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 二階の競技場。広さは1134平方メートル。床は板張り。

 天井はドーム状に滑らかなカーブがかっており、黒の天井板に設置されたライトが、場内を照らしている。

 競技場中央に座する源一郎。その横にはトキオ、田辺。

 源一郎は胴着袴姿で座し、右手にはDVDプレイヤー、左には木刀が置かれている。

 突如三人の背中に冷たいものが走り、全身に鳥肌が立ってきた。

「来たな」

 トキオの呟きに田辺は無言で頷き、立ち上がった。

 身の毛が総立つほどの殺気が近づいてきた。それも複数。

 トキオが競技場のドアを睨みすえる。

 刹那、耳障りな怒号と共に、男の集団が場内になだれこんできた。

 源一郎は傍らのポータブルDVDプレイヤーを操作すると、体育館に響いていた稽古の音がぴたりと止まった。

 道場のPR用動画をプレイヤーで流していたのである。

 静まりかえった館内に緊張が走る。

 田辺は木刀を八双に構え、トキオはいつでも妖術刀を精製できるように身構えた。

 男達は三人を取り囲むように、じわり、じわりと距離を詰めてきた。

「覚悟はいいか」

 トキオが言うと同時、場内に金色の光が走った。

 目を焼くかのような強烈なフラッシュに、ならず者風の集団は腕で目を庇い、あるものはたじろいだ。

 光が納まると、トキオは太刀を青岸に構えていた。

「やはり現れたな! 妖術刀の持ち主!」

 声の主は集団をかき分け、トキオの前に姿を現した。

 長髪を無造作に束ねた黒髪。

 黒のタンクトップから覗くはちきれんばかりの筋肉。

 迷彩色のパンツに黒のブーツ。

 威圧感がそうさせているのか、トキオより一回りは大きく感じる。

「君が悪鬼の将か?」 

 トキオの問いに答えるかのように、男の額のヒビが大きく走った。

「オレサマがこの剛将軍を率いる、剛将鬼ダ、アアアアアアア!」

 男の衣服とも皮膚ともつかない破片が舞う。

 肩の皮膚が突起状に硬質化していき、黒い毛が肩を、下半身を蔽っていく。

 血のように赤い肌。修羅の如く怒りを露にした形相。肩に突き出た野太い突起。 

 今まで目にしてきた悪鬼と異なり、人の肉体から生えないことにトキオは目を細めて呟いた。

「これは――肉体を持つ悪鬼か!?」

 人の肉体を使い、精神体である鬼の存在を具現化させた――トキオは今まで脳内に蓄積された鬼の情報から答えを弾き出す。

 これが悪鬼か――そのとき源一郎は身を持って知った。

 トキオの話が現実だったことを。

 悪鬼が放つ殺気は人間と比べ物にならない鋭さ。その眼は睨まれただけで凍りつきそうなほどの冷たさだった。

 全てが常識を逸脱してた。

 しかし、現に悪鬼は源一郎の目の前に立っているのだ。

 全身に駆け巡る鳥肌。抑えようのない恐怖が源一郎を支配する。

 トキオより一回りは大きいであろう鬼――剛将鬼は血走った眼をトキオに向けた。

 ぞくりという悪寒が背中に走る。

 剛将鬼は鋭い牙を覗かせながら、ねっとりと口を開いた。

「まずは俺様と戦えるだけの資格があるか――試させてもらおう」

 いうと、剛将鬼は指で合図を送った。

「うおおおおおおおおおおおおおおお」

 それを合図に剛将軍の配下達は一斉に顔を押さえ、雄叫びをあげた。

 人の頭、背中を突き破り、鬼の姿が次々と現れていった。

「田辺! 人を叩き、足を止めろ!」

「おう!」

 田辺が短く応じ、真正面の男の足を狙う。

「ぐう!?」

 続いて肩。

 ――次!

 狙いを左に定める。

 一撃、二撃で鬼の足である人を沈黙させていく。

「やるな――」

 呟き、トキオは蹲る男の頭に生えた鬼を一閃する。

 残心も取らず、八双に構え素早く狙いを定める。

 右、左と妖術刀の斬撃は次々に悪鬼達を両段していった。

 配下の者共が倒れていく様に業を煮やし、剛将鬼が叫ぶ。

「一斉にかかれ! 能無しども!」

 これは戦である。時代劇のように一人ずつ襲い掛かることはナンセンスであろう。

 将の指示に従い、配下の男達は三人を取り囲み、一斉に襲い掛かった。

 しまった!?――この状況にトキオは舌打ちした。

 一斉に襲い掛かられては源一郎を守りながら戦うことは困難を極める。

 それでなくてもにじり寄る集団を退けるだけで手一杯だ。

「死ネエエエエ!」

 集団の一人が源一郎に向かって襲い掛かった。

 男は素手であるが、しっかりと頭部には鬼を生わせている。

 しまった――田辺を呼ぼうにも間に合わない。

 赤い鬼の爪が源一郎に迫った。

 源一郎は静かに黙していた。


 しまる心持の事に曰く。

 西江水せいごうすいをひくいきにて、ほそめたる心持よし、つめて、せめたてては、かたくいつく心有、ほそめてせめたてる心持よし――


 その時、源一郎の双眼が大きく見開かれた。

「はあああああああ!」

 大きな気合が迸った。

 それは大きな剣気を纏う。

 源一郎は肩膝をついたまま、木刀を切り上げていた。

 居合いからの抜き胴だった。

「!?」

 頭から鬼を生やす男は、腹部を押さえ崩れ落ちていった。

 源一郎は静かに立ち上がり、木刀を青岸に構えた。

「相手が鬼であれば――わたしも剣客になろう――」

 いうと、眼前の男の肩を木刀で凪ぐ。

 さらに隣の男に狙いを定める。腕を、胴を木刀の打撃が男を襲った。

 二人の男が倒れ伏すと同時、源一郎は剣先を天井に向け、八双に構える。

 西江水の心で悪鬼を呑むか――トキオは現在も変わらず受け継がれる新陰流の鼓動を全身に感じた。

「会長――」

 横目でみやり、田辺が呟く。

 心強い助っ人の登場に、田辺の気持ちに余裕ができた。

 残り人数はゆうに半分を切っていた。

「何をしている! 囲め!」

 焦りとも取れる剛将鬼の叫び。

 十数人となった剛将軍が三人を囲んだ。

 素手の者、木刀を持ったもの、それぞれがじわり、じわりとにじり寄る。

「乱戦時の兵法、それは――」

 同時、源一郎が動く。

 足が床を大きく叩く。

 床を踏み込む重い音は場内を振動させた。

「一点突破!」

 八双から胴を狙う。

 木刀が男の下腹を打ち据えた。

 崩れ落ちる男の背後で、源一郎は青岸に構える。

 集団で囲まれた場合、力の弱そうな相手を見定め、その相手を崩し輪の中から脱出する。

 輪が乱れた後は追撃してくる相手を順に倒していくという、集団戦における兵法である。

 トキオと田辺は頷くと、源一郎に続く。

 再び場内に重低音が響き渡った。

 ほぼ同時に踏み込みの音は重なっていた。

 背中合わせの状態から各々真正面に向かって踏み込んでいた。

「はあああああ――」

「いあああああ――」

 トキオは袈裟で鬼の胸部を一閃し、田辺は抜き胴で男の腹部の叩く。

 三人が三人ともちりじりとなり、包囲網は崩される。

 あとは追撃してくる相手を順に倒していくだけとなる。

 トキオは倒れている男達の頭に生えた鬼を狩っていき、田辺、源一郎は着実に鬼の足である人の動きを封じていった。

 残るは一人――トキオは狙いを定める。

 源一郎がトキオの前に立った。

 そして右足を引く。

 木刀の柄は右顔側面、剣先は上。

 八双の構え。

 対し、トキオは太刀を下段におろした。

 左足を後方に引き、半身になる。

 無形むけいの位――相手の隙を誘う、新陰流の構えだ。

 先に源一郎が動く。

 木刀が振りあがった。

「バガメ――」

 崩れ落ちそうな口を歪ませ、男が笑った。

 源一郎の放つ袈裟は空を斬った。

 その隙を男の木刀が狙う。

 同時、頭から生えた悪鬼の右腕が振り下がる。

 狙いはトキオ。

「新陰流魔の太刀!」

「新陰流逆風の太刀!」

 トキオと源一郎の叫びが唱和した。

 鬼の爪を受ける甲高い銀音がこだました。

 木刀が空ぶった男の腕を切り上げで叩き、妖術刀はしなやかな弧を描き、悪鬼を逆袈裟に一閃した。

 トキオと源一郎は青岸に構え残心をとる。

 男の手から木刀がすべり落ちた。

 鋭い視線で男を射抜くと、男の体は膝から崩れ落ちるように倒れ、体育館の床を叩いた。

 これが新陰流――白い飛沫を舞い上がらせ、姿を消していく悪鬼を見据えながら、田辺が呟いた。

 

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