはとっさに妖術刀を胸元に引き寄せた。 

 強い衝撃が胸元を突き抜けた。

「――ぐふぅ!」

 精神で出来た刺に妖術刀は砕かれ、粉雪のように散る。

 トキオの体は後方に大きく弾かれ、背中を床にたたき付け停止した。

 口元から血を滴らせ、上半身を起こす。

「トキオ!」

 トキオは駆け寄ろうとする田辺を手で制した。

「わかったよ、奴の立ち回りが」

 トキオはゆらりと立ち上がり、口元を腕でぐっと拭った。

 剛将鬼は肩に手を宛て、首を鳴らしている。

 遊びにもならん、そういわんばかりの余裕である。

「はああああああぁぁ――」

 トキオの気合いが漏れた。

 無手で青岸に構え、精神を注ぎ込む。

 精神が右手に凝縮され、金色の輝きを放つ。

「――ああああぁぁぁ!」

 場内に稲妻のごとく光が走った。

 右手に精製された太刀を握り、トキオは剛将鬼のもとへ歩き出した。

「そうこなきゃ面白くねぇぜ! 妖術刀の使い手」

 剛将鬼は両の拳を叩き、半身に構えた。

 肉体を持つ鬼の攻撃は肉体を砕き、精神で出来た刺は魂を貫くか――トキオは剛将鬼の攻撃、一手一手を分析する。

 足の運びは運足ではなく、ステップ。

 戦うスタイルは無手のキックボクシング。

 いや、それに似た我流の拳闘スタイルかもしれない。

 キックで気を逸らせてのパンチ攻撃に気をつけねばと、トキオは自分に言い聞かせる。

「さあ、覚悟したまえ――」

 いうとトキオは中距離の間合いで立ち止まり、青岸に構えた。

 妖術刀の刀身がライトの光を反射し、冷たいほどの輝きを放つ。

「覚悟するのはキサマダあああ!」

 赤の拳が風を切った。

 右か――トキオは右に足を運ぶ。

 瞬間、下腹に衝撃が走った。

「――グッ!?」

 下から突き上げられるような重い衝撃だった。

 剛将鬼の左拳が下腹にめり込んでいた。

 右から左のワン・ツーだ。

 突き上げられた衝撃で、一瞬トキオの両足が床から離れた。

「どうした? 妖術刀さんよお!」

 剛将鬼から短い気合いが漏れる。

 赤い左足が床を蹴った。

 軸足が返る。

 左のローがトキオの足をインパクトした。

「――!?」

 膝をつく間もなく、今度は剛将鬼の右足が跳ね上がった。

「フシぃ!」

 牙の生えた口から、熱い気合が漏れた。

 赤い脛がトキオの胸元を捉えた。

 ミドルキックだった。

「が、かっ!?」

 重い衝撃を受け、トキオの体は後方に弾かれる。

 背中を床にたたき付けられ、滑るようにして停止する。

 まだ――トキオはゆらりと立ち上がった。

 そして剛将鬼のもとへ歩を進める。

 青岸に構えるが、打撃を受けた膝が震える。

「ぐ――クソ!?」

 トキオは苦痛に顔を歪め、がくりと片膝をつく。

「すぐに楽にしてやろう――」

 剛将鬼は舌なめずりをすると、右拳から野太い刺を生やした。

 そして大きく右拳を振り絞る。

「死ネエエエエエエエエ」

 来るか! 渾身の一撃――トキオはこの瞬間を待っていた。

 刺の生えた右拳が頭上に迫った。

 ――今だ!

 トキオは頭上に太刀を掲げた。

 激しい銀音が児玉した。

 白い火花がフラッシュした。

「なにぃ!?」

 野太い刺はしのぎに弾かれ、極端に速度が削がれた。

 拍子に、剛将鬼の体ががくりと傾いた。

 トキオの眼光が鋭さを増す。

「新陰流――」

 妖術刀を上段に振り上げ、床を蹴る。

「――下藤さがりふじ

「ばカナ――!?」

 上段からの切り下ろし。

 剛将鬼の頭頂から胸元にかけて斬撃が走った。

 新陰流下藤――馬上から突き出された槍の先端を太刀のしのぎで受け、バランスを崩した相手を馬ごと両断するという荒業である。

 鎬は刀身の側面、盛り上がっている部位の為、弾くのが難しく難易度の高い技である。

 相手の仕懸に対して転じて勝つ――見事な下藤であると、源一郎は唸った。

「オノレ新陰流――」

 剛将鬼は喉を掻きむしるように、もがき苦しむ。

「――俺様がこれで滅っすると思うなあああああ」

 白い飛沫が天井を突き抜けた。

 間欠泉のごとく舞い上がる飛沫に乗って、白ぼけた精神の塊が飛散していった。

 剛将鬼の体は透けていき、消滅した。

 トキオは残心を解き血振りをする。

 太刀は砕け散り、破片が粉雪のように舞い、やがて散っていった。

「トキオ!」

 祐二の声にトキオは振り向いた。

「終わったのか?」

 遅れて到着した黄泉が、トキオの背後で倒れ伏す男の姿を見ながら問いかけた。

「ああ、終わった」

 タンクトップに迷彩色のパンツを身に着けた男。外傷はなく、穏やかな顔で寝息を立てている。

 その男の魂は剛将鬼に消化され、二度と眠りから覚めることはないであろう。

 トキオはさほど感傷に浸ることもなく、淡々と語る。

「これで意識不明になった被害者も意識を取り戻すだろう」

「今回はなんとお礼をいってよいのか。改めて事務所にご挨拶にお伺いしましょう」

 源一郎がいう。

「礼ならそこの探偵事務所所長にいってくれたまえ」

 トキオはいこうかと、田辺を促し踵を返した。

「祐二、所長というのはなんだ?」

 祐二は頭を掻きながら説明をする。

「いや、なんでも屋をまとめる長、要するに黄泉のことだ」

「わ、わしであるか!?」

 自らの顔を指で示し、仰天した顔で黄泉は祐二に聞き返した。

「ま、なんでも屋を始めるといったのはお前だしな」

 しかしトキオのほうが頭がキレそうだがと、祐二は内心で続けた。

 ともあれ、今回の一件は落着ということとなり、黄泉はほっと胸をなでおろす。

「しかし、トキオが事件を解決してくれたのは有難いが――」

 ふと漏らした祐二の呟きに、黄泉は何がいいたいのか察しが着いた。

「左様、なぜトキオが急に表立って動き出したか――」

 いままで陰ながら黄泉達を助太刀していたトキオが、今回の一件では戦いの最前線に打って出たのである。

 君の存在を気づかれてはならない――その言葉が関係していると、黄泉は思った。

 ――トキオ、お主、何を狙っておる――

 黄泉は不安を抱きつつ、すでにトキオの居なくなった競技場出入り口を見据えた。



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