七
展望室の窓から望む景色は夜の闇に包まれていた。
「地面に星がはりついておる」
ネオン、マンションの明かり――文明が作りだした色とりどりな光。
その光は生活の暖かさを感じさせる色だった。
黄泉は今だ目にしたことがない幻想的な景色に、感嘆の声を上げていた。
「どうだ。気に入ったか?」
黄泉は祐二に向かって嬉しそうに頷いた。
すると黄泉は急に顔色を改める。
「似ている」
「は? なにが?」
祐二が聞き返すと、黄泉は微笑した。
「わしが惚れた男――」
その一言に、祐二は胸をえぐられるような感覚を覚えた。
黄泉に決まった人がいるなら俺の出る幕はないな――祐二はそう自嘲した。
「会いたいのか?」
祐二の問いに黄泉は顔を振った。
「わからぬ。しかし――」
黄泉は祐二に柔らかな笑顔を向ける。
長いストレートの黒髪が、さらりと肩に流れる。
「今は祐二がおる」
言いながら黄泉は流れた髪を耳に掛ける。
その仕草に、祐二の胸はどくんと高鳴った。
「よ、黄泉、俺は――」
祐二の手が黄泉の手を握ろうとする。
しかし、寸前で祐二は大きくため息を吐き出し、手を引っ込めた。
「お前が帰れる方法を必ず見つけてやる」
黄泉は一瞬悲しげに視線を落とすが、いつもの笑顔で祐二をみやった。
「別に――良い」
心にもないことを口走ってしまったことに気づき、祐二はハッとする。
俺はなんでいつもこうなんだと、祐二が堅く眼を伏せた。
その時だった。
「いやー、綺麗だ」
祐二の隣からわざとらしく呟く男がいた。
「江戸の時代じゃ絶対見れない景色だ。実にミラクル」
「!?」
その言葉に黄泉と祐二は言葉を失った。
「お主は!」
スキーのゴーグルをファッションサングラスのように額へ乗せた茶髪。
まだ幼さの残る顔立ち。
見た目から祐二とそう年齢は違わないと思える。
黒のTシャツの胸に赤字でfireという文字。
下は黒のジーンズ。
黄泉から聞いた「突き飛ばした男」の特徴と似ていることに祐二は気がついた。
祐二は自分の弾きだした推理が正しかったと確信する。
と、同時に思った。
こいつなら黄泉を江戸時代に戻すことができるのではないかと。
気がつけば体が勝手に動いていた。
「てめぇが黄泉を連れてきたんかよ! 戻す方法しってんだろ! 早く戻しやがれぇぇぇ!」
祐二は男のシャツが破れんばかりに胸ぐらを掴んでいた。
「放してくれないか――」
男は祐二の右手首を掴むと、捻り上げた。
「――民間人が」
「ぐあぁぁぁ!」
祐二の顔は苦痛に歪み、額からは脂汗が滲み、捕まれた右手はミシミシと悲鳴を上げる。
「貴様!?」
黄泉は男に向き合うと、腕を突きだし、構えた。
「その力はまだ使う時ではない」
男は黄泉を制するように手を振った。
「勝手な事、ほざくんじゃねぇぇ!」
「民間人は黙っていてくれ」
男はそういうと、祐二の腕を突き放した。
祐二は勢いでよろけながらも、なんとか踏ん張り、転倒を免れた。
「なんだ、喧嘩か?」
がやがやと、いつの間にか三人の周囲には野次馬が集まり始めていた。
それを見た男が舌打ちをする。
「これでいいか?」
男は呆れたように肩をすくめてみせる。
それを見た黄泉は、構えを解き、祐二に駆け寄った。
祐二は苦痛に顔を歪めながら、手首を押さえていた。
「お主、一体何者だ!」
男の口元が薄気味悪く歪む。
「運命の道先案内人」
「てめぇ、ふざけんな!」
男は祐二を一瞥すると、踵を返した。
「トキオ――とでも呼んでくれ」
言い捨てると、トキオは下り階段にむかって歩いていった。