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 その後、絵里子は二回戦、三回戦と勝ち進んでいった。

 三回戦は硬直状態の末、残り時間数秒というところで絵里子の有効打突が決まった。

 勝ち抜く度に絵里子は徐々に苦戦を強いられていく。絵里子は日ごろの鍛錬を積んだ強豪が集う大会だということを身をもって知っていった。

 そして四回戦。

 絵里子が入った試合場は5番だった。絵里子の背中から垂れる襷は赤。

 通常通り礼をし、帯刀の構えから開始線へ向かうが。

「!?」

 絵里子の背筋にぞくりと冷たい悪寒が走った。

 そして今までに感じたことのない威圧感が絵里子に押し寄せる。

 殺気――そう表現したほうが妥当かもしれない。

 しかし、それは殺気というには比べ物にならない程の鋭さ、冷たさを感じさせた。

 殺気を発している主の垂には、田所という名札がついていた。

 絵里子は相手の気合に飲まれまいと必死に冷静を装い、蹲踞の姿勢から抜刀する。

 まだ試合が始まってもいないのに、手ぬぐいの内から冷たい汗が滲み頬を伝った。

 気圧されてたまるか――絵里子は自分に言い聞かせ、立ち上がった。

「始め!」

 試合が始まる。

「ギィィィィエェェェェイッ!」

 それはまるで獣が威嚇するような叫びだった。

 飲まれちゃだめ――絵里子は必死に自分を奮い立たせた。

 互いの剣先が揺れ動く。先制を仕掛けたのは絵里子だった。

「めえええええええん!」

 ノーモーションで放たれた刺し面は、相手の竹刀で弾かれる。そのまま両者の竹刀が縺れていく。

 やっぱりだめか……いや、あきらめちゃいけない――絵里子は距離を置き、中段に構えた。

 相手は仕掛けて来ない。

 何かを狙っているのか、それともこちらが焦れるのを待っているのか――絵里子は相手の一挙手一投足に神経を集中させた。

 下手に仕掛けては危うい。そう絵里子の勘が警告を発していた。

 そのまま硬直状態が続き、経過時間は4分に差し掛かった。

 何か手は――その時、絵里子の脳裏に黄泉の姿が映った。

 それは田辺を圧倒した黄泉の太刀の舞いだった。

 相手の虚をつく技――絵里子は静かに竹刀を下ろし、下段に構えた。そして左足を退き、半身になる。

 それは新陰流の構え、無形の位だった。

「ばかな! 絵里子が――」

 黄泉が声を上げたのも無理はない。一度も教えたことのない新陰流の構え。しかも、それは綺麗に整っていた。

 絵里子は黄泉の構えを一度みただけで綺麗に真似ていたのだ。

「やばいな――」

 祐二の声に黄泉ははっとする。

 もし、絵里子の構えを悪鬼が見ていたなら、確実に絵里子を襲うであろう。

 黄泉は神経を研ぎ澄ませ、悪鬼の気配を伺うが、これほど人が多いとうまく気配を感じ取れない。

「ここは悪鬼がみていないことを祈るしかない」

 黄泉の言葉に、祐二が深く頷いた。 



 これは新陰流の構え――田所がニヤリと笑んだ。面の奥に隠された口元から長い牙が覗く。

 すると、田所の竹刀が振りあがった。打ち込みではない。ゆっくりと上がり、上段でぴたりと静止したのだ。

 剣道では上段に構えることはほぼない。隙が大きすぎるからである。

 これは、絵里子の構えに乗るという意思表示でもあった。

 田所が動く。

 大きく踏み込み、上段から竹刀を振り下ろした。

「ギェェメェェェ!」

 野獣のような咆哮が轟いた。

 絵里子の面に竹刀が当たる刹那、乾いた打撃音が響き渡った。

 絵里子は竹刀の剣先を右に、打ち込みを受けた。

 そして打ち込みの力を利用し、背中で竹刀を回転させる。

 目にした者全ての心を奪うほどの綺麗な曲線が描かれた。

 絵里子は渾身の面を放つ。

「メエエエエエエエエン!」

 相手の死角から放たれた横面は、決まったかと思われた。

「!?」

 しかし、田所の竹刀はそれを阻んでいた。

 剣先を上に、柄は右側面――田所は八双の構えで、絵里子の竹刀を受けていた。

 そ、そんな……死角からじゃ見えない筈なのに――絵里子は一瞬狼狽した。その時。

「コテェェェェェ!」

 主審、副審の旗が一斉に上がった。

「小手あり!」

 上がった旗は白、田所の有効打突だった。

 開始線に戻り、互いに礼をする。

 ――見つけたゾ。新陰流――

 背を向け退場する田所の面の奥――その奥に隠された額の中央がひび割れ、崩れていった。



「新陰流魔の太刀――あれほど綺麗に決まっていれば、受けることなどほぼ皆無であろう」

 黄泉が腕を組んで唸った。

「ということは、もし、受けることができるとすれば、事前に技が来る事を知っている者か――」

 新陰流の使い手か、それとも――黄泉は祐二が言わんとすることを理解し、席から立ち上がった。

 もし新陰流の使い手であればわざわざ上段に構え、誘いに乗るようなことはしないであろう。

 となると自ずと答えは絞られていく。

 あの太刀筋を受けることで、悪鬼が新陰流の使い手かどうか見極めていたとしたら――黄泉と祐二の予想が見事に合致する。

「やはり奴が悪鬼か!」

 祐二は竹刀袋に入れた木刀を握り、黄泉の後を追った。


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