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 悪鬼は肉体を持たない精神の存在で、それに太刀打ちできる武器が妖術刀であること。その妖術刀を持つ黄泉を悪鬼と戦わせる為、トキオが江戸時代から現代へ連れてきたこと。

 そして悪鬼は人間の悪心を食料とし、人類の制圧を企んでいることを順々と祐二は語っていった。

「信じられない話だが、信じるしかないようだな」

 呟くと、田辺は寝息を立てる少女に視線を落とした。

 なによりも、さっき自分が体験したことは、祐二の話を否定できない出来事だった。

「先輩、すまない。巻き込んでしまって」

 いつの間にか祐二は田辺の事を先輩と呼んでいた。

 祐二は師――田辺に向かって頭を下げた。

 関川、お前はいままでこんな事を背負い込んで来たのか――田辺の脳裏に、あの時の祐二の言葉が蘇る。

 ――大事なものをみつけたからだ――

 田辺は鼻を鳴らし祐二に歩み寄る。

「巻き込んだだと――」

 田辺は祐二の胸ぐらを掴み、凄みを利かせる。

「ふざけるなぁぁぁぁ!」

 突き飛ばすように祐二から手を離すと、田辺は空を仰いだ。

「剣道の道から外れ、修羅の道を歩むこの俺に、相応しい舞台だ」

「!?」

 祐二は驚き、顔を上げた。

 田辺の顔は清清しいほど晴れ渡っていた。

 手を差し伸べる者がやっと見つかった――そう言っているかのように。

 その表情は、蒼く広がりをみせる空のように穏やかだった。

「先輩――」

 祐二は師に心の中で精一杯の感謝を述べた。

「君には忠告していたはずだ」

 不意に口を開いたのはトキオだった。

「彼はすでに巻き込まれていた」

「なんだと!?」

 つかみ掛からん勢いで拳を握った祐二は、以前流していたトキオの言葉にはっとする。

 ――憎悪が減らない、それほど強い悪心を持つ者は鬼に好かれやすい――

 それは実に回りくどい言い方だが、考えようによっては田辺が鬼との戦いに巻き込まれるとも取れる。

 鬼に好かれる、要するに鬼との接触が多ければ、戦いに巻き込まれる事は必然である――と。

 祐二が目にした田辺と悪鬼の接触は今回が初めてだ。

 先輩はどこかで悪鬼と接触していた――祐二は推理を展開するも、そこまでの結論に達し終わってしまう。まして田辺にいままでどれだけの悪鬼と接触したかなど聞く気もない。

 田辺の性格からして話すようにも思えなかったからだ。

 兎も角、田辺が力を貸してくれることは、祐二にとってこれほど心強いことはなかった。

「しかし、彼、田辺は姫将鬼に面が割れてしまった。家族を守りたければ家に帰らないことだ」

 そんなことかと、田辺は嘲笑した。

「住処がないなら、僕が紹介してもいいが」

 言うと、トキオは歩きだした。

「案内してもらおうか」

 田辺は祐二を横目で見据えた。

「関川、彼女を頼む」

 祐二は木刀の入った竹刀袋をベルトに挟むと、地面に横になっている少女を抱え上げた。

 祐二が少女をお姫様だっこで抱えたことを確認し、田辺は革ジャンを拾い上げ、トキオの背中を追いかけた。

「戦力は揃った――」 

 それはぽつりとトキオが漏らした言葉だった。

 田辺は無言でトキオの背中に従っていた。

「――戦の開始だ」

 田辺は面白いといわんばかりに鼻で笑う。

 二人の影は林の緑の中に溶け込んでいった。



 人里離れた山奥。そこは人の侵入を拒むかのように、おどろおどろしい空気が充満している。ここに隠された洞窟があった。

 横に空いた洞窟の入り口は木々や草でカムフラージュされ、一見するとなんの変哲もない山の傾斜だ。

 その洞窟の内部に彼等――悪鬼の根城があった。

 洞窟の外壁は落盤を防止する為か、木の板、支柱で補強がなされおり、天井は男の大人が立って余るほど高い。

 外壁に気持ち程度に備えられた油の明かりが周囲を頼りなく照らす。

 その昔採掘場で使われていたのか、それとも新たに掘られたものかは不明だが、自然にできた洞窟でないことは確かである。

 洞窟の奥の一際開けた場所。そこには壁の前には大きな須弥壇が備えられ、傍らの蝋燭が淡く周囲を照らしている。

 須弥壇の前に、一つの影が歩み寄る。肌は赤く、体のラインは丸みを帯びており、女の鬼であることを窺わせる。

 すると須弥壇の奥に黒い炎が燻りだし、激しく燃え盛った。炎の中心に十字の光が走り、煌々と輝く。

 ――姫将鬼か――

 それは地の底から響いたかのような低い声だった。

 黒く燃え盛る炎に向き合う女悪鬼――姫将鬼は方膝をつき、頭を垂れた。

「はっ、親方様」

 ――貴様がここに来たということは、土産でもあるのか――

 姫将鬼はもったいぶるかのように舌なめずりをし、口を開いた。

「妖術刀を持つ人物に遭遇いたしました」

 姫将鬼の言葉に反応するごとく、黒い炎は激しさを増し燃え盛った。

 ――見つけたのか! して、すぐに始末したのであろうな――

 姫将鬼は憎々しげに右目の眼帯に触れると、口元から鋭い牙を覗かせた。

「この傷の恨み――ただ殺すだけでは納まりません。奴めを追い詰め、じっくりとなぶり殺しにせねば」

 姫将鬼の眼帯に触れる手が、怒りで小刻みに震えた。

 その様を見てか、黒い炎が数回爆ぜた。

 ――女の恨みとは恐ろしいものよのう――

 どうやら親方様と呼ばれる炎は笑っていたようである。

「生ぬるいいいいいい!」

 突如、怒気を含んだ声が洞窟内を振動させた。

 姿を現したのは、筋肉がはちきれんばかりに盛り上がった男の鬼だった。

 無造作に伸びたザンバラ髪の頭には二本の突起。

 顔は阿修羅のような形相で目が血走っていた。

 双肩には太い角が突き出ており、その根元には体毛が鎧のような形に生え揃っている。

 下半身はまるでスパッツでも履いているかのように、黒い毛で蔽われていた。

 姫将鬼は剛将鬼を横目で睨み据える。

「我の報告の邪魔をいたすか――剛将鬼」

 剛将鬼は傍らの姫将鬼を見下ろすと、豪快に口を開いた。

「女のすることはいちいち面倒でかなわん! すぐにでも叩き潰せばいいものを」

 剛将鬼は当て付けのように、姫将鬼の横で跪いた。

「親方様、妖術刀の持ち主、この剛将鬼にお任せください」

 黒い炎は数回爆ぜ、燃え盛った。

 ――よかろう剛将鬼、うぬに任せよう――

 姫将鬼は剛将鬼に任務を奪われた悔しさに奥歯を噛み締める。

 ――姫将鬼、うぬは剛将鬼に代わり、この根城の守りを任せる――

「はっ!」

 姫将鬼は憤りを抑え、努めて冷静を装い深く頭を垂れた。

 ――手土産を楽しみにしておるぞ――

 言い終えると、黒い炎は一際大きく燃えた後、静かに消えていった。

「聞いたか、姫将鬼。妖術刀はこの剛将鬼が討ち取る」

 剛将鬼は立ち上がると、高笑いを上げながら姿を消していった。

 クソ、奴は、奴は我が――握った拳を地面に叩きつける。

 力に任せるしか能のない輩がほざけ――内心で吐き捨てた。。

 妖術刀の使い手……奴のこの先待っているは死。それまで苦しむ姿を楽しませてもらおう――やがて憤りは甲高い高笑いに変わった。

 いつ終わるともなくその笑いは、洞窟に響き渡っていた。

九の巻 悪鬼渦巻く春季剣道大会


 完


 補足


 くどくてすみません、一刀両断は新陰流では、一刀両段と書きます。

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